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星降る夜に君は死んだ  作者: 天代 朔
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第11話  追及

 直人はできるだけ平静を装い、荒井に話しかけた。


「あの、荒井先生。少し聞きたいことがあって」

「――ん、なんだ?」


 荒井先生は嫌な顔を隠さず、面倒くさそうに答えた。その額には玉のような汗が浮いている。雨粒ではない。ただの暑さのせいだけでもない、脂ぎった不快な汗だ。


「聞きたいこと? 授業に関する質問なら後にしてくれ。今は――」

「北川先生のことです」


 直斗が単刀直入にその名を出すと、荒井先生の表情が凍りつき、視線がどこかへ泳いだ。わかりやすい反応だった。


「……北川先生が、どうしたって言うんだ。事件のことは気の毒だったが……」


 荒井先生の声のトーンが、ふいに落ちた。先ほどまでの、生徒たちに向けられていた鼓膜を破らんばかりの快活な大声とは違う。低く、粘りつくような警戒心を含んだ声だった。

 雨脚は急速に強まり、二人の周囲を白いカーテンのように閉ざしていく。


「おい、ちょっとこっちに来い!」


 荒井先生は直斗の腕を乱暴につかむと、雨に濡れないよう、グラウンドの隅にある用具室の軒下へと引っ張っていった。バタバタとトタン屋根を叩く激しい雨音が他の音をすべて遮断し、二人だけの閉鎖的な空間を作り出す。


「先生、北川先生と親しかったんですよね。よく二人で話しているのを見たっていう生徒もいますし……何か、変わった様子とか、悩んでいたこととか聞いてませんか」


 直斗はできるだけ素朴な疑問を装って問いかけた。その視線は、荒井先生の表情の些細な変化も見逃すまいと鋭く固定されている。


「一体何を言い出すかと思ったら……オレが北川先生と親しかった? 誰がそんなデタラメを言ってるんだ!」


 荒井先生は顔をしかめ、乱暴な口調で答えた。


「ただの同僚だ。仕事の話をすることはあっても、それ以上の関係なんてあるわけがないだろう。……おい滝沢、そもそもお前、何でそんなことを聞く? 生徒の分際で教師の関係など探ってどうするんだ?」

「いやでも、最初に滝川先生をが倒れているの俺なんですよ。だから気にするのは当然じゃないですか」

「なにが当然だ! いいか? 根拠のない憶測で同僚の死をおもちゃにするような真似は許さん。北川先生は不幸な事件に巻き込まれたんだ。それ以上でも以下でもない。これは警察と学校の問題で、子供が首を突っ込む話じゃない。お前たちはただ何も考えずに授業を受けていればいいんだよ。わかったな?」


 予想通りだった。荒井先生は教師という立場を利用し、「一生徒の戯言」として切り捨てようとしている。

 だが、直斗は引かなかった。雨の飛沫に打たれ、体操着が肌に張り付く不快感を無視して、一歩前に出る。



「別に犯人を探すとかそういうことじゃありません。ただ、北川先生のことが気の毒だし、本当のことが知りたいだけです。あの、それで、荒井先生、もしかしたら北川先生のことが好きだったんじゃないですか?」


 直斗は雨音に負けないよう、腹の底から声を張り上げた。

 いきなりそんなことを聞いていいのか一瞬迷ったが、ここは思いきって強く切り込むべきだと感じたのだ。

 それで正解だったのか、途端に荒井の表情が変わり、教師らしい仮面がすっと外れた。


「おい、滝沢!」


 荒井は胸ぐらを掴むような真似はしなかったが、至近距離まで詰め寄り、その体格差で直斗を見下ろした。直斗の視界は、荒井の広い胸板と威圧的な視線で埋め尽くされた。汗の臭いまで漂ってくる。


「お前、いい加減にしろよ。……教師に向かって何たる口の利き方だ」


 荒井の声は、怒鳴るよりも恐ろしい、ドスの効いた低い響きを持っていた。


「好きだとか嫌いだとかそんな浮ついた話じゃないんだよ、大人の世界はな。お前ら子供には分からない事情ってのがあんだよ。いいか滝沢? 適当な憶測を言いふらしてみろ。内申に響くとか、そういうレベルじゃ済まなくなるぞ」

「……事情って、何ですか」


 威圧感に喉が渇きながらも、直斗は荒井を睨み返した。


「何もやましいことがないなら、そんなに怒る必要ないじゃないですか。北川先生のために何か知ってることを話すのが、そんなに不都合なんですか」

「ちっ……うるせえな」


 荒井は忌々しそうに舌打ちをし、頭をガシガシとかきむしった。


「……警察には、話した」


 直斗から視線を逸らし、荒井は吐き捨てるように言った。


「あの日、俺がどこで何をしていたか、アリバイも北川先生との関係も、全部警察には話してあるんだよ。刑事がしつこく何度も聞きやがって……いいか滝沢? 俺は潔白だ。これ以上噂を広めるなよ。そんなことしたら絶対に許さないからな」


 荒井はそう言ってから、もう直斗とは一言も話したくないという態度で、体育館の方へと歩き出した。その背中は、教師の威厳を保とうとしているようでいて、どこか焦りに満ちていた。


(嘘だ……)


 直斗は確信した。ただの同僚なら、好意を問われてあそこまで過剰に脅してくるはずがない。「しつこい刑事」という言葉も、警察にマークされている証拠だ。

 北川先生の死を悼む様子もまったくない。醜い自己保身だけが透けて見える。執拗に言い寄り、拒絶されて突発的に首を絞めた――その可能性は十分にある。

 雨の中、遠ざかる荒井の背中を睨みつけながら、直斗の脳裏にふと麻衣の怯えた顔がよぎった。荒井は、麻衣も目撃者だと知っている。最悪の場合、口封じのために何か手を出すかもしれない。それだけは絶対に防がなければ――。


「……絶対に、逃がさない」


 直斗は小さく呟くと、泥を払って体育館に向かい歩き出した。再び雨は激しさを増し、視界のすべてを灰色に染め上げている。だが、直斗の目には、進むべき道が少し見えてきた気がした。



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