マスコミ人は斯くの如し
深夜の住宅街。昼間でも閑静な街は、月も見えない夜の闇の中、寝静まっていた。
その街の、豪奢な大邸宅。高級住宅街として知られる街の中でも、ひときわ目立つ大仰な門が、静かに開いた。
門の中から小柄な老人が現れた。あたりをきょろきょろと見回し、そうしてから、足早に歩きだした。
その途端、住宅街に声が響いた。夜のしじまを破り、
「会長っ! この度の件について、一言、お願いしますっ」
一人の取材者が叫んだ。物陰から飛び出し、「受け止めをっ!」と叫びながら、老人の方へ駆け出した。
数十人の取材者が後を追った。カメラのフラッシュを老人に浴びせかけ、口々に、「一言お願いできますかっ」「受け止めをっ」などと叫びながら、静かだった街に光と騒音をまき散らした。
男や女に追われ、老人は走り出した。よたよたと、しかし懸命に走り、取材者たちから逃れようとした。
取材者たちは、息を切らして走る哀れな老人にも、容赦がなかった。相変わらず、「受け止めをっ!」と叫び、老人の周囲にまとわりついては、骨と皮だけになった男を小突き、突き飛ばし、何とか「一言」を言わせようと、鬼の形相で年老いた小男に迫った。
観念したのか、老人が不意に立ち止まった。いや、もう走れなくなったのであろう。老人は屈んで膝に手を当て、苦しそうに咳き込んだ。
そんな老人を、取材者たちが取り囲んだ。取り囲むや否や、鬼の首でも取ったかのような表情で、一人の取材者が言った。
「受け止めをっ!」
老人はハアハア言うばかりで、何も答えなかった。
業を煮やしたのか、別の取材者が声を荒らげた。
「視聴者に対して謝罪する気がないのかよっ! あんた、社会に迷惑をかけたという自覚、ないの?」
その声に、他の取材者たちも一斉に怒号を上げ始めた。
「謝れよ、てめえっ」
「おまえんとこの組織がしたこと、許されねえんだよ」
「社会のゴミめっ」
「迷惑なんだよ、おまえらの存在自体がっ!」
深夜の、閑静な住宅街に、取材者たちの怒号が響いた。
どこかの犬が鳴き出した。家家に、明かりが灯り始めた。
老人は、骨ばった手をついと伸ばした。その手で取材者たちを押しのけようとした。
ところが、走り出そうとしたその瞬間、老人は「うっ」と呻いた。胸を手で押さえ、蹲ってしまった。
老人は胸を押さえながら、「助けて」と、一言、呟いた。呟くと、地面に突っ伏した。そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなった。
シャッター音が響く中、一人の取材者が老人のもとへ歩み寄った。「介抱なんか、しなくていいよ」という誰かの声にかぶせるように、その取材者は、
「受け止めを」
老人に向かって、そう言った。
その言葉に、さすがに他の取材者たちは凍り付いた。
ところが、
「おいおい。死んじゃってるのに、悪い冗談だな」
と誰かがおどけたように言うと、すぐにその場が和んだ。吹き出す者がいた。つられて、大笑いする者もいた。「無理して走るからだよ」ふふっと笑い、「やっちゃったな、俺たち」と言って、また大笑いした。皆が口々に、「やっちゃったな」と言って笑った。
そんな中、最初に老人を追いかけた取材者が、ぽつりと言った。「でもさ……」周囲の者を見まわし、
「マスコミに追いつめられた老人が、心臓発作で死んじゃうなんて、これ、いいマスコミネタになるね」
他の者たちがお互いに顔を見合わせた。中には、まずいな、という表情をした者もいた。
しかし、別の取材者が、
「じゃあ、さっそく、取材しようか。俺らの会社の上層部に、『受け止め』を聞かないとね」
と言うと、
「そうだね」「そうだね」と、その場にいた者は皆、口々に同じことを言いはじめた。
女性の取材者が言った。
「ああ、そうだわ」と声を上げ、傍らに立っている男性取材者に、
「私が私の会社を取材するのも、なんかなあって感じよね。なので、私はあなたの会社を取材するわ。そんで、あなたは私の会社を……」
と、もちかけた。
もちかけられた取材者は、快く応じた。「いいよ」と言うと、「ほんじゃ、今からすぐ、行こうぜ」
言うや否や、その男は走り出した。
ほかの取材者たちも、二人に倣った。それぞれで話し合い、誰が誰の会社を取材するのかを取り決めた。
取材者たちは、すぐさま、方々へ散って行った。
取材者たちが去ってしまうと、住宅街には静けさが戻った。
後にはただ、暗闇と白髪頭の老人が、残されただけであった。
〈了〉




