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広島アンデルセンの朝

 この一日で、広島のことをたくさん知ってもらおう――そう、私は心の奥底で密かに決めていた。それを叶えるべく、第一歩として選んだのが、広島発祥のパン屋、〝アンデルセン〟での朝食だった。


 広島アンデルセンは、1948年に広島市比治山本町で小さなパン屋「タカキのパン」として創業をし、〝パンを通じて食卓に幸せを〟という創業当時の思いを守りながら、今も愛され続けているパン屋である。


 それぞれが好きなパンを選び、カフェスペースに腰を下ろす。何を食べたのか、正直、はっきりとは覚えていない。けれど一つだけ確かに覚えてるのは、母から教えてもらっていた

――ポロポロこぼれるパイ生地系のはデートには不向きよ。――これを忠実に守り、食べやすいものを選んだのだ。


 会話は途切れることがなかった。先ほど訪れた仏舎利塔の感想を交わしたり、これからの行程を話したり、そしてお互いの地元の話。やがて、話題は家族の思い出話に移り、彼の表情が少し柔らかくなった。幼い頃の旅行の話、母親の得意料理の話、父親との家での出来事の話など…。暖かい空気が、テーブルの上をふわりと漂っていた。だが、その時、突然彼の口から思いがけない言葉が零れ落ちた。

 

――父親が不倫したんだ。――


私は息を呑んだ。不倫――その二文字は、私にとってはドラマや小説の中での遠い出来事でしかなかった。それが、現実で、しかも目の前の人の家族の話として差し出されたことに、頭の中が追い付かなかった。さらに驚いたのは、まるで天気の話でもするかのように淡々と語る彼の声色だった。

頭の中では、いくつもの疑問が波のように押し寄せた。


――そのように平然と話せるものなのか――

――ほぼ初対面と変わらない私に、そこまで踏み込んだ話をしていいのか――

――そもそもご両親は、このことを外に話されるのに抵抗はないのか――


それでも私は、表情を変えずに、そっと相槌を打った。

「…大変だったんですね」

それが精一杯の返答だった。

この時、私の中には、ある感情が芽生え始めていた。


――彼はこの手の話に何の抵抗もないのではないか。――

――もしかして、こういうことを〝普通〟として感じているのではないか。――


そんな不安の芽が、胸の奥で密かに根を張った。だが、その場で深く追求することはせず、私は話題を静かに閉じた。頭の中では渦巻く思考が消えぬまま、外側の私は笑顔を保ち、次の話題へと舵を切った。それは、あくまでも〝広島を案内する一日〟を続けるための、私なりの防衛策だった。

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