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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
33/40

第33話  星空への再招待

「黙とう――」


 放課後の図書準備室。

 田中先生が沈痛な表情をして目を閉じると、部員たちも同じように、麻衣に黙とうをささげた。

 直斗はまぶたの裏で、いつものように天文雑誌を広げ、熱心に説明する麻衣の姿を思い出していた。ついこの間まで、それは当たり前の日常だった。二度と戻らない、奇跡のような時間。


 それから一分ほどして、直斗は目を開けた。

 室内の音は消え去り、ブラインドの隙間から差し込む西日が、空を舞う埃の粒子をきらきらと光らせている。

 薄暗い空気の中、一年の恵が堪えきれず、小さく鼻をすすった。

 他の部員たちがびくりと肩を震わせ、続いてゆっくりと顔を上げた。


「……座ってくれ」


 田中先生は、部員たちが席に着くのを見届けると、自分もパイプ椅子を引き寄せて腰を下ろした。前回の集まりで見せた笑顔や明るさは、今やすっかり消失してる。ただただ暗い。


「……みんな、落ち込んでるよな。本当は先生もどうにかして君らを元気付けてやりたいんだが――すまない、さすがに言葉が見つからない」


 先生はつい本心が出たのだろう。でも、今はそれでよかった。こんな時に無理に明るく励まされても、かえって煩わしい。

 麻衣は天文部の部長として、部員たちから慕われていた。だから、それぞれが自分なりの気持ちで麻衣を悼めば十分なのだ。

 ただ、恵だけはこらえきれず、ずっとポロポロと涙を流している。


「先生も正直まだ信じられないよ。七瀬は本当に星が好きで、この天文部を誰よりも大切にしてたからな。あいつがいないこの部屋に入ると、胸にぽっかり穴が空いたみたいだ」


 田中先生は自らの膝に置いた手を強く握りしめ、言葉を区切った。


「七瀬、よく言ってだろ。『星は暗いほどよく見える』って。……なんだか、今の俺たちの状況みたいじゃないか」


 確かに、麻衣はそんなことを言っていた。街の灯りが消えた暗闇の中でこそ、一等星は最も輝きを増す。


「みんなが立ち直るには、まだ時間がかかるだろう。焦らなくていい。だが、少しずつでも前を向いて歩き出すために、今日から新しい体制で部を動かしていきたいと思う」


 田中先生は立ち上がり、三年生の門脇の方へ向き直った。


「今日から、副部長の門脇に正式に部長を引き継いでもらう。彼なら、七瀬の遺志を継いで、この部をしっかりまとめてくれるだろう。門脇、頼めるか?」


 指名された門脇は、少し緊張した面持ちで立ち上がった。


「……はい。七瀬部長のことは本当に残念でしたが、俺たちは立ち止まるわけにはいきません。頼りないかもしれないけど、みんな、よろしく」


 短い挨拶を終えて座る際、門脇の視線がチラリと直斗をかすめた。その目には、明確な棘があった。「お前の親友がうちの部長を殺したんだぞ」という無言の非難なのだろう、以前の直斗なら過剰に反応し、また喧嘩になったかもしれない。

 しかし、今は違う。門脇がこちらをにらみつけてもただ聞き流すだけだった。真実を知らない者たちの的外れな怒りを受け止めるほど、直斗の心に余裕はないのだ。


「ありがとう、門脇」


 田中先生が深く頷き、教卓の上のプリントを手にした。


「そして、もう一つ。延期になっていた『夜間天体観測会』についてだ。学校側と何度も協議を重ねた結果、一学期の終業式の前日に実施することが教員会議で決定した」


「えっ……やっぱりやるんですか?」


 涙を拭いながら、恵が戸惑うように、そして少し怯えるように声を上げた。


「ああ。もちろん、事件が解決した以上、今度こそ安全面で問題はないとの結論だ。それでも一応、他の先生にもお願いして複数名で警備に当たるから安心してほしい」


 田中先生は、不安げな生徒たちを安心させるように、力強い口調で語りかけた。


「怖い気持ち、不安な気持ちがあるのはよくわかる。だがこんな時こそ一緒に美しい夜空を見上げてほしいんだ。七瀬もきっと、君たちが再び望遠鏡を覗き込む姿を空の上から楽しみにしているはずだ。……どうだろうか。参加は強制しないが、できれば全員で、星を観測しないか」


