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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第19話  ホテルレイクサイド

 山道に入ると、前を行く青いSUVはスピードを上げた。佐々木も負けじとアクセルを踏み込む。カーブが続くたびに、直斗の体は左右に振られた。やがて、荒井の車は脇道へと逸れた。舗装が荒れた細い坂道を上っていき、佐々木の車も音もなくそれに続いた。

 そして、木々のトンネルを抜けた先に現れたのは、湖を見下ろす高台に建つ一軒の建物だった。ヨーロッパの古城を模したような悪趣味な塔がそびえ立ち、壁はピンクと紫に塗り分けられている。昼間の日差しの下で見ると、それは異様で、薄汚れた欲望の象徴のように見えた。


『ホテル・レイクサイド』


 入口には目隠しのカーテンが下がっており、車のナンバープレートを隠すようになっている。荒井の車は迷うことなくその駐車場へと吸い込まれていった。


「……嘘だろ」


 直斗はその様子を動画で撮影しつつ、信じられない思いで呻いた。あの建物がラブホテルで、中で男女が行うことは、中学生でもさすがにわかる。

 あの真面目な花村先生が、荒井と――。


「やっぱりそういう関係か」


 佐々木は巧みにハンドルをさばき、車をホテルの入口から離れた脇道に停めた。直斗は気まずさを感じながら、録画を止めてスマホを置いた。


「あの、花村先生は一応結婚しているはずですが……」

「不倫、か。しかし学校内では真面目な顔をしておいて、裏ではこんな関係を持っていたとはね」

「荒井先生は北川先生にも言い寄ってたのに、なんで花村先生と――それに体育の授業中、女子生徒ばっかり贔屓にしたり馴れ馴れしく触ったりしてたんですよ。麻衣だって被害者の一人なんです」

「そうだね。荒井はそういう欲求が人一倍強いのかもしれない。ある種の依存症というか、理性が働かず自分を抑えきれないんじゃないかな」


 佐々木は呆れたように肩をすくめたが、その目は笑っていなかった。カメラを構え、ズームレンズでホテルの駐車場を狙った。しかし今さら撮っても仕方ないと思ったのか、すぐにカメラを下ろし、助手席の直斗に言った。


「しかもよりによって荒井の相手が君の担任だったとは。まさに衝撃の事実だね」

「佐々木さん……これって」

「ああ、非常に重要な手掛かりになるかもしれない。殺人の新たな動機が出てきたという点でね」

「動機……?」

「もちろんこれが単なる不倫の逢瀬で、二人と事件とはまったく無関係かもしれない。だが……」


 佐々木は言葉を切り、ホテルの建物を睨み据えた。


「この“秘密の関係”が京子の死に直結しているケースだ」

「どういうことですか?」

「考えてもみたまえ。もし、京子が二人のこの関係を知ってしまったとしたら? あるいは、京子が教頭に相談しようとしていたのが、荒井のセクハラだけでなく、この不倫の事実も含まれていたとしたら? 厳しい懲戒処分になるのは確実だろう」

「まさか……そんな」

「人間追い詰められると、時に普段ならあり得ない行動を取ってしまうことはあるからね。ましてや教師というものは人一倍体面を気にするものだ」


 直斗は背筋が寒くなった。

 確かに花村先生は既婚者だ。不倫がバレれば、家庭も教師としての地位も危うい。荒井にとっても、同僚との不倫、しかも既婚者相手となれば確実に懲戒処分は免れない。ただでさえしつこく付きまとう荒井を嫌っていた北川先生が、その件を告発しようとしていたならどうか?

 振られた腹いせと口封じ――殺害の動機としては十分だろう。


 佐々木は淡々と話を続けた。


「荒井にアリバイがあって、警察が疑っていないとしたら……つまり、荒井は自分が完全に白だと確信している。なにしろ休日に堂々と不倫相手と会うくらいだからね。確実なアリバイがあるんだろう。だが、その証言をしたのが花村先生だとしたら?」

「……!」

「犯行時刻、二人が一緒にいたと証言し合えばいい。ただし不倫とは言えないから、例えば教材の打ち合わせや進路相談など、もっともらしい理由を作って口裏を合わせれば警察は簡単には崩せない。お互いがお互いのアリバイ証人になるわけだ」

「そんな……花村先生が……?」


 いつも黒板の前で教科書を読み上げる、無表情な花村先生の顔が浮かんだ。生徒には厳しく道徳を説き、SNSでの噂話を禁じていたあの先生が。裏では荒井のような男と繋がり、平然と嘘をついていたのか。

 直斗は拳を握りしめた。大人の世界は、想像以上に暗く汚れている。「正しさ」を説く教師が、保身のために真実をねじ曲げ、罪のない生徒に濡れ衣を着せようとしている。武は、そんな悪意の犠牲になろうとしているのだ。


「許せない……」

 

 こみ上げてくる涙は悲しみではない。抑えきれない悔しさと怒りが胸の奥から溢れ出していた。その様子を見た佐々木は、はっとして口を閉ざす。表情には明らかな後悔の色が、ありありと浮かんでいた。 

 

「すまない。私はどうかしていた。君が中学生ということも忘れて勝手な推理をついしゃべってしまった」

「……別にそんなことないですよ」

「いや、状況的に仕方なかったとはいえ、こんな探偵まがいの尾行ごっこに君を巻き込んだのは大間違いだった。結果的に担任教師のとんでもない秘密を知ってしまったわけだ」

「無理やりついてきたことは謝ります。でも俺がいなかったら不倫相手が花村先生だってわからなかったじゃないですか」

「それは認めるが、私は君のことが心配なんだよ。こんなことに巻き込まれて、学校生活に影響が出なければいいが――」

「殺人事件の目撃者になっただけでもう十分影響出てます」

「確かにね」


 佐々木は苦笑したが、すぐに真顔になって言った。


「とにかく、今日は駅まで送るからもう帰りなさい。そして見たことは全部忘れるんだ。当然、誰にも話さない方がいい。私も君が同行していたことは絶対に他言しない」

「そんな、今さら――」

「いいから。ほらシートベルトを締めて」


 有無を言わせぬ口調で車は走り出した。これ以上何を言っても無駄だと直斗は悟った。


「佐々木さんは、これからどうするんですか?」


 直斗は諦めて、車を運転する佐々木に尋ねた。


「私は君を送った後ここへ取って返して二人が出てくるのを待つよ。ホテルに入った以上、少なくとも二時間は出てこないだろう。そして決定的瞬間を写真で押さえる。それが、彼らのアリバイを崩す一撃になるかもしれない」

「動画なら僕が撮りましたから、コピーしますけど……」

「それは絶対ダメだ。後々動画の出所が問題になるかもしれないからね。そうなると結局君を事件に巻き込んでしまうことになる。さっきは運転中で撮影を止められなかったが、その動画は必ず消しなさい。すべてなかったことにするんだ。いいね?」

「……はい」


 素直に返事をしながらも、直斗は従うつもりはなかった。荒井を追い詰めるための重要な証拠を、簡単に手放すわけにはいかない。


「滝沢君、とにかく、この件は私に任せておいてほしい」


 まもなく車が駅前につく頃、佐々木が改まった声で言った。


「君は自分のことをしっかりやるんだ。明日は学校だろ?」

「はい、もちろん行きます。――それで、警察には今日のこと話すんですか?」

「いずれはね、だが今ではない。ただ不倫をしているというだけでは、殺人の証拠にはならないからね。下手に動いて荒井に気付かれ、証拠隠滅を図られることも避けたい。すべて慎重にいくよ」

「わかりました。お願いします……」


 佐々木は完全に直斗を子ども扱いし、自分の周りに大人の壁を作ってしまった。こうなると、今後、協力して真犯人を探し出すことは無理だろう。せっかく麻衣以外の頼れる味方を得たと思ったのに、直斗はまた一人で事件と立ち向かわなければいけなくなったのだ。


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