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卒業まであと半年を切った。皆んな順調に就職先を決めているが、私は今だに決められずにいた。
「サムは国境警備の仕事に就くんだっけ?」
「そう!王城直属の仕事ではあるんだけど、お城の警護は断っちゃった。性に合ってないしね」
「なるほどね〜」
彼女は成績優秀、実力も申し分ないので王城で働く条件を楽々クリアしているのだが、お城の中でジッとしているのは彼女の性格では我慢できない様だ。街中の警備も含めた仕事が出来る国境警備をする事に決めたらしい。
「私はどうしようかな〜」
騎士になると言う漠然とした目標はあったものの、どこで働きたいかまで考えていなかった。そろそろ決めないとあの家に帰らなければいけなくなるかもしれない。それだけは嫌だ。
授業開始前の鐘が鳴る。次の授業が始まるので違う棟まで移動しなければいけない。私たちは早足で廊下を歩いた。
「決闘だ!!!」
男の声が響いた。
「お坊ちゃんが騎士候補生に勝てると思ってるのか!?上等だ!」
何やら不穏なセリフが聞こえてくる。
「あら〜まずいね」
サマンサが足を止め、廊下の先の中庭に続く開けた場所を見た。
「またあっちといざこざ?」
サマンサの目線を追いながら問う。広場には騎士候補生の制服を着た学生と、隣の学校の学生が向かい合っているのが見えた。
騎士学校の横には普通のご令嬢ご令息が通う学校が併設されている。学校を建設した人が同じ人なので同じ場所に2つ学校があるのだが、隣の学校から騎士志望で転校してくる生徒も少なくなかった。
だが騎士学校には一般の生徒も多いので、普段生活していれば関わることはない。恋愛絡みでも無ければ。
「君より僕の方が彼女を愛してる!!」
「騎士候補生が彼女と付き合うのなんて無理に決まっているだろう!」
今回もやはり恋愛絡みらしい。1年に何回かこう言うことがあるので、生徒たちはすっかり慣れて野次馬と化している。
「とばっちり食わない様に通り過ぎよ〜」
そそくさとその場をやり過ごそうと走り始めたが、私は視界の隅に嫌なものを見てしまった。
普通校の学生が剣を構えているのだ。
騎士学校に入ってまず言われるのは、緊急時でも無ければ一般人に剣を構えてはならない、という事だ。だが普通校ではそんな基本的な事さえ習わないらしい。彼は明らかに丸腰な騎士学生に剣を構え斬りかかろうとしている。
恋は盲目、と言うがこれは行きすぎている。
私は持っていた教科書を放り出し、気付けば駆け出していた。
普通校の学生が下から剣を振り上げた。騎士学生は剣の扱いに慣れているので問題は無いだろう。
だが周りには野次馬が居るのだ。
騎士学生が足で蹴った剣が宙に舞う。彼らが話題に出していた"彼女"なのかは分からないが、2人に近づきすぎているご令嬢がオロオロと立ち尽くしていた。剣はクルクルと回転しながら彼女へと向かっている。
ーーーバン!!
背中に衝撃を感じた。目の前には私と一緒に倒れ込んだご令嬢の可愛い顔が。
「っと〜間に合った。大丈夫ですか?立てます?」
「あ.....は、はい」
先に立ち上がり彼女の手を取り立ち上がらせる。せっかくの綺麗なドレスが汚れてしまっている。私は放心している彼女の代わりにドレスの埃を払った。
「あの、あなたお名前は?」
「イヴリン・スウェイルです。すみません覆い被さってしまって。お怪我は無いですか?」
「ええ、大丈夫よ」
笑顔で問うと、可愛い顔をキリリと引き締めご令嬢が背筋を伸ばした。先ほども思ったが、何て可愛い人だろう。明るい茶色の髪の毛をまっすぐと伸ばし、背筋を伸ばしている姿は威厳も感じるが、目が大きく小さい口が可愛い印象を強めている。リスみたいだ。
「イヴ!」
サマンサがこちらへ駆けてきた。
「背中!保健室行こう」
背中?サマンサに言われて背中に触れると指先に少しだけ血が付いていた。
「いっっった〜いててて、すみません私はこれで失礼しますね」
先ほどの剣で背中を少し切っていた様だ。今更すぎる演技で私はサマンサと保健室へ向かった。
「あ!ちょっと......」
ご令嬢が去っていくイヴに声をかけたが、心配する生徒に一気に囲まれてしまいその声がイヴに届くことはなかった。
「あれ、あの2人は?」
保健室に向かう廊下でサマンサに尋ねる。喧嘩していたはずの2人の姿をそういえば見ていない。
「何か大人の人たちが連れてったよ。怖かった〜何だったんだろ」
「ふーん......?」
「と言うかそんなことより!あんた突っ走りすぎ!!心臓止まるかと思った......」
「ごめんごめん、嫌な予感したから」
笑いながら応えるとサマンサは私の肩をバシっと叩いた。痛くは無いので良いのだが、怪我人を叩くのはやめてほしい。
*****
「イヴ、手紙来てるよ」
「ん、ありがと〜」
サマンサが共同ポストから持ってきたであろう手紙を私に手渡す。
「イヴに手紙って珍しいね」
「ね〜、誰からだろ」
私に手紙が来るのは1年に1回あれば多い方だ。その数回も父からの業務連絡のような手紙だ。学費は奨学金を借りているので自分で働いて返せ、と言う様な内容だった。
「ねぇサマンサこれ、なーんか見た事ある紋章じゃない?」
手紙を綴じている封蝋をサマンサに向ける。手紙の材質も普段触る物より数段上質なものの様な気がする。
「え、それ王族の紋章じゃん......」
「うわ〜やっぱり?」
赤い蝋封の紋章は勇猛なライオンとライラックの花が型取られている。
何か悪いことをしてしまったのだろうか、私は過去の出来事を走馬灯の様に思い出してみたが特に思い当たることはない。
「ひぃーー開けるのこわぁ〜」
「そう言うのは早く片付けた方が良いよ」
「だよね......」
私は覚悟を決めエイヤ!と手紙を勢いよく開いた。中身は紙一枚だ。美しいしなやかな文字が目に入る。
「えっと〜、なになに、いきなりのお手紙で申し訳ありません......あなたを近衛騎士として雇いたい!?」
「えっ!王族から直接!?」
サマンサが驚いていると言うことはこんなこと滅多に無いのだろう。いきなり就職問題が解決してしまったようだ。
「でも何で私に直接?」
「差出人誰になってる?」
サマンサが私の手元を覗き込む。
「「アシア・ルシー・モロウ」」
2人の声が重なった。モロウ。この国の王族の苗字だ。
「アシアって?」
「呼び捨てしちゃダメだよ!王女様の名前なんだから」
王女様。そう言われて頭に浮かんだのは、先日助けたご令嬢だった。大怪我をしかけたにも関わらず、凛と立っていたのが忘れられない。だがあの子とはもう関わる事もないだろう。
しかしいきなり王城勤めとは。
「え、これってもし断ったらさ……」
「不敬罪、なんて事にはならないだろうけど、心象は悪くなるわね」
サマンサが真面目な顔で答える。
「それって実質“詰み”なんじゃ……」
「無事就職先が見つかったわね。おめでとう」
手をおざなりにパチパチと鳴らすサマンサの頬にはご愁傷様と書いてある
薄情者、冷血漢、とブツブツ呟きはしたが、王城で働けるのは騎士の誇りだ。少しばかり荷が重いが、精一杯働こう。