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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
30/40

第30話  石の塔

 直斗は、もう一度冷静になって、小屋を構成している枯れ枝の壁や、周囲に生い茂る木々の枝を、改めてじっと観察した。


「……おかしい」

「何がですか?」

「この秘密基地……最後に俺と麻衣と武の三人でここに来たのは、小学六年生の冬だった。小屋を作ったのはさらにその前だ。それから中学生になって、俺は一度もここに来ていない。つまり、三年近く放置されていたはずなんだ」

「それがどうかしたんですか?」


 直斗は、目の前の小屋を指差した。


「なにもかも綺麗すぎるんだ。森の中の木組みと土で作った小屋が、三年間も雨風にさらされて放置されたら、普通はもっとボロボロになるはずだ。ツタが絡まって腐って倒壊するか、周りの雑草に飲み込まれて跡形もなくなるのが自然だろ」

「ああ、そういえば、なんかちゃんと修理したようなあとがありますね」

 

 確かに、小屋は古いながらも、しっかりと形を保っていた。それどころか、壁の隙間には比較的新しい枯れ枝が補強として差し込まれており、小屋の周囲だけは背の高い雑草が不自然に刈り取られたような形跡があった。


「本当だ……。誰かが、手入れをしてたってことですか?」

「ああ。俺が来なくなってからも、誰かが定期的にここを訪れて、この場所を維持していたんだ」


 それはもちろん真犯人ではないだろう。そいつにとってここは単なる殺害現場に過ぎない。ここを大切にし、守り続けていた人間。それは間違いなく、この場所を「王国」と呼んだ麻衣と武だろう。

 その推論に行き着いた瞬間、直斗の脳裏に、小学生時代の古い記憶の引き出しが開いた。

 そうだ、思い出した。俺たちはここに来るたびに、ある「儀式」のようなことをしていた。

 直斗は亜季の問いかけに答えるのも忘れ、小屋の裏手へと慌てて回り込んだ。


「ちょっと先輩、どこ行くんですか!」


 亜季が慌てて後を追う。

 小屋の裏はシダかなにかの植物が群生しており、一見するとただの藪にしか見えない。だがそこには、根元に苔が生えた古い切り株が三つ、並んで置かれていた。

 それぞれの切り株の上には、平べったい小石がケルンのように積み上げられている。


「……なにこれ? 石のタワー?」


 覗き込んだ亜季が、不思議そうに首を傾げた。


「俺たちが作ったんだ。ここに来るたびに、それぞれが決まった形――俺は丸い石、麻衣は白い石、武は角張った石を拾って、一つずつ積み上げていくルールだった。三人一緒でなくても、誰が来たかそのしるしにな」


 三つの切り株。一番左にあるのは、直斗の石の塔だ。高さは十センチほど。小学六年生の冬で、時間が止まっている。

 しかし。真ん中の麻衣の白い石の塔。

 そして右側の武の角張った石の塔。

 その二つの塔は、直斗のものの倍くらいの高さがあった。崩れないように絶妙なバランスで、何十個近い小石が丁寧に、大切に重ねられていた。


「……二人とも、ずっとここに来てたんだ」


 直斗は、その二つの石の塔を見つめたまま言葉を失った。

 中学生になって何かと忙しくなり、直斗はこの秘密基地から足が遠のいた。森の中の秘密基地なんで、何か子供じみたままごとのように思えてきたせいもある。麻衣と武も、それは同じだと思っていた。

 だが、実際は違ったのだ。

 直斗が知らない三年間。武と麻衣は、この森を訪れ続けていた。二人一緒にか、あるいは別々だったか、それは分からない。しかしお互い小屋を補修し、雑草を刈り、石を積み上げていたのは確かだろう。

 直斗の目には、重ねられた無数の石が、武と麻衣が共有した時間の結晶のように映った。いわば残酷なモニュメントだった。


「……麻衣は」


 直斗は、胸の奥を鋭い刃物でえぐられるような嫉妬と、それに勝る圧倒的な喪失感に耐えながら、ポツリと本音を漏らした。

 

