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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第12話  雨上がりの偶然

 放課後を告げるチャイムが鳴った。直斗は家に帰る前に、どうしても確かめたいことがあった。

 急いで教室を飛び出してC組へと向かうと、まだほとんどの生徒が残っていた。だが、武の姿は見えなかった。顔見知りの生徒に尋ねると、やはり今日も休んでいると言う。

 

(これで三日連続の欠席か……)


 直斗は諦めてC組の壁に背を預けた。事件以来、武とは一度も連絡が取れていない。これだけ休みが続けば、“武が犯人”という噂はもはや生徒たちの間で既成事実になってしまう。警察も武をマークしているというなら、なおさらだ。

 直斗は心配でたまらなかったが、どうすることもできなかった。武は携帯電話を持っていない。「うちは貧乏だから」と笑っていたが、実情はもっと深刻だ。

 父親は蒸発し、母親と二人暮らし。その母親は水商売をしていて昼夜逆転の生活を送っている上に、重度の酒乱だ。小学生の頃、家に遊びに行きたいと何気なく言ったとき、武が血相を変えて止めたことを思い出す。


『頼むから、家には絶対に来ないでくれ』

『え? でも……』

『母親は子供嫌いだから。それにあんな家、誰にも見られたくねえよ』


 普段は穏やかな武が、あそこまで強く拒絶したことはなかった。だから、家に行くわけにはどうしてもいかない。


 早くも行き詰まりか――


 ため息をついて外に出ると、いつの間にか雨は上がっていた。西の空の雲の隙間から差し込む夕陽が、濡れたグラウンドの水たまりを黄金色に染めている。直斗は眩しさに目を細めながら校門を通り抜けた、ちょうどその時だった。

 通学路のガードレールのそばに、一人の男が立っているのが目に入った。年齢は三十歳前後だろうか。身長は高く、すらりとしている。ダークネイビーの仕立ての良いスーツを着こなし、革靴は一点の曇りもなく磨き上げられていた。その立ち姿からは知性と品格が滲み出ている。一言で言えば「エリート」。ジャージ姿の生徒や、くたびれたスーツの教員が行き交うこの場所には、あまりにも場違いな存在だった。

 男は腕を組み、じっと校舎の方を見上げている。その鋭い視線は、校舎の窓一つ一つを吟味するように動いていた。不審者というよりは、迷い込んだ異邦人のようだ。直斗は一度通り過ぎようとしたが、その男が醸し出す切迫した空気が気になり、足を止めた。


「あの……何か、用ですか?」


 直斗が声をかけると、男はゆっくりと振り向いた。端正な顔立ちだ。冷ややかな理性を感じさせる瞳が、直斗を捉える。


「……君は、この学校の生徒さんだね」


 声は低く、落ち着いていた。威圧感はないが、容易に嘘を見抜かれそうな眼力がある。少なくとも変質者や不審者にはみえない。


「はい。三年生ですけど」

「そうか。……学校の中は、まだ騒がしいのかな」

「え?」

「事件のことだよ。生徒や先生たちの動揺は収まっていないように見えるが」


 男の言葉に、直斗は警戒心を強めた。警察か、それともマスコミか。


「……あなたは?」

「ああ、失礼。怪しい者じゃない――といっても証明のしようがないか。こういう者だ」


 男は懐から革の名刺入れを取り出し、一枚のカードを直斗に差し出した。そこには誰もが知る大手総合商社のロゴと、『佐々木洋一』という名前が印字されていた。


「佐々木さん?」

「北川先生の、親しい友人だよ。よければ、君の名前を教えてくれないか?」

「滝沢と言います」


 男は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せたが、すぐに顔を上げた。


「なんと言えばいいか……北川先生の事件を知って、いてもたってもいられなくてね。警察は何も教えてくれないし、現場の空気や学校の様子を自分の目でどうしても確かめたかったんだ。しかしいざ来てみても、全くの部外者が中に入るわけにはいかないからね。……滝沢くん、北川先生のことは知っている?」

「はい、英語を教えてもらっていました」

「そうか。それじゃあもし時間があるなら、少しだけ話を聞かせてもらえないだろうか」


 佐々木の瞳には、真実を求める静かだが強い光が宿っていた。単なる好奇心や野次馬根性ではない。直斗は直感した。この人なら、真犯人を探す手助けをしてくれるかもしれない。


「わかりました。あの……それともう一人、呼んでもいいですか? 俺と一緒に事件現場を目撃した子です」

「目撃!? まさか、君が――?」


 その瞬間、佐々木の目の色が変わった。驚いた様子で身を乗り出す。


「はい、実はあの日の夜、天文部の部活動で天体観測をしていたんです。それで――」

「それは是非くわしく話を聞かせてくれ。ここじゃなんだから、場所を変えよう。そうだな、少し遠いが駅前の方へ出ようか」

「いいですけど、制服だと目立つので家で着替えてからでもいいですか? 一時間後に待ち合わせるのはどうでしょうか」

「私はそれでかまわないが……ああ、しかし君は未成年だからな。親御さんの許可を取らなければまずいな」

「じゃあ、母の携帯に今メッセージ送ってみます。多分家にはいないんで」


 直斗は佐々木に背を向けてスマホを取り出したが、最初から母親の奈美恵に連絡するつもりはなかった。今日はたまたま奈美恵も買い物で帰りが遅くなる予定だったので、都合がよいのだ。

 母親にメッセージを送るふりをした後、直斗は麻衣のIDを開き、「北川先生の知り合いだという人に会った。話したいから一時間後に駅前まで来て」と入力して送信すると、すぐにOKの返事が返ってきた。


 一時間後。

 約束通り駅前で落ち合った三人は、さびれ気味の商店街のはずれでひっそり営業している、昭和の遺物のような喫茶店に入った。チェーン店のコーヒーショップと比べると値段が倍以上するせいか、夕方のこの時間でも客はまばらだ。しかし琥珀色の照明が灯る店内は、焙煎された豆の香ばしい匂いに包まれ、落ち着いた雰囲気が心地よい。

 一番奥のボックス席に、直斗と麻衣、そして佐々木の三人が向かい合って座った。

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