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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第28話  妹

 その子は、麻衣に酷似していた。

 光沢のある黒髪の質感、スッと通った鼻筋、どこか儚げな輪郭。だが麻衣よりもほんの少し背が低く、何よりその「纏っている空気」が決定的に異なっていた。

 麻衣の瞳が常に真面目で不器用な優しさを湛えていたのに対し、目の前の少女のそれは吸い込まれそうなほど大きく、そして底知れぬほど黒かった。その唇には、悲しみに暮れる遺族のそれとは程遠い、どこか挑発的で小悪魔のようなミステリアスな微笑みが浮かんでいる。


「……えっと、誰だっけ?」


 掠れた声で尋ねる直斗に、少女は首をわずかに傾け、サラリと髪を揺らした。


「はじめまして、滝沢先輩。私、七瀬亜季。麻衣の、妹です」

「ああ……そっか」


 まともに向き合って話したのは小学生の時以来だったので、一瞬、誰かわからなかった。

 亜季。麻衣が以前「仲があまり良くない」とこぼしていた、一つ年下の中学二年生の妹。

 それにしても、こんなにも美しく、そして捉えどころのない雰囲気を持つ少女だっただろうか。姉の葬儀が終わったばかりだというのに、彼女の制服の着こなしは完璧で、微塵の乱れも涙の痕すら見当たらない。


「亜季、ちゃん――あの、麻衣のことは……本当に……」

「お悔やみの言葉なら結構です。そんなの、先生たちや親戚からうんざりすくらい聞かされましたから」


 亜季は直斗の言葉を冷たく遮ると、周りの生徒たちが遠巻きに見ているのを気にする素振りも見せず、直斗の前の席の椅子を反転させてドカッと座り込んだ。


「それよりも先輩。ずいぶんとひどい顔してますね。お姉ちゃんが死んじゃったからですか?」

「……当たり前だろ。麻衣が……」

「無理心中させらちゃったから?」


 亜季の言葉に、直斗はビクッと肩を震わせた。彼女は、まるで今日の天気を話すようなトーンで、その残酷な単語を口にしたのだ。


「警察はそう結論を出したみたいです。私たち家族にもそう説明がありました。あの尾崎とかいうこわそーな先輩が、北川先生とお姉ちゃんを殺して自殺したって」

「聞いたよ、警察から取り調べられたときに」


 亜季は頬杖をつき、直斗の目を真っ直ぐに覗き込んできた。


「でも、そんなの嘘っぱちだと思いますよ」

「……えっ!?」

「先輩、ちょっとこっち来てください。ここじゃなんなんで」


 亜季は驚く直斗の腕をつかむと、そのまま強引に教室の外へ引っ張り出した。それから廊下の奥にあるドアを抜け、誰もいない非常階段の踊り場まで連れて行った。

 亜季は猫のような目で直斗を見つめ、話を続けた。


「私は尾崎先輩のことほとんど知りませんけど、お姉ちゃんは『大切な友達だ』って何度か言ってましたから。見た目はちょっと怖いかもしれないけど、本当はやさしくて信頼できる仲間だって」

「そうなのか……」

「お姉ちゃんがそこまで褒めてるの聞いたの、尾崎先輩と、それと滝沢先輩のことだけです」

「……俺も?」

「はい。正直言って私、お姉ちゃんとあんまり仲良くなかったので詳しくは聞いてないんですけどね。あ、知ってるかもしれないけど、私とお姉ちゃん、父親が違うんですよ。お母さん、お姉ちゃんを生んだ後すぐに私のお父さんと不倫して、私を妊娠したんですよね。それで離婚だなんだってものすごくもめて、裁判までなったらしいです。ホント何やってんですかね」

 

