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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第27話  在りし日の幻影

 杉の木公園の森で二人の遺体を発見したあの日から、直斗の記憶は完全に飛んでいた。


 警察の現場検証がどのように行われたのか、自分がどうやって家に帰されたのか、ほとんど覚えていない。極度のショックと疲労から熱を出し、直斗はまる一週間、自室のベッドから起き上がることができなかった。

 目を閉じれば、霧の中で首を吊って揺れる武の靴底と、まるで眠っているかのように冷たくなった麻衣の白い顔が、交互にフラッシュバックする。そのたびに直斗はシーツを握りしめ、声にならない叫びを上げては、汗びっしょりになって跳ね起きた。


 二人の葬儀は、直斗が熱にうなされている間にひっそりと終わっていた。母親の優子はもう何も言わず、直斗の外出を固く禁じただけだった。直斗自身も、二人の遺影に向き合う覚悟など到底持てなかった。

 熱がようやく引いたころには、直斗の体はまるでインフルエンザの病み上がりのように弱り切っていた。それでも警察は容赦なかった。なるべく早く事情聴取に応じるよう、優子を通し、強く要請されたのだ。

 家で寝ていてもいろいろ考えてしまい、ただ死にたくなるだけ――

 それならまだ、あの二人の刑事を相手にする方が、いくらかマシに思えた。


♢ ♢ ♢


 前回と同じ無機質な取調室の中、パイプ椅子に座る直斗の前には、くたびれたスーツを着た山田刑事と、その部下である一ノ瀬刑事が並んで腰を下ろしている。

 やっぱりまたこの二人か――

 直斗はいまさら刑事たちの顔を見たくなくて、座ってもずっとうつむいていた。


「体調が悪いところをご苦労だったな、滝沢君」


 山田の声は、以前のような威圧感をあえて隠しているようだった。しかし、その双眸(そうぼう)の奥には、獲物を探るような鋭い光が常に宿っている。


「……最悪ですよ、なにもかも」

「だろうな。だから君を気遣って聴取を伸ばしてあげたんだよ。最近はとにかく未成年の扱いには気をつけろと上司がうるさくてね。だが、さすがにもういいだろう。まあ辛いかもしれんが、あの日のなぜあんな早朝にあの場所へ行ったのか、そこで何を見たのか、順を追って聞かせてほしい」

「わかりました……」


 直斗は膝の上で両手を固く組み合わせ、乾いた唇をゆっくりと開いた。

 自分のスマホに、武のメッセージが二通と麻衣のメッセージが一通送られてきたことから始まり、あの秘密基地で武と麻衣を見つけるまで、直斗は途切れ途切れに、しかし確実に状況を説明した。


「なるほど。状況は鑑識の報告と一致している」


 山田刑事は手元の調書に視線を落としながら、ペンをくるくると回した。

 一ノ瀬刑事が、手元の資料をめくりながら直人に聞く。


「尾崎の使っていた彼の母親のスマートフォンは回収したけれど、確かにあなた宛てに送信された履歴があったわ。でもね、彼の言いたいことの内容っていったい何だったのかな?」

「わかりません。でも、武は……北川先生を殺した『真犯人』と決着をつけるつもりだったんだと思います」

「真犯人、だと?」


 山田の眉がピクリと動いた。


「尾崎が、北川先生殺しの犯人を別に知っていて、そいつをあの森に呼び出したとでも言うのか? 君たち中学生が、探偵ごっこでもしていたつもりか?」

「探偵ごっこなんかじゃありません!」


 直斗は思わず声を荒らげた。


「武は犯人じゃない! あいつは罠にハメられたんです! 真犯人に罪を着せられて、逃げてただけなんです!」


 取調室に、重い沈黙が落ちた。

 山田刑事は回していたペンをピタリと止め、話にならないと言うように首を振った。


「……滝沢君ねえ、そういうの妄想たくましいって言うんだよ。それに君さあ、何かまだ言ってないことがあるよな? 前回ここに来た時、我々に何か重大な隠し事をしていたんじゃないのか?」


 やっぱり信じてくれないか。

 予想はしていたので、がっかりはしなかった。

 そして、こうなればもう、武のことはすべて話してしまおうと思った。

 今さら隠したところで、もう武も麻衣も戻ってこないのだ。


「……全部、話します。俺が知っていること、隠していたこと、全部」


 直斗は深く息を吸い込み、二人の刑事に、最初の事件、天体観測の日の出来事と、家の近くで武と会ったことをだいたい話した。

 それを聞くうちに、ただでさえ強面の山田刑事の顔が、さらに険しくなっていく。


「やっぱりお前、あの日双眼鏡で尾崎を見ていたんだな。大人を舐めやがって……」


 山田刑事は相当腹に来ているようだった。ドスの利いた低い声が取調室に響く。だが直人は、何の怖さも感じなかった。


「はい、どうもすみませんでした」

「……まあ、お前が尾崎をかばって嘘をついていたことは、薄々感づいていた。だがな、滝沢」

 

 山田は机に両肘を突き、顔を近づけ、いきなり怒鳴った。まるで、容疑を否認する殺人犯を脅して自白させるように。


「お前がその路地裏で尾崎と接触した時点で、すぐに我々に通報していれば、あの二人の中学生は死なずに済んだかもしれないんだぞ!」

「……っ!」

「自分たちだけで何とかできるとでも思ったか? 大人の事情を飛び越えて、正義の味方にでもなれると錯覚したか? ……滝沢、お前さ、あんまり警察と大人を舐めるなよ」


 違う……!

 直斗は心の中で叫んだ。

 もしあのとき本当のことを言えば、武は逮捕され、北川先生殺しの犯人にされてしまっただろう。

 だが――

 そうなったとしても、武は少なくとも命を落とすことはなかった。そして麻衣も……。 


 凄絶な後悔が、直人の全身をギリギリと締め付ける。反論の言葉を見つけられず、膝の上に置いた拳が小刻みに震えた。

 その時、見かねた一ノ瀬刑事が、上司である山田をたしなめた。


「警部補、彼はまだ中学生です。それに、親友を信じたいという気持ちは……」

「甘やかすな、一ノ瀬! こいつの隠蔽が事態を最悪の方向へ転がしたんだ」


 山田は一ノ瀬を叱り飛ばし、、再び直斗に視線を戻した。


「滝沢。お前は尾崎が『罠にハメられた』と言ったのを鵜呑みにしているようだがな。現実はそう都合の良くいかないんだよ。いいか、本来なら捜査情報は部外者には秘密だが、これ以上お前に余計な真似をさせないために、特別に教えてやる」


 山田の目が、爬虫類のように細められた。


「北川京子を絞殺した凶器。そして、七瀬麻衣を絞殺した凶器。それはどちらも、尾崎が森の木で首を吊っていた『中学校の指定ネクタイ』だと断定されたんだよ」


「……え?」

 

 直斗の思考が、一瞬白く飛んだ。


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