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 春になると新しい授業が追加された。学校を卒業して騎士にならない者も居るが、そのまま騎士になる生徒たちは卒業したら即現地で働く事になる。即戦力になるようにとの学校の意向だ。学校の雰囲気も心なしか緊張した空気を感じる事が増えてきた様に感じた。


 「新しい授業だけどさ、師団長が訓練つけてくれるらしいよ」


 訓練場に向かう準備をしながらサマンサが何気なく言う。


 「え!師団長が自分で?凄いね」


 「卒業してすぐ使い物にならないと困るからね〜」


 「なるほど......」


いったい師団長とはどんな人なのかとサマンサに尋ねた所、優しい人だよ、と言った後に言葉を濁した。


 「え、実は怖い人とか?」


 「いや、師団長は優しいんだけど、ただもう1人がね......」


 「もう1人?」


 「見たら分かるよ」


 会話を続ける気はない様で、私は微妙な顔をしたサマンサと共に訓練場に走った。


 授業開始の時間より早めに訓練場に向かったが、そこにはもう既に殆どの生徒が揃っていた。皆んな新しい授業に緊張しているのだろう。ソワソワと剣の手入れをしているが上の空の生徒が多い。


 「あ、あの人だよ師団長」


 サマンサは少し離れた訓練場の真ん中を指し示した。確かに騎士服を着ている男2人が立っている。


 「大きい.......ね?」


 1人は普通の身長なのだが、隣に立っている男は明らかに2メートル近くある様に見えた。


 「あの大きい人が師団長?」


 「いや、そっちは副師団長。隣の人が師団長」


 「へぇ〜」


 「集合!!」


 のんびり話していると先生から号令が掛かった。


 「今日から週1回戦闘訓練を担当して頂く、王宮騎士師団長と副師団長だ!」


 「え〜師団長のウィルフリッドです。よろしく」


 「副師団長のヨルグだ」


 師団長は茶髪を短く整え、優しげな目元のお兄さんという感じだ。しかし隣の男は......。


 「何の獣人......?」


 思わず声に出ていた。ヨルグと名乗った騎士は身長が師団長のウィルフリッドより30センチほど高いだろうか。見上げていると首が痛くなりそうだ。そしてその顔は何もかもを滅ぼすほど苛烈な目つき、ボサボサの髪の毛、下顎からは牙が伸びている。


 「オークの血が入ってるらしいよ」


 「へえ〜」


 サマンサが小声で教えてくれる。


 「おいそこ!!」


 サマンサの肩がビクリと震えた。まずい。先生に小声で話していたのが聞かれてしまった。


 「授業中に私語とはけしからんが、ちょうどいい。前に出なさい」


 私の事を好いていないだろうトレディン先生に呼び出される。私は別に良いが、サマンサを巻き込んでしまったのは申し訳ない。


 「「はい!」」


 学んだ通り腹から声を出し、師団長達の前へ駆け足で向かった。


 「2人で手合わせをして、それを見てもらい師団長と副師団長からこのクラスの実力を判断してもらう」


 クラスの実力を見るのなら私たちだけで手合わせする必要は無いのではと思ったが、先生の機嫌をまた損ねるのは得策では無い。


 ウィルフリッド師団長は楽しそうな顔をしているが、ヨルグ副師団長は相変わらず眉間に皺を寄せてこちらを見