 亜季は普通なら隠しておきたいようなことを、あっけらかんとした口調で言った。なんだか麻衣と全然タイプが違う、不思議な子だ。


「結局、お母さんはお姉ちゃんを連れて私のお父さんと再婚したってわけです。まあそれもあってお姉ちゃんは家族の中でも壁作ってたっていうか――」


 麻衣の複雑な家庭環境。そして親と折り合いが悪い。それは直斗も、武と同じだった。だからこそ三人は友情で結ばれた。そして成長するにつれ、その間に恋愛感情が絡むことになったのは、自然の成り行きだったのかもしれない。


「で、私が何を言いたいかというと、そんな尾崎先輩が、大切な友達だったお姉ちゃんを『自分の道連れ』なんていう身勝手な理由であっさり殺しちゃうかってことです。なんか動機としておかしいんですよね」

「そうなんだよ!」


 亜季の言葉に、直斗は思わず身を乗り出して叫んだ。


「武が――麻衣を事件に巻き込むことをもっとも嫌がってたあいつが、そんなことをするわけがないんだ。そもそも北川先生を殺したのだって武じゃない。事件の前提からして間違っているんだ」

「なんか面白そうですね。その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえますか……?」


 誰も信じてくれなかった。刑事も、学校の連中も、みんな武を殺人鬼だと決めつけていた。なのに、あまり接点がなかったはずの麻衣の妹がいとも簡単にそれを否定してくれた。

 うれしかった。急に百人の味方を得た気持ちになった直斗は、亜季に今まで起きた事件のことすべてを、洗いざらい話した。須藤先生と、荒井との関係を含めて――


「事情はわかりました」


 黙って話を聞いていた亜季の瞳の奥に、一瞬だけ、ゾッとするほど冷たい光が走った。

 

「あの夜、いつの間にか家から抜け出したお姉ちゃんを、私も親も気付かなかったんです。気分が悪いから絶対起こさないでって、お姉ちゃんはなれで寝てましたから」

「はなれって……?」

「ほら、自分で言うのもなんですが、うち豪邸でしょ。お姉ちゃん一人が好きだから、はなれを自分の部屋にしてたんですよ」


 そういえばそうだった。麻衣の家には小学生のころ、何度か遊びに行ったことがあるが、広い敷地に白亜のお城みたいな建物が建っていたのを思い出した。


「……それで麻衣は秘密基地――あの森の中に行ったんだな。やっぱり武に呼び出されたのか……?」

「分かんないです。その秘密基地の場所も家族は誰も知りませんでしたし。で、朝になって初めて、お姉ちゃんが家にいないのが分かりました。だからもっと前に気付いていれば、お姉ちゃん死なずに済んだかもしれないんですよね」

「後悔してんのは俺も同じだよ。前の日の手荷物検査でスマホが没収されてなきゃ武と連絡がとれたんだ。それに――」


 あの日、塾が終わりスマホをチェックした後で、勇気をもって秘密基地に行けば、もしかしたら二人を救えたかもしれない。


「それはしょうがないです。先輩の責任じゃありません。でも――」


 亜季は、その黒い瞳で、直斗を見つめて言った。


「私、お姉ちゃんが最後に何をしようとしてたか、少しだけ知ってるんです」


 それだけで、直斗の全身の産毛が逆立った。


「亜季ちゃん、今なんて言った……? 麻衣が、最後に何を……」

「今は話せません。もう少し色々調べてみないと――あと、名前は“亜季”(呼び捨て)でいいですよ。先輩、お姉ちゃんのことも“麻衣”って呼んでたんだし」


 亜季は直斗を見据えたまま、どこか妖しく、底に冷たい決意を沈めた笑みを浮かべた。


「滝沢先輩、ひとつ提案です。あの役に立たない警察や大人たちなんかより先に、お姉ちゃんたちを奪った“本物のクズ”を――私たちで見つけ出しませんか?」


 その声は、絶望の底に沈んでいた直斗へ投げられた、細いのに妙にしなやかで強い一本の糸だった。胸の奥で消えかけていた真相を追う気持ちと、押し込めていた怒りに、亜季という名の不思議な風が吹き込み、くすぶっていた火は再び赤黒い炎となって立ち上がろうとしていた。



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