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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
15/40

第15話  再会

 土曜日。学校は休みだった。

 二階の自室で寝過ごした直斗は、鈍い体を起こし、カーテンに手をかける。引き開けた瞬間、光が差し込んだ。久しぶりの快晴だった。どこへでも行けそうな、乾いた明るさ。

 それでも、外へ出ようという気は起きない。


 あの事件から、警察の捜査に大きな動きはないらしい。

 学校も同じだった。殺人など最初からなかったかのように、教師も生徒も、何事もない顔で日々を繰り返している。

 ただ一人、直斗だけがそこに戻れずにいる。

 腕の中で崩れた北川先生の重み。力の抜けた体が、ゆっくりと沈んでいく感触。あの、生ぬるさだけが――いまも、消えないからだ。


 さらに気がかりなのは、麻衣の様子だ。学校には普段通り出席しているものの、一日中沈んだ表情で、休み時間に声をかけても上の空でまともな返事がない。武のことを心配しているのかもしれないが、それにしても、あそこまで元気のない麻衣を見るのは、小学生の時以来だった。

 もしかしたら、避けられているか――?

 迷った末、麻衣に電話かけようかとスマホを手に取る。その時、一階から声が響いた。


「直斗! まだ寝てるの? 早く起きて勉強しなさい!」


 不機嫌そうな声だ。直斗は生返事をしてトイレに行き、部屋で身支度を整え階段を降りた。 奈美恵はソファに座ってテレビを見ている。どうやら今日は一日家にいるらしい。このまま長い時間顔を突き合わせているのも気が重い。直斗は外に出ることに決めた。


「あのさ、ちょっと出かけてくる」

「何? まさかどこかへ遊びに行くんじゃないんでしょうね」

「違うよ。塾の自習室に行って勉強してくる」


 直斗はそのまま朝ごはんも食べず、玄関を出た。お腹はすいているのでパンでも買おうと思い、とりあえず家から数ブロック離れたコンビニへと向かう。午前中の住宅街の路地に人通りは少なく、辺りには土曜特有の気だるさが漂っていた。

 だが、突然――


「……直斗」


 低い、押し殺したような声が背後から聞こえた。心臓が跳ね上がる。聞き覚えのある声。だが、今この場所で聞くはずのない声だ。

 直斗は恐る恐る振り返った。家と家を仕切る植え込みの陰に、一人の背の高い男が隠れるように立っていた。黒っぽい服にグレーのマスクをしているが、その鋭い三白眼と、パーカーの下からのぞく体格の良さは、見紛うはずもなかった。


「――武?」


 直斗の声が震えた。武は周囲を鋭く警戒するように見回し、人差し指を唇に当てて手招きをする。直斗は周囲に誰もいないことを確認し、吸い寄せられるように植え込みの陰へと移動した。

 近くで見ると、武の姿は痛々しかった。最後に会った時よりも頬がこけ、目の下には濃い隈ができている。パーカーの袖や裾には泥のような汚れが付着し、何日も同じ服を着続けているのがわかった。そして何より、あの常に冷静沈着で鋭かった瞳に、追い詰められた焦燥の色が浮かんでいた。


「武……お前、今までどこにいたんだよ! 学校ずっと休んで、連絡もくれないし」


 直斗は小声で、しかし思わず強い口調で問い詰めた。武はマスクを少しずらし、乾いた唇を舐めた。


「……すまない。お前と麻衣に心配かけたな。学校でいろいろ噂になっていることは知っている」

「それは……」

「わかってる。どうせみんな、俺が犯人だって言ってんだろ? 直斗、単刀直入に言う。オレは北川先生を殺していない」


 その言葉を聞いた瞬間、直斗の胸のつかえが一つ取れた。信じてはいたが、やはり本人の口からはっきりと否定されるまでは、心のどこかに不安があったのも事実だ。

 直斗は武の目を見てはっきりと言った。


「わかってる! お前がそんなことするわけないって、俺も麻衣も信じてた」

「ああ……ありがとな」


 武の表情がわずかに緩んだ。だが、すぐにまた険しいものに戻る。

 直斗は続けて尋ねた。


「ならどうして学校ずっと休んでんだ?」

「それにはちゃんとした理由がある。事件の後、俺が何度か警察の取り調べを受けた。そのせいで、母親が余計におかしくなってで面倒を見ていた。だから学校に行けなかったんだ」


 武の過酷すぎる告白に、直斗は言葉を失った。家庭の崩壊に加えて、殺人犯扱い。事件以来、武がどれほどの絶望に耐えていたかを思うと、自分の境遇などまだずっと恵まれているほうだ。


