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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第23話  焦燥

 翌朝、直人はいつもよりずっと早起きし、身支度もそこそこに家を飛び出した。

 誰が誰を好きかなんてこと、今は考えている場合ではない。それよりスマホを取り戻そう――

 一夜明け、そう無理やり心を切り替えたのだ。


 登校する生徒もまばらな時間帯、職員室にもまだ教員の姿は少なかった。だが、予想通り花村先生は出校していた。紺のスーツに身を包み、背筋をピンと伸ばし、パソコンで仕事をしている。その姿はやっぱり、荒川とラブホテルに入っていった女と、同一人物とは思えない。


「花村先生、おはようございます」

「滝沢君。ずいぶんと早い登校ですね」


 花村先生は手を止め、眼鏡の奥から感情の読み取れない冷ややかな視線を向けてきた。

 しかし、いつもと変わった様子はない。どうやらスマホの中身をみられることはなかったようだ。

 直斗はひとまず胸をなでおろした。

 

「あの、昨日のスマホ、放課後に取りに来いって言われましたよね。でも、昨日先生は早く帰られてしまったと思うんですが」

「昨日は教育委員会の用事があったと、他の先生から聞いていると思いましたが。違いますか?」

「それは、伺いましたけど――」


 教師という人種は、多少のミスがあっても基本的に生徒には謝らない。それはこの花村先生も例外ではなかった。

 スマホを学校に持ち込んだ非は自分にあるわけだし、ここで争っても無駄だと思った直斗は、大きく頭を下げて頼んだ。


「とにかくスマホ、返してください」

「それは無理ですね」


 先生の返事は、氷のように冷たかった。


「え?」

「没収した携帯電話の返却は『帰りの学活が終わってから』と規則で決まっています。朝早く来たからといって、特別扱いするわけにはいきません」

「そんな! どうしても確認しなきゃならない、大事な連絡があるかもしれないんです。それに、昨日返してもらえなかったのは先生の都合じゃないですか!」

「では今ここでチェックしなさい。終わったらもう一度預かります」

「それは――じゃあ、いいです」


 いくら気になるとはいえ、さすがに職員室の中、先生の目の前であのスマホの画面を開くわけにはいかない。

  

「痛ましい事件の後で、今はまだ学校全体が動揺しています。こういう非常事態だからこそ、一人一人がしっかりとルールを守らなければならないのです。ここであなたのスマートフォンを返して、それを他の生徒が知ったらどうなります? やっぱり没収されてもすぐに返してもらえるんだと思って、規則を破る人も出てくるでしょう。そうなれば示しがつきません。放課後、出直しなさい」


 一通り説教をたれると、花村先生は再びパソコンの画面へと視線を戻した。これ以上の会話は無用だという、はっきりとした拒絶のサインだった。


(ふざけやがって! 人の気も知らないで、何が『規律』だ。自分が裏で荒井と不倫してるくせに、生徒にあれこれ言える立場かよ)


 胸の奥で怒りが渦巻き、今すぐここで「レイクサイド」での一件をぶちまけてやりたい衝動に駆られた。だが、そんなことをしたらすべてがめちゃくちゃだ。

 今は耐えるしかない。直斗は悔しさに震える拳を制服のポケットに突っ込み、「……わかりました」とだけ絞り出し、職員室から逃げるように立ち去った。


 教室に入ると、直斗の視線は自然と窓際に向かった。

 しかし、そこにあるはずの姿はない。麻衣の席は空っぽだった。朝のホームルームが始まっても、麻衣は現れなかった。昨日早退したまま、今日も続けて欠席ということらしい。

 それでも、メッセージくらいは送れるはずだ。もしスマホに何も連絡がなければ、自分は麻衣に完全に拒絶されたことになる。


 武の安否と麻衣の拒絶――焦燥と絶望で息が詰まりそうな拷問のような授業をひたすら耐え抜き、放課後のチャイムが鳴るや否や、直斗は息を切らして職員室へ駆け込んだ。

 花村先生はすでにデスクに座っていた。


「遅くなりました。スマホ、返してください」

「では、これを」


 花村先生は引き出しの鍵を開け、直斗の黒いスマホを取り出した。直斗が思わず手を伸ばしかけた瞬間、先生はスッと端末を手元に引き戻した。


「返す前に、一つ言っておきます」

「……なんですか」

「あなたは最近、少し様子がおかしいですね。授業中も上の空ですし、昨日は図書準備室で門脇君と暴力沙汰になりかけたと報告を受けています」


 直斗はドキリとした。先生たちの間で、そんな情報まで共有されているのか。


「北川先生の事件のことで、心に大きな負担がかかっているのは理解しています。ですが、それを言い訳にして規律を乱していいわけではありません。中学生としての本分を忘れず、今は勉強に集中しなさい。変な正義感や好奇心で大人たちの問題に首を突っ込むようなことは、絶対にやめることです」


 それは表向きは真っ当な教師の指導だったが、直斗の耳には「これ以上、余計なことを探るな」という冷たい警告のように響いた。直斗は再び湧き上がる反発心をグッと飲み込み、無言で頷いた。


「……わかりました。気をつけます」

「よろしい。二度と学校には持ってこないように」


 ようやくスマホを受け取った直斗は、一目散に職員室を飛び出した。

 昇降口を抜け、校門を出た瞬間に、祈るような気持ちでスマホの電源ボタンを長押しする。


(頼む、連絡が来ていてくれ……)


 しかし、いつまでたってもスマホは立ち上がらず、空の電池マークが表示された。


(嘘だろ……!!)


 バッテリー切れ。もともと充電が少なかったうえ、昨日から丸一日以上、電源が入りっぱなしで放置されていたのだから仕方ないのだが、今の直斗にとっては最悪のタイミングだった。

 しかも、今日は出欠に厳しい駅前の進学塾の日だ。無断欠席はおろか、少しの遅刻でもすぐに親に連絡がいくシステムになっている。


 走って家に転がり込んだ直斗は、自室のコンセントに充電ケーブルを挿し、スマホを繋いだ。画面に充電中のマークが出たのを確認するが、すぐに起動できるほどの電力はない。時計を見ると、塾の開始時刻まであと二十分しかなかった。


「くそっ……!」


 後ろ髪を引かれる思いでスマホを机に置き、直斗は再び家を飛び出した。


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