第二の約束
その後、私たちは頻繁にメッセージをやり取りするようになった。
あまりに早く既読をつければ、まるで画面の前で息をひそめて待ち構えていたみたいではないか、そんな些細なことを気にして、あえて時間を置く。送信ボタンの手前で立ち止まり、文章を読み返すその瞬間さえ、どこか甘美な時間だった。絵文字ひとつ、スタンプひとつにも、ささやかな迷いが宿る。ハートが多すぎれば重たく思われるだろうか、あまりに簡素すぎれば、素っ気なく見えるだろうか。指先はスマホの画面上を何度も行き来しながら、頭の中では小さな作戦会議を開いていた。
これは女性だからなのか、それとも私という人間がそういう性分なのか。世の中の男性は、このようなやり取りで同じように胸をざわつかせるのだろうか。――今となっては、答えのない問だ。
そんなある日一通のメッセージが届いた。
――お礼も兼ねて、一緒にオムライス食べに行きたいです。――
その文面を私は三度も四度も読み返した。〝一緒に〟〝オムライス〟
声に出せば、耳の奥で柔らかく響く。
きっと、以前に好きな食べ物話をした際に話していたのを覚えてくれていたのだろう。実は彼もオムライスが好きらしく、とろとろ卵とケチャップライスのマッチングがたまらないらしい。
日程はすぐに決まり、前日の夜はそわそわして眠られなかった、というロマンチックな描写をしたいところだったが、実際はぐっすり眠られた。「美容と健康のため」という言い訳を盾にして眠りに落ちた自分を正当化しておこう。
だが、その日にはもう一つ、心をざわつかせる出来事があったのだ。
――明日、夜時間があるようでしたら、映画一緒に見ませんか?――
一瞬、心臓が跳ねる。
映画に誘う――それは、私の中で、〝特別な方程式〟だった。異性を映画に誘う=少なくとも、気がある。ドラマや映画で何度も刷り込まれてきたこの定理が頭の中で点滅する。
「私を?映画に?」
混乱しながらも、断る理由などなかった。私の頭の中には二つの可能性が考えられた。一つ目は、単純に彼が映画を見かっただけ。ご飯を食べる約束をしていたため、そのついでに誘った。二つ目は、あの〝方程式〟を意識的に成立させようとしている。
当日。ふわりと立ち上る湯気と、卵の香り。スプーンでとろりとした黄色を割るたび、中のケチャップライスが顔を出す。それを頬張ると、甘酸っぱいトマトの香りが口いっぱいに広がり、少しだけ胸の鼓動を和らげてくれた。
そして、真意を確かめたいところではあったが、ぐっとこらえ、予定通りに映画館へ。映画はその当時はやっていた〝スズメの戸締り〟。これは、新海誠監督の2022年公開の映画であり、ファンタジーとロードムービー要素が融合した物語である。宮崎県の静かな町に住む女子高校生が、旅をしている青年に出会う。彼は日本各地に存在する〝災い〟を呼び込む「扉」を閉じて回っている閉じ師。彼女はひょんなことから、その扉の封印に関わってしまい、さらに青年は椅子の姿に変えられてしまうという事態に。二人は災いを止めるために日本を縦断しながら各地の扉を閉じていく。旅の中で、彼女の失われていたよう初期の記憶と災いとの深いかかわりが明らかになり、最終的に、彼女は自分の心の扉とも向き合うことになるというものである。
この日、どうしても聞きたいことがあった。1月9日。この日は、成人式からわずか数日後。
――成人式マジック――
この言葉を聞いたことがある人も多いだろう。成人式で久しぶりに再会した同級生や知り合いが、以前の印象よりも格段に魅力的に見える現象のことである。
彼は私の一つ上で、2023年に成人式を迎えた。もしそこで魔法にかかってしまっていたら、もし昔、心を寄せていた誰かと再会していたら――そんな想像は際限なく広がっていく。
私は冗談めかして聞いた。
――成人式マジックとかってありました?――
心の中では必死に祈っていた。お願いだ、NOであってくれ。心の中の小さい私が叫んでいた。
――ないですよ~そんなの(笑)――
その一言に胸の緊張がふっと解けた。同時に小さな私は心の中で飛び跳ねて歓声を上げていた。もし「あった」と言われたら――きっと映画どころではなかっただろう。今だからこそ冷静に考えることができるが、その場でそんな答えを聞かされていたら、私は魂を抜かれたような抜け殻状態になっていただろう。