表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
17/40

第17話  大人は分かってくれない

 空席が目立つ塾の自習室。直斗はスマホを握りしめたまま、じっと考え込んでいた。

 武は無事だったし、絶対に犯人じゃない。しかし、それが分かっているからこそ、たった一人で警察や真犯人に立ち向かおうとする親友の姿が、直斗に重くのしかかる。その上「麻衣を守ってくれ」という武の言葉――  この状況で、自分にいったい何ができる? 


 直斗はひとまず麻衣に連絡を取ろうと画面を開いた。だが、武と会った件をメッセージで伝えるのは危険だ。文章に残せば、後々トラブルになりかねない。

 悩んだ末、直斗はとりあえず無難なメッセージを送った。


『今、大丈夫? ちょっと話したいことがあるんだ。できれば少しだけでも会えない? 事件のことで、ちょっとね』


 送信ボタンを押すと、既読のマークがつくのをじっと待つ。

 一分、二分、五分……。

 画面を見つめる時間が、ずいぶん長く感じられた。

 十分ほど経って、ようやく通知音が鳴る。


『ごめんね、直斗。いま、妹が熱を出して寝込んでて私が看病しなきゃだめなんだ。そばを離れられないから今日は会えない。だから明日学校で話そう』


 画面に並ぶ文面はいつも通りの麻衣だが、直斗はそこに目に見えない拒絶を感じていた。

 麻衣の妹の名は亜季と言い、一つ年下で同じ中学に通っているから直人も何度か会ったこともある。ただ、姉妹の仲はあまり良くないことは、昔から知っている。それでも妹が風邪をひいたら面倒を見なくてはいけない、それは分かる。

 だが本当に病気なのか、何か隠しているんじゃないかとつい余計なことを考えてしまう。わざわざ「明日学校で」と念を押したのも、今は電話すらしたくないというサインに思える。


「……くそっ」


 いや――麻衣を疑うなんて、どうかしている。

 直斗は頭を振り、スマホをポケットに突っ込んだ。

 彼女に相談できないのなら、自分で動くしかない。警察が武を捕まえる前に、真犯人の手がかりを見つけなければならないのだ。しかし、一人で抱え込むにはあまりに事態が困難だ。

 その時ふと、北川先生の婚約者、佐々木のことが頭に浮かんだ。

 「些細なことでも連絡してくれ」と言っていた彼なら、力を貸してくれるかもしれない。


 直斗は深呼吸をして財布から名刺を取り出し、裏面の番号をタップした。コール音は三回鳴り、すぐに通話が繋がった。


『はい、佐々木です』


 落ち着いた、理知的かつはっきりとした声。背筋が伸びるような感覚。


「あ、あの、滝沢です。この間喫茶店でお話をした……」

『ああ、滝沢君か。どうした? 何かあったのか?』


 声のトーンがわずかに上がり、切迫した響きを帯びる。おそらく直人同じように、必死になって真相を追っているのだろう。


「いえ、何か新しいことがわかったわけじゃないんです。ただ……あれからいろいろ考えてしまって。警察の捜査とか、どうなってるのかなって気になって。佐々木さん、何か聞いていませんか?」


 武と会ったことは、喉まで出かかったが飲み込んだ。この人は信用できそうだが、万が一ということもある。武との約束は、今はどうしても守らなければならない。


『そうか……。まあ、気になるのも無理はない。目の前であんなことがあったんだからな』


 佐々木の声が少し柔らかくなった。


『警察のほうは相変わらずだ。京子のご家族ならともかく、単なる恋人の私なんかには捜査状況などほとんど何も教えてくれないさ。例の体育教師の荒井のことだも言ったが、反応は鈍い』

