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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第13話  先生の婚約者

 佐々木は自分にコーヒーを、二人にカフェラテを注文してくれた。湯気が立つカップを前に、直斗は深く息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を少しだけ抜けた気がした。


「会ったばかりなのに来てくれてありがとう、滝沢君に、七瀬さん」


 麻衣は緊張した面持ちで小さく頭を下げた。目の前の洗練された大人のエリートサラリーマンに、少し気圧されているようだ。


「それで……その、佐々木さんは、先生とはどういうご関係なんですか? もしかしたら――」


 麻衣が恐る恐る尋ねると、佐々木はコーヒーカップを見つめたまま、静かに言った。


「そうだな、正直に話さないといけないな。さっきは友人と言ったけど、実は北川さんとは恋人同士だったんだ。大学時代からずっと付き合っていて、近いうちに結婚するつもりだった」

「えっ……」


 直斗と麻衣は顔を見合わせた。

 北川先生に恋人がいるのは不思議ではなかったが、こんなエリートサラリーマンと結婚間近だとは思わなかった。


「実はあの日……事件の夜、私は北川さんの――下の名は京子って言うんだが、京子のマンションに行って帰りを待っていたんだ」


 佐々木の声は淡々としていたが、それがかえって悲劇性を際立たせた。


「だが夜遅くになっても、彼女は帰ってこなかった。電話も繋がらない。最初は会議か何かで遅くなっているのかと思ったが……日付が変わる頃、マンションの固定電話に警察から連絡があったんだ。家族と連絡が取りたかったんだろう」


 佐々木は一瞬言葉を切り、眉間を指で強く押さえた。


「単なる恋人の私では身元の確認はできないからね。結局その日は自分の家に戻って、その後は警察の事情聴取でいろいろ聞かれた。悲しんでいる暇すらなかったな。いまだに京子がこの世にいないという実感もないし、すべてが悪い夢のようだ」


 顔を上げた佐々木の瞳には、冷たい怒りの炎が燃えていた。


「なぜ、京子が殺されなければならなかったのか。彼女は誰からも恨まれるような人間じゃなかった。それなのに、なぜ……」


 その真摯な言葉に、直斗は心を動かされた。この人は、本当に北川先生を愛していたのだろう。そして、自分たちと同じように、あるいはそれ以上に、答えを求めて苦しんでいる。

 直斗は意を決して口を開いた。


「佐々木さん。……さっき言った通り、第一発見者は僕たちなんです」


 佐々木の目に鋭さが戻り、視線が直斗を射抜いた。表情に真剣さが増す。


「その時の様子、是非詳しくきかせてくれ」

「はい。三日前は屋上で天体観測をしていて――」


 事件を目撃した経緯を、直斗は一通り説明した。武が逃げていくのを見たことだけは伏せたが、あとはすべて正直に話した。佐々木はずっと無言で直斗と麻衣を見つめていたが、やがて口を開いた。


「そうだったのか……。辛い記憶を思い出させてすまない。でも、教えてくれてありがとう。最期に彼女のそばにいたのが君たちみたいな真面目な生徒さんでよかったよ」


 顔を上げた佐々木の表情は、先ほどよりも少しだけ柔らかくなっていた。この人ならば大丈夫だろうと、直斗は思い切って尋ねた。


「佐々木さん。あの……犯人について心当たりはないんですか? 北川先生は人から恨まれるような先生じゃないのは分かっているんですが、それでも――」

「うーん。君たちに話していいものか……」


 佐々木は一瞬迷ってから、答えた。


「同僚の体育教師に言い寄られて困るという話は、よく聞かされていた」

「……え? それってもしかして荒井先生、ですか?」


 直斗がその名を告げると、佐々木の表情が凍りついた。驚きとともに、嫌悪の色が浮かんだのだ。


「滝沢君、なんでそのことを知っているんだい?」

「あ、ちょっと学校で噂になっていて……。実は今日、荒井先生の授業があって、少し事件のことについて探りを入れてみたんです」

「え!? それは偶然だな」

 

 今度は麻衣が驚いて直斗の顔を見た。

 時間がなくて、直斗は麻衣にまだそのことを話していなかったのだ。


「麻衣、ごめん。いま説明するから」


 直斗は、体育の時の荒井先生とのやりとり――事件について聞くと、いやに感情的になって威圧してきたことを二人に詳しく伝えた。

 それを聞いた佐々木は忌々しげに言った。


「京子は確かにここ数ヶ月、その荒井とかいう同僚の執拗なアプローチに悩んでいた。『教師同士、分かり合えるはずだ』とか『同僚との親睦を深めるためだ』とか勝手なことを言ってね。しつこく飲みに誘ったり、どこで住所を調べたのか、京子が一人暮らししているマンションに押し掛けたり、わざと体に触れようとしたこともあったらしい。京子が『恋人がいる』と断っても、聞く耳を持たなかったそうだ」


 直斗と麻衣は息を呑んだ。いくらなんでも、教職者がそこまでやるとは思わなかった。セクハラをするのは、生徒相手だけではなかったのだ。


「それじゃあストーカーじゃないですか!」


 麻衣が憤って声を荒げた。昼間、荒井先生に体を執拗に触られた記憶が蘇ったのかもしれない。


「そうなんだ。それで京子は教頭に相談しようとしていた矢先だった。……事件の夜も、もしかしたら荒井に呼び出されたのかもしれない」


 佐々木の拳が、テーブルの上で固く握りしめられた。


「警察にもこの話はした。だが、どうも要領を得ない。もしかしたら荒井にはアリバイがあるのかもしれない。通り魔的な犯行とは見ていないようだが、別にも容疑者はいるらしい」


 まさか――直斗はハッとした。

 武のことだろうか?

 その点は何とかして確かめておきたいと思い、直斗は佐々木に言った。


「……あの、一つ伺いたいことがあるんですが」

「なんだい?」

「実は学校で、ある噂が流れていて――」

「噂、か」


 佐々木は軽く眉をひそめた。その表情を見て、直斗は一瞬迷った。

 単なる噂なのに、武の名前をこんな形で出してしまっていいのか――。

 胸の奥に小さな棘のような違和感が刺さる。それでも、黙っているわけにはいかなかった。


「北川先生の事件の犯人は、うちの中学の生徒なんじゃないかって。……その生徒というのが、俺と麻衣の親友で尾崎――尾崎武って言うんですけど、事件以来ずっと学校を欠席していて……」


「……尾崎武」


 佐々木はその名前をゆっくりと口にし、記憶の引き出しを探るように天井を見上げた。


「うーん……その名前、たしか京子から聞いたことがあるな」

「えっ、本当ですか?」


 直斗の声が思わず裏返る。


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