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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第31話  沈黙の価値

 駅前のロータリーに戻ると、容赦ない日差しがアスファルトから照り返し、直斗の額にはじっとりと汗が滲んでいた。夏がもう間もなくやってくる。


 待ち合わせの場所は、例の昭和の面影を色濃く残す純喫茶だ。入り口のくすんだガラス戸を押し開けると、カランコロンと間の抜けたベルの音が鳴り、焙煎された珈琲豆の深い香りが鼻腔をくすぐった。

 冷房の効いた薄暗い店内は休日の昼時だというのに客はまばらで、静かなジャズのBGMだけが流れている。

 それは前回と――麻衣と一緒だった時とほとんど同じ光景だった。


 一番奥のボックス席に、ダークグレーのサマースーツを完璧に着こなした男が座っていた。佐々木だ。手元のスマホで何かの資料に目を通していた彼は、直斗たちの姿に気づくと、洗練された大人の微笑みを浮かべて立ち上がった。


「やあ、滝沢君。待っていたよ。よく来てくれたね」


 相変わらずのスマートな物腰。彼の周りだけ、何か空気が違う。エリート商社マンという肩書きが伊達ではないの。


「お忙しいところ、すみません」

「いや、構わないさ。私も君のことがずっと気になっていたからね。……それで、そちらの方は?」


 佐々木の視線が、直斗の隣で物珍しそうに店内を見回している亜季に向けられた。


「あ、紹介します。この子は七瀬亜季。……亡くなった、麻衣の妹です」

「どうもー、七瀬亜季です!」

「えっ……」


 冷静な佐々木の表情に、少しだけ動揺が走った。しかしそれも無理もなかった。自分がの婚約者を殺した(と警察が断定している)少年に、巻き添えにされて殺された被害者の遺族なのだから。


「そうだったのか……。それは、なんと言葉をかけていいか……。お姉さんのこと、本当に残念だったね。心からお悔やみ申し上げるよ」


 佐々木は深く頭を下げた。しかし、亜季はそんな大人の真摯な態度にも全く動じることなく、あの小悪魔的な笑顔を浮かべて首を振った。


「お気遣いありがとうございます、佐々木さん。でもお互い不幸な身の上同士ですから、しんみり気づかいするのはなしにしましょう。それより私、お腹ペコペコなんです。お昼、ごちそうになってもいいですか?」

「おい亜季! それはちょっと図々しいよ……!」


 直斗が慌てて制止しようとしたが、佐々木は一瞬ぽかんとした後、フッと柔らかく吹き出した。


「ははは、そうだね。悲しんでばかりいてもお腹は減る。好きなものを頼むといい。ここはナポリタンが絶品らしいからね」

「ラッキー! じゃあ私は――」 


 亜季は年季の入ったメニュー表を見て言った。


「ナポリタンは決まりとして、食後にこのDXパフェもお願いします!」


 ちゃっかりと一番高いメニューを要求する亜季に、直斗は頭が痛くなった。しかし、佐々木は嫌な顔一つしなかった。ウェイターを呼んで、注文を済ます。

 やがて、直斗の前にはアイスコーヒー、佐々木の前にはホットコーヒーが置かれた。向かい合って座る直斗は、グラスの水滴を指先で弾きながら、単刀直入に切り出した。


「……佐々木さん。今日お会いしたかったのは、一つ確認しておきたいことがあったからなんです」

「なんだい? 私に答えられることなら何でも言うよ」

「以前、僕と佐々木さんで……あのラブホテルに入っていく体育教師の荒井と、担任の花村先生を見たことですが」


 直斗の言葉に、佐々木はコーヒーカップを持ち上げようとした手を、ピタリと止めた。


「ああ、もちろん忘れてないよ」

「あの二人の不倫のこと、警察には話したんですか? あ、この子にはすべて話してあるから気にしないでください」


 もし佐々木がすでに警察へ話しているのだとしたら、警察は二人の不倫の事実を掴んだ上で、それでもなお「事件とは無関係」と判断し、武を犯人だと断定したことになる。

 そうなれば、直斗が握っている最大の切り札であるあの動画は、ほとんど無価値になり下がる。


 佐々木は首を振って答えた。


「いや。結局、警察には何も言っていないよ」


 最後のカードは、まだ失われていなかったのだ。

 直斗は安堵したが、顔には出さないようにした。


「言わなかったんですか? どうして、あんなに怪しんでたのに」

「冷静になって考えれば、彼らが不倫関係にあるからといって、それがそのまま京子を殺したという証拠にはならないからね。だとすると警察に証言しても意味はない。私怨で他人の不倫を暴いて公にするようなことはちたくなんだ」


 佐々木の説明は理路整然としており、大人としての慎重な判断に基づいているように聞こえた。

 直斗は最後に尋ねた。


「そうですか……。じゃあ佐々木さんは、北川先生の命を奪った犯人は結局誰だと思ってるんですか?」

「それは――君には言いにくいがやはり、彼だったんだろう」


 佐々木は少し言い淀むように視線を伏せ、それから直斗に向き直った。本当に武が犯人だと思っているのなら、もっと怒ってもよさそうなものだが、あくまで冷静だった

 その瞳には、ある種の諦めのようなものが浮かんでいる。


「ニュースや警察からの連絡と、京子の家族からの話で、事件の顛末はだいたいわかったよ。君の親友が――非常に残念なことになってしまったね」

「……」

「警察の調べでは、凶器のネクタイから彼のDNAが検出されたそうだ。それに犯行現場は森の奥深くという普通誰も知らない特殊な場所……。私も最初は荒井を疑っていたが、科学的な証拠に加え状況証拠を突きつけられてしまっては、警察の捜査結果を受け入れるしかないと思っているんだ」


 佐々木の口から出たのは、山田刑事と全く同じ、無機質で残酷な「結論」だった。


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