第一の約束
約束の日はお正月の三が日――1月3日。年賀状も落ち着き、街がようやくお正月らしい静けさを帯びたころだった。
京都から始発で来るという彼。ずいぶん張り切ってくれているのだなと私の胸は高鳴ると同時に一つの問題が発生した。私の住んでいる所からでは、始発のバスに乗っても広島駅には間に合わない。頭の中で2つの選択肢が交互に点滅する。1つは、時間を遅らせてもらうこと。もう1つは、母に送ってもらうという〝最終切符〟を切ること。
私の頭の中ではもう答えは決まっていた。少しでも長く、そしてゆっくりと彼と過ごしたい。あの光に包まれたクリスマスイブの夜の続きが、もう一度、場所は違えど、訪れるかもしれない。――そんな予感が、私を押し出していた。
待ち合わせは広島駅の新幹線改札前。東京駅のように複雑な構造ではなく、出口は1つだけ。迷いようのない場所に立ちながらも、私は目をきょろきょろと動かしていた。
2023年の広島駅は改装工事の真っ最中で、新しい市内電車の発車場所やバスターミナルが姿を現しつつあった。時代の流れと共に変わりゆく駅の景色は、私たちの関係の移ろいとも不思議と重なり、いつか懐かしむ日が来るのだろうと漠然と思った。
私は昔から人を見つけるのが異様に早い。むしろ習性と言ってもいいかもしれない。普段から無意識に視線をきょろきょろさせているせいか、この日も彼の姿をすぐに見つけた。しかし、自分から声をかけるのはなんだか気恥ずかしくて、あえてボケーとしているふりをしたいた。すると、スマホが震えた。
――〝どこいます?〟――
そのメッセージを見て、顔を上げた瞬間、お互いの視線がぶつかる。こうして、二人の一日が始まった。
最初の目的地は仏舎利塔。広島駅の北側、小高い山の上に立つ銀色の塔は、原爆犠牲者の冥福を祈ると共に、戦争のない世界と人類の恒久平和を願って建立されたものである。
私は以前、家族で登ったことがあったため、なんとなくの経路は覚えていた。しかし、〝当日迷うと困る〟という謎の完璧主義が働き、実は前日に経路を再確認までしていた。もちろん彼はこの事実を知らない。この物語を読んだときに、もし自分のことだと気付けば、そこで初めて知ることになるだろう。
二人で軽い登山を始め、もうすぐで頂上という所で問題発生。道が二手に分かれているのだ。
「どっちが頂上への道だったけ…」
私の〝詰めが甘い〟というのはこのことを言うのだろう。おまけに山道ゆえにスマホは圏外。迷っていても仕方がない。私は勢いで口にした。
――こっちで行きましょう!わかんないけど…。――
今思えば、あの思い切り具合は我ながら呆れるほどだが、その時は不思議な自信があった。すると彼が笑いながら言った。
――そういう、勢いある感じ好きですよ。――
おそらく深い意味はなかったのだろう。ただその一言が、私の脳内で何度も反響し、
――好き?え、どういう意味?そもそも意味あるの?――と、妙に浮足立った。
そんな脳内お花畑の状態で進んだ道の先、ふと前方が明るく開けた。
――あ、なんか明るい!――
その瞬間、正解だと分かった。
天気も良かったため、山頂からは広島市街、瀬戸内海、宮島、マツダスタジアムまでもが一望でき、冬の空気は冴え冴えと澄んでいた。街全体が静かに呼吸しているように見えた。そして私の中の呼吸もゆっくりと整っていった。