「麻衣は、本当は武のことが好きだったのかな」

「え?」

「俺よりも――」


 振り返り、背後に立つ亜季に尋ねた。

 同じ家に住む妹なら、姉の本当の想い人に気づいていたのではないか。

 そんな直斗の縋るような視線を受け止めた亜季は、石の塔から視線を外し、直斗の顔をじっと見つめ返した。

 そして薄い唇を弧に歪め、あの小悪魔的な笑みを浮かべた。


「さあ? どうでしょうか。知っての通り、私、お姉ちゃんとは仲良くなかったですから、そういう恋愛の打ち明け話みたいなこと、一切したことないんで。わかりません」


 そっけない口調だった。

 しかし、直斗は見逃さなかった。はぐらかすように笑う彼女の瞳の奥が一瞬だけ、まるで全てを知り尽くしているかのように、怪しく光ったのを。

 亜季は、やっぱり知っているのだ――直斗は思った。

 麻衣が本当に好きだったのが誰なのかを。そして、武と麻衣の間にどんな秘密の繋がりがあったのかを。彼女はあえてそれを語らず、手札として隠し持っているのかもしれない。


「そんなことより先輩。これで一つ、大きな収穫があったじゃないですか」


 亜季は話題を切り替えるように、パンッと小さく手を叩いた。


「収穫? 石の塔がなんだって言うんだよ。犯人の手がかりでもなんでもないだろ」

「手がかりですよ。大いなる手がかりです」


 亜季は、高く積み上げられた武と麻衣の石の塔を指差した。


「警察は、武先輩が突発的に北川先生を殺してパニックになり、逃げ回った挙句に絶望してお姉ちゃんを呼び出したって筋書きを描いてますよね?」

「ああ……」

「でも、この石の塔を見てください。これだけ頻繁に、しかも二人で大切に手入れをしてきた『神聖な場所』を、自分たちの血で汚すような真似、本当にすると思いますか?」


 直斗はハッとした。

 そうだ。武にとって、麻衣にとって、そして自分にとっても、この森の王国は大人たちの干渉を許さない絶対的な聖域だった。

 もし武が本当に自暴自棄になって死を選ぶなら、わざわざこの大切な場所を選んで、麻衣の首を絞めるだろうか。むしろ、この場所だけは絶対に汚さないように遠ざけるのが、武という人間の本質ではないのか。


「……しない。たぶん。いや絶対に」

「でしょう? つまり、この場所が殺人現場に選ばれたこと自体が、真犯人が仕組んだ強引なシナリオの証明なんです。えーっと、こういうの、策士策に溺れるっていうんですかね?」


 亜季の冷徹な分析が、直斗の脳内の霧を晴らしていく。

 真犯人は武に罪を着せるために、彼が逃げ込みそうな場所を特定する必要があった。では、なぜ犯人は、直斗ですら三年間忘れていたこの『秘密基地』の存在を知っていたのか?

 武が、誰かに話したのか? それとも、麻衣が?

 あるいは、犯人自身が二人の後をつけてこの場所を突き止めていたのか。


「真犯人は、最初からこの場所を知っていて、武先輩とお姉ちゃんをここにおびき出したってことじゃないですかね。……私たち、確実に一歩、真実に近づいてますよ」


 亜季の黒い瞳が、獲物を狙う狩人のように細められた。

 直斗は、積み上げられた石の塔をもう一度深く見つめた。

 親友二人が遺した、音のないメッセージ。

 彼らは、自分たちの聖域を土足で踏みにじり、命を奪った悪魔の存在を、この無数の石を通して直斗に伝えているのだ。


「さて、そろそろ戻りません?」

「ああ、そうだね」


 もう見るべきところは見たと思い、直斗は亜季の提案に同意した。日はまだ高い。

 スマホ見ると、ちょうど十二時だった。


「私、お腹すいちゃいました。よかったら駅前で何か食べません? 先輩、おごってくださいよ――」


 亜季がそこまで言った時、唐突に直斗のスマホが鳴った。画面を見ると、そこには北川先生のフィアンセ、佐々木の名前があった。


「滝沢です」

「おお、滝沢君、佐々木だ。今いいかな?」

「はい、大丈夫です」

「ニュース見たよ。本当に大変だったね」


 慰めの電話なのか。しかし直斗には、佐々木に一つ聞きたいことがあった。


「あの、よかったら少し会って話したいことがあるんですが……」

「おお、そうか……いいよ。いつがいい?」

「もしもご迷惑でなかったら、今からでも」

「わかった、場所は例の喫茶店でいいかい?」


 一時間後、佐々木と会う約束を取り付けた直斗は、電話を切って亜季に言った。


「聞いてただろ? 北川先生の婚約者の佐々木さんって人だよ」

「あー、一緒になって荒井先生と花村先生の不倫を追跡した人ですね」

「そう。まあ最初会ったのは偶然なんだけどさ。ちょっと話があるから、今から駅に戻って会うけど、どうする?」

「もちろんご一緒しますよ。お昼、おごってくれるかなあ」


 亜季はそう言って、屈託なく笑った。



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