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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第4話  孤独の三人

 ――“帰りたくない子どもたち”が作った、森の小さな王国。


 小学五年、秋が深まりはじめた頃のことだった。

 下校時刻の夕方の風ははっきりと冷たく、校庭の砂を撫でるように吹き抜けていく。西日に引き伸ばされた鉄棒と校舎の影が、帰り道を塞ぐように長く伸びていた。


 十一歳の直斗は、ランドセルを背負ったまま、校門の前で立ち止まっていた。

 帰り道はいつもと同じはずなのに、足が前に出ない。

 家に帰れば、母親がいる。

 玄関の扉を開けた瞬間から、「宿題は」「勉強は」「塾は」と、息が詰まるほどに問い詰められる。

 父親は昔から単身赴任で、一年中不在。たまに帰ってきても存在は薄く、そこにいるのかどうかさえ曖昧だった。幼いころに一緒に遊んだ記憶も、今ではもうぼんやりとしか残っていない。

 そんな長い日々の中で、家の空気は少しずつ歪んでいった。

 ひとりで家庭を支える母は、常に苛立っている。家の隅々まで、張り詰めた糸のような緊張が漂っていた。


 ――あの家に、自分の居場所はない。


 そう思うたびに、直斗は、自分が大人になりたいのか、それとも子どものままでいたいのか――その境目さえ分からなくなっていった。


「ねえ、直斗。……今日、帰りたくないんでしょ?」


 不意に背後から声をかけられ、直斗ははっとして振り向いた。

 七瀬麻衣が、少し距離を置いて立っていた。笑ってはいるのに、その瞳にはかすかな寂しさが浮かんでいる。


「まあな……」


 言い当てられて、直斗は思わず視線を逸らした。


「やっぱりね。でも、私も同じだよ」

「え――?」


 直斗は思わず顔を上げた。

 幼馴染の直斗は、麻衣の家が抱える複雑な事情を少しだけ知っていた。

 この辺りでも有名な地主の家で、大きな屋敷に暮らす四人家族。優しい父親に美しい母親。一つ下の可愛い妹。周囲から見れば、何ひとつ不自由のない恵まれた家庭だった。


 けれど――

 麻衣が幸せそうに見えたことは、一度もなかった。


 彼女は、今の父親とは血がつながっていない。幼い頃に両親が離婚し、母親が再婚した相手が、今の父親だ。

 だから妹は、麻衣と父親の違う異父姉妹だった。

 そのせいかどうかは分からない。

 けれど、家の中での麻衣の立ち位置は、どこか浮いていた。

 父親との間には埋めがたい距離があり、母親の視線は、自然と妹へと向かう。

 そしてその妹とも、うまくいっているとは言えなかった。


 ――家の中に、居場所がない。


 それはきっと、直斗と同じだった。


「……ちょっと、寄り道しよっか?」


 幼馴染とはいえ、麻衣が学校帰りに直斗を誘うのは、珍しいことだった。


「どこに?」

「杉の木公園の向こう、裏の森。前から気になってたの。誰も来なさそうだから」


 その誘いに、直斗は少しだけ迷ってから頷いた。

 今日は二人とも、家に帰りたくない理由があった。


 森の中は、昼間とはまるで別の世界だった。

 湿った土の匂いが鼻をつき、足元には落ち葉と枯れ枝が、厚い絨毯のように積もっている。歩くたびにかさり、と乾いた音が響き、その小さな音さえ心細く感じられた。


 しばらく、あてもなく進む。

 やがて、不意に視界が開けた。

 そこには、小さな空き地があった。

 木々に囲まれ、外からはほとんど見えない場所。


 その瞬間、直斗の胸がざわついた。


 ――ここに、居場所を作りたい。


 衝動のような思いが、はっきりと形を持つ。

 ここなら、誰にも見られない。小言も、怒鳴り声も届かない。帰らなくていい理由が、ここにできる気がした。


「……ここ、オレたちだけの場所にしない?」


 麻衣は少し驚いた顔をして、それからゆっくり頷いた。


「うん。いいね」


 その言葉を合図に、二人は夢中で“秘密基地”を作り始めた。

 太めの枯れ枝を集め、木と木の間に組み上げていく。ぎこちない手つきでも、少しずつ形になっていくのがわかった。

 時間の感覚を忘れ、無心で手を動かす。

 気がつくと、胸の奥にあった重たいものが、少しずつほどけていくようだった。

 ところが――


「……何してるんだ」


 ところが――


「……何してるんだ」


 不意に、背後から低い声がした。

 二人が振り向くと、そこに尾崎武が立っていた。

 転校してきて数ヶ月。人を寄せつけない雰囲気で、いつも一人でいる少年。体は人一倍大きく、無口で表情も乏しい。

 話しかけづらい――クラスの誰もが、そう感じていた。

 直斗も麻衣も、どこかで彼を避けていた。


「えっと……その……秘密基地を作ってて……」


 戸惑いながら直斗が答えると、武はしばらく無言で二人を見つめた。

 冷たい目だった。

 だが次の瞬間、彼は足元に落ちていた太い枝を拾い上げ、そのまま二人の横にしゃがみ込んだ。


「……壁は、根元から組んだ方が倒れない」


 短くそう言って、手を動かし始める。

 節を噛み合わせ、枝を組む。

 無駄のない動きで、みるみるうちに骨組みが形になっていった。


「すごい……」

「別に」


 ぶっきらぼうな返事だったが、どこか照れたようにも聞こえた。

 その後ろ姿には、不思議な温かさがある。


 ――こいつも、帰りたくないんだ。


 理由はわからない。

 けれど、それだけははっきりと感じられた。


 その日から、三人で基地を作る日々が始まった。

 武は相変わらずほとんど話さないが、作業するときだけは真剣で、時々ほんの少しだけ笑うような表情を見せた。麻衣が飾りつけを工夫すると武は黙って頷き、直斗が屋根を作るのに苦労していると何も言わず手伝った。

 そこには確かなやり取りがあった。


 そんな作業を繰り返すこと数日間。ついに秘密基地は完成した。それは、小学生三人が作ったとはとても思えない、立派な出来だった。

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