 田中先生の提案を契機に、部員たちの間に漂っていた重い空気が、少しずつ変わっていった。「やろう」「部長のためにも」と、小さな賛同の声が上がり始めたのだ。

 だが直斗は、その様子を冷静に見つめていた。

 そして思った。

 天体観測会。あの日、すべての悪夢が始まった夜と、まったく同じシチュエーション。

 直斗にとっては、あの夜の旧校舎で起きた見落としを確認し、真犯人の尻尾を掴む絶好の機会ではないか。


「よし、ありがとう。それじゃあ、最後に皆に紹介したい新しい仲間がいる」


 急に準備室の空気が明るくなってきたところで、田中先生が入り口のドアに向かって声をかけた。控えめなノックの音が二回響き、一人の女子生徒が図書準備室に入ってきた。


「失礼します!」


 場違いに明るい、透き通るような声。サラリと揺れる黒髪に、どこか儚げな表情を作った見覚えのある顔。

 そこに立っていたのは、亜季だった。


(えっ……!?)


 直斗は思わず息を呑み、危うく声を出しそうになった。なぜ、亜季が天文部に? 今日落ち合う約束していたのは放課後の校門前だったはずだ。


「彼女は二年生の七瀬亜季さん。……知っている人もいるかと思うが、亡くなった前部長の妹だ」


 田中先生が紹介すると、部員たちの間に驚きが広かった。


「彼女は、お姉さんの残した天文部のノートを見て、自分も星のことを学んで観測してみたいと思ったそうだ。欠員も出ていることだし、こんな時期だが入部してもらうことになった」


 亜季は伏せ目がちに、深く頭を下げた。


「二年の、七瀬亜季です……。お姉ちゃんみたいに立派にはなれないと思いますけど、少しでも、お姉ちゃんが大好きだった星のことを知りたいんです。一生懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いします」


 言葉の途中でわずかに声を詰まらせ、目元を潤ませるその健気な挨拶に、準備室の空気はあっという間に和んだ。女子部員たちは「大変だったね」「一緒に頑張ろうね」と優しく声をかけ、男子部員たちもとびきり可愛い新入部員の登場に心を奪われているようだった。門脇でさえ先ほどまでの刺々しさをなく、ゆるんだ顔で亜季を見つめている。


 だが、直斗だけは、亜希の演技を見抜いていた。

 亜季が星に興味を持ったなんて、どうせ嘘だろう。彼女の目的はただ一つ、天文部に潜り込み、「天体観測会」に堂々と参加する口実を作ることだ。

 自分との事前の打ち合わせなしに、ここまで見事悲劇のヒロインを演じきってみせるとは――

 いかにも亜季らしいとはいえ、その行動力と小悪魔的な口のうまさに、直斗はただ呆れるしかなかった。


 観測回についてのミーティングが終った。部員たちが帰った後、最後まで残っていた直斗の席へ、亜季が近づいてきた。


「ふふっ、驚きました? 滝沢先輩。私の名演技、どうでした?」

「お前……なんで勝手にこんなこと」

「だって、私みたいな部外者じゃ、天体観測の夜に屋上へ入れないじゃないですか。それに先生や他の生徒の目を盗んで動くなら、内部にいたほうが好都合でしょ? これで堂々と、あの夜のシミュレーションができますよ。……それより先輩、今日の放課後、例の『お仕事』の準備はできてるんですよね?」


 亜季の囁き声に、直斗は表情を引き締め、周囲を一瞥してから小さく頷いた。


「ああ、準備はできてる。部活がある日は、教員は生徒より先に帰ることはないから遅い時間でも二人は学校にいるはずだ」

「頼もしいですね。じゃあ、行きましょうか。あの汚らしい大人たちにたっぷりとお灸を据えて、本当のことを吐かせてやらないと」


 亜季は楽しそうに目を細め、軽やかな足取りで廊下へと歩き出した。直斗は深く息を吸い込み、胃の奥に冷たい鉛を飲み込んだような感覚を覚えながらその後を追った。



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