「だがな、状況はもっと悪くなっている」


 武は周囲に目を配り、さらに声を潜めて続けた。


「警察はオレを完全に北川先生殺しの犯人としてマークしてるようだ。俺が未成年だから慎重になっているようだが、場合によってはあと数日で逮捕されるかもしれない」

「え、警察が!? まさか――」


 直斗は一瞬冗談かと思ったが、武の目は真剣だった。そもそも、この状況で嘘をつくような武ではない。

 

「だからもう家には戻らない。母親のことは親戚に頼んで病院に入院させることにした。もちろん学校へも行けない。たとえ警察に捕まらなくても、保護者がいないんじゃ施設送りになるのは間違いないからな。そんなの御免だぜ」

「いろいろありえないだろ……」

「とにかく最悪な一週間だった。でも直斗、お前とここで会えたのは運がよかったよ。いま、俺の話をまともに聞いてくれるのはお前くらいだからな」


 武はそう言うと、少しほっとしたように深く息を吐き出すと、直斗を改めてまっすぐみつめた。その瞳には、昔から変わらない嘘のない純粋な光が宿っていた。


「それは当然だけど、警察だって、ちゃんと話せば――」

「いや、あいつらはだめだ。聴取された時、俺は北川先生を殺してないと何度訴えても聞く耳もたなかった」

「そんな……だいたい、お前が北川先生を殺す理由なんてないだろ」

「動機か? 俺が北川先生に付きまとい、怒られたから逆上して殺したみたいな勝手な筋書きを作り上げているようだ。山田とかいうおっさんの刑事にさんざん『そうなんだろう?』と聞かれたからな。いくら否定しても信じてくれねえ」


 ……自分を尋問した、あの山田か。

 確かに、あの刑事ならいかにもやりそうだ。


「そんな根拠もなしに……! 刑事のくせに憶測でものを言うのか」

「ああ、くだらねえ噂を元にしてるのかもな。……だが一つ、決定的に俺に不利なことがある」

「不利って……」

「あの日のあの時、俺が現場にいたんだ。それは事実だ」


 直斗は息を呑んだ。


「やっぱりか」

「えっ!? 直斗、お前まさか見てたのか?」

「まあな。あの日は天文部で天体観測してて、俺、屋上で双眼鏡を使ってたんだ。そしたら偶然お前が廊下を走って逃げていくのが見えた」

「そうか――直斗に見られてたとはな。運が悪いのか良いのか」


 武はやれやれといった感じで苦笑いをした。


「だけどさ、どうして逃げたんだよ。お前が犯人じゃないなら、その場に残って事情を話せばよかっただろ」

「いや、そんなことしても無駄だ。俺が正直に証言したところで、誰も信じてくれるわけない。学校では問題児扱いされ、みんなの評判の悪い俺の言うことなんて――」


 武の声は細くかすれ、寂しげな影が顔をよぎった。その表情を見て、直斗の胸に言葉にできない痛みが広がった。

 

「まあそれはどうでもいい。だが俺が旧校舎に行ったのは、そもそも北川先生本人に呼び出されたんだ」

「え! 本当か、それ?」

「じゃなきゃあんな時間に旧校舎なんか行かない」

「どういうことだよ、それ?」

「あの夜……家に電話があったんだ」

「電話?」

「ああ。『北川だけど、午後八時ちょうどに旧校舎の非常口から中に入って、二階の廊下まで来て。絶対に』と一方的に言って切れた」

「それ、本当に北川先生だったのかよ」

「発信元は非表示だった。それが犯人なら、どうせ公衆電話とか、誰がかけたか分からないようにしていると思う」

「今どき公衆電話なんて探すのたいへんだろ」

「まあな、でも学校に置いてあるの知ってるだろ。あれ使ったのかもしれない」

「そういえばあったな」


 直斗は、新校舎の廊下の端に、緊急連絡用の緑色の電話が置かれていたことを思い出した。灯台下暗しと言おうか、確かにあれなら、夜になって人がいなくなれば、誰にも見られずに電話をかけられそうだ。


「とにかく先生の声は切羽詰まった感じだったんで、俺はあわてて家を飛び出し学校へ向かった」


 直斗は喫茶店で佐々木から聞いた話を思い出した。北川先生は武の相談によく乗っており、二人の間には信頼関係があった。だからこそ、あんな遅い時間に電話があっても、武は学校へ向かったのだろう。


「言われた通り非常口から旧校舎に入った。鍵は開いてた。二階に上がって廊下の方に向かうと、奥に人影が見えたんだ。先生だと思って近づいたら……」


 武の喉がごくりと鳴る。



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