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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第9話  既成事実と殺人

「みんな、急に集めてすまないな」


 田中先生は、準備室の真ん中にある、年季の入った木製テーブルの端に腰を下ろすと、部員一人一人の顔を、心配するような、どこか申し訳なさそうな眼差しで見つめた。


「……まずは、昨日のことだ。警察から一人ずつ話を聞かれて、怖かっただろう。夜も眠れなかったんじゃないか。本来は楽しい学習である天体観測があんなことになってしまって……。顧問として、君たちを危険な目に遭わせてしまったこと、本当に心から済まないと思っている」


 田中先生は普段と違う、沈痛な面持ちで頭を下げた。こんな姿、部員たちちは今まで見たことがなかった。


「北川先生のことは、まだ信じられない。僕にとっても、頼りになる大切な同僚だった」


 田中先生は一度言葉を切り、力強く拳を握った。


「だけど、これだけは言わせてくれ。当然だけれど、君たちは何も悪くない。自分を責めたり、一人で思い詰めたりしないでほしい。君たちの日常を、学びを、これ以上この事件に壊させたくない。もし何か困ったことや、周囲からの心ない言葉に傷つくことがあったら、いつでも先生のところに来なさい。いいな?」


 思いやりのある力強い言葉に、部員たちの肩からわずかに力が抜けた。凍りついていた準備室の空気が、少しずつ穏やかに溶か出していく。

 そこで、一年の星野恵が、立ち上がって言った。


「あのお、七瀬先輩――部長はどうしたんですか? 今日は学校来ていないようですけど」

「ああ、まだ言ってなかったな。心配するな、七瀬なら大丈夫だ。事件のことがショックだったのか、昨日から熱を出して休むと学校に連絡があった。たぶん明日にでも登校できるだろう」

「ほんとですか? あーよかった。センパイ、天文部辞めちゃうかと思った」


 恵はほっとした笑顔で席についた。恵は麻衣のことを頼れる優しい先輩として、前から深く慕っているのだ。

 直斗も、部活が終わったら、すぐに麻衣に携帯に電話をしてみるつもりだった。単に心配で声を聞きたいというのもあるが、できるだけ早いうちに、麻衣が警察に何を聞かれたのか確かめておきたかったからだ。


「先生、それで今後天文部の活動はどうなるんです?」


 座ったまま発言したのは、天文部の副部長である三年生の門脇(かどわき)だ。直斗とはクラスも違い、あまり親しく話したこともない。だが、どうやら途中で天文部に入部した直斗のことを、あまり心よく思っていないようだった。


「それが……しばらくの間は休止ということに職員会議で決まった」


 門脇の質問に、田中先生がすまなそうな顔をして答えた。それを聞いて、部員たちが顔を見合わせる。


「これから天体観測の絶好のシーズンがくるというのに、残念ではあるが――といっても休止するのは天文部だけじゃないぞ。当面すべての部活動は見合わせることになったから。なにしろ人が一人亡くなっているんだからな。ここはみんな、素直に諦めてくれ」


「待ってください!」


 門脇が苛立ちを隠そうともしない声で、椅子の背に体重を預け、腕を組んだまま言い放った。


「先生、もう犯人は分かってるんじゃないですか?」

「なんだと?」

「三組の尾崎武ですよ。あいつが北川先生を殺して、どこかに逃げ隠れているからこんな事態になっている。もう学校中で噂になっています。警察もあいつを追っているという話です」


 門脇の告発に、部員たちが息を呑んだのが、直斗にも分かった。誰も否定も肯定もできず、みんなの視線だけが宙をさまよっている。なぜなら、の言葉は、今日一日、校内のあちこちで耳にした「総意」を代弁していたからだ


「だったら、いつまでも部活止めてる意味はないでしょう。犯人が分かってるなら、再開しても問題ないと思います」


 門脇が続けて言い放ったその言葉は、合理的に聞こえる一方で、どこか乱暴だった。まるで武という「厄介な存在」を切り捨てることで、日常を取り戻そうとしているかのようだ。

 直斗は俯いたまま、机の木目を見つめていた。

 頭の奥で、警報のようなものが鳴っている。


 ――分かってる、って何だ。誰が、何を根拠に。


 武と自分が親友だということは、部の誰にも話していなかった。

 だから今は、黙ってやり過ごすつもりだった。


 だが――


「……違うだろ」


 気づいたときには、声が出ていた。

 一斉に視線が直斗に集まる。

 門脇が眉をひそめた。


「は?」

「“分かってる”なんて言えるほど、証拠は出てない。尾崎がやったって、誰が証明したんだよ」


 胸の奥が熱くなる。

 言うつもりじゃなかった言葉が、次々とこぼれ落ちる。


「警察が疑ってるから? それだけで決めつけるのはおかしいだろ。俺は――あいつとは小学生の時、同級生だった。人を殺すなんて……そんなことができる奴じゃない。あまりいい加減なこと言うな!」

「へえー、そりゃ知らなかったよ。滝沢が尾崎と知り合いとはな」


 門脇が直斗を冷たく睨んで言った。まるで武と友達であること自体が、非難の対象になるかのようだ。


「おいおい、ちょっと待てよ」


 直斗と門脇の険悪なやり取りを見かねた田中先生が、慌てて口をはさんだ。


「門脇、部活を続けたい気持ちは分かるが、今の段階で誰が犯人なんて決めつけるのは絶対にしちゃだめなことだ。滝沢もそう熱くなるな。尾崎はもちろん、先生はこの学校の生徒の中に犯人がいるはずがないと信じているから安心しなさい」

「だけど……」


 北川先生を殺した真犯人がわからない限り、武はずっと疑われ続ける。学校中の生徒はもちろん、地域の人たちからも一方的に距離を置かれるだろう。それは明らかで、残酷な現実だった。それだけはあってはならない。


「だったら、俺が探します」


 直斗は自然に立ち上がっていた。

 椅子が床を擦る音が、準備室の中にやけに大きく響いた。

 

「真犯人を。もちろんちゃんとした証拠を見つけて。それができなくても、武がやっていないという証明は絶対にします」


 自分でも驚くほど、声は震えていなかった。

 啖呵を切った、という表現が一番近い。


「おいおい……滝沢。気持ちは分かるが、それは君がやることじゃない」


 田中先生だった。

 穏やかな口調だが、目は笑っておらず、まったく賛同はできないという感じだった。


「これは警察と学校の問題だ。当たり前だが、生徒が首を突っ込んでどうこうなる話でもない」


 田中先生は直斗を一度だけまっすぐ見てから、全員に向き直る。


「とにかく今日はこれで解散しよう。みんな直ちに家に帰りなさい。部活動再開については、学校と教員が判断する。いいか? 勝手な憶測で誰かを追い詰めるようなことは、絶対にしないようにな」


 それだけ言うと、田中先生は足早に準備室を出ていった。

 事件の処理や校務が立て込んでいるのだろう。引き止める空気ではなかった。

 残されたのは、部員たちと、言葉にならないざわめきだけだった。

 しかしみんな疲れているのだろう、すぐに一人ひとり帰り支度を始め、ほとんど無言で準備室を後にする。


「……センパイ」


 最後に残って、直斗に声をかけてきたのは、恵だった。

 戸口で立ち止まり、少し迷ったように視線を泳がせてから、準備室に戻ってきた。


「さっきの話、聞いてて……これ、言うかどうか迷ったんですけど」


 直斗は黙って頷いた。


「体育の荒井先生」

「ああ――」


 教師になってまだ数年の体育教師で、がっしりした筋肉系で声も大きく、顔立ちも良くて存在感があり、いわゆるモテるタイプだ。ただ一方で、女子生徒ばかりをひいきしたり、授業中に体をやたらと触るなど、よくない噂もあった。


「その……北川先生に、しつこく言い寄ってたって話、聞いたことあります?」

「言い寄る?」

「うん。一方的に。職員室でも、放課後の準備室でも。断っても断っても、冗談みたいに流して……正直、セクハラだって」


 恵は声を落とし、周囲を気にしながら続けた。


「北川先生、すごく困ってたって。荒井先生、駅の向こうのマンションに住んでて、そこに北川先生を無理やり連れ込もうとして逃げられたらしいとか……。そのマンションの隣に住んでる友達が偶然見かけたらしいんですけど……」


 頭の中で、何かが噛み合う音がした。

 武以外の、大人の容疑者。動機があるとすれば、ふられた腹いせ――。


「ありがとう。あのさ、そのマンションの名前分かる?」

「えー確かサンレジデンスだったかな? でも、そんなこと知ってどうするんですか?」

「いや……で、その後どうなったんだ?」

「それだけです。北川先生はあんまり騒ぎを大きくしたくなかったみたいですね」


 北川先生は、学校に報告はしていなかったのか――


「――センパイ、荒井先生のこと、私が言ったなんて誰にも言わないでください」

「もちろん、分かってる」

「じゃ、お先に――」


 恵はそれだけ言って、準備室を出ていった。


 今の話が本当ならば、北川先生につきまとっていた体育教師の荒井が犯人……。しかし、わざわざ校内で? いや、あまり深く考えず、交際を断られてカッとなって首を絞めたということもあり得るか――。


 準備室の前の廊下を歩き、外に出た。まだ空は明るいが、それでも陽は傾き、夕闇はせまっている。直斗は顔を上げ、ふと旧校舎の方を見た。古びた入り口には見張りの警官が一人立っており、黄色いテープが張られもちろん立ち入ることはできないが、建物構造を改めて見直すことはできた。

 一昨日の夜、直斗が目撃した武は、二階の廊下を右から左に走り抜けていた。その逆――北川先生が殺された現場から左に行けば、自分や麻衣に目撃されることなく別の出口を使って、あるいはその気になれば窓からだって、校舎の外に逃げることはできたはずだ。


 夕闇の中、旧校舎の黒い輪郭が、夜に沈んでいく。

 真実は、まだあここにある。直斗はそう確信し、後ろを向いて歩きだした。



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