「そうですか……」


 現在、直斗がもっとも怪しんでいるのは荒井だが、その様子だと警察には期待できそうにない。

 佐々木は続けて言った。


『あとは君がこの間話してくれた、友人の尾崎君のことだけどね』

「は、はい」

『残念だけど、事件の容疑者として詳しく調べているのは事実らしい。私も彼のことは警察に繰り返し聞かれたからね。京子が尾崎君について何か話はしていなかったかと――』

「え……!」


 直斗は一瞬、心臓が止まった気がした。警察は本当に武のことを犯人とみているのか。やっぱり荒井があの晩、旧校舎で武を見たと証言したのか。

 

『ただ、私は尾崎君が犯人とはどうしても思えない。この間も言ったが、京子も彼のことをよく褒めていたからね。尾崎君の方も京子を信頼してくれていたようだし、そんな彼に京子を殺す理由はないだろう』

「……そうですよね!」

 

 ――よかった。この人もまだ考えを変えてない。

 直斗はここに来てようやく、まともな大人の味方が一人できた気がした。


『だとすると、やはり荒井のことが気になる。警察が見当違いをしている可能性もあるしね。だから私は私で調べてみることにした。明日にでも荒井の自宅に行って、様子をうかがってみるつもりだ。場合によっては直接話をしてみるかもしれない』

「えっ、直接ですか!?」

『ああ。住所はわかっている。荒井は前々から京子に自分のマンションの場所を一方的に教え、遊びに来るよう言ってたらしい。京子は用心深かったから、それを記録して私と共有していたんだ。明日は休みだから、奴がどんな生活をしていて、休日に何をしているのか、この目で確かめてみるよ』


 北川先生にしつこく言い寄り、事件の夜、武に目撃された荒井。直斗に対しても不審な態度をとっているし、容疑は濃い。もし彼が犯人なら、武の無実は証明される。

 とはいえ現時点で、荒井が北川先生を殺したという確たる証拠は皆無だ。


「佐々木さん、俺も連れて行ってください!」


 直斗は反射的に叫んでいた。

 佐々木は驚いて答えた。


『え? いやいや、それは駄目だよ。相手は同じ学校の教師だぞ? ただでさえ目をつけられている君がすることじゃない。それに仮にもし荒井が犯人なら――まあないとは思うが、こちらに危害を加えてくるかもしれないだろう?』

「俺は荒井先生とは顔を合わせないようにしますから、お願いします! みんなが武のこと疑っているのに、このまま何もせずじっとしているのは耐えられないんです。それに佐々木さんは荒井先生の顔をはっきり知りませんよね?」

『……確かに、君の学校の集合写真に写っているのを一度京子に見せてもらったきりだね』

「じゃあやっぱり俺が一緒の方がいいです。普段の荒井先生の顔を見たら何かピンとくるかもしれないし、佐々木さん一人だともし何かあった時に困るんじゃないですか?」

『しかしな……』


 佐々木は躊躇しているようだった。当然だ。中学生をそんな探偵の真似事に連れ回すなど、大人の常識ではありえない。


「お願いします! じっとしていられないんです。親友が……武が犯人扱いされたままなんて、絶対に嫌なんです!」


 直斗の繰り返しの訴えに、電話口の沈黙が数秒続いた。


『……いや、やっぱりだめだ。君の覚悟は伝わったが、それだけはできない』


 佐々木の声は静かだったが、そこには有無を言わせぬ大人の威厳があった。


『気持ちは痛いほどわかる。だが、中学生の君をこんなことに巻き込むわけにはいかない。京子だって、教え子が危険を冒すことなど絶対に望まないはずだ』

「でも……!」

『これは大人の問題だ。君は自分のことを第一に考えなさい。いいね?』


 正論を言われ、直斗は唇を噛み締めて引き下がるしかなかった。


『それじゃ、また何かあったら電話をしてくれ。あ、体にだけは気をつけなさい』

「はい……」


 佐々木は体よく電話を切ってしまった。

 しかし、荒井の行動を直接監視するという発想は、今まで思いつかなかった。もう残された時間は少ない。直斗は、親友を助けるためなら、どんな手がかりにも食いつく覚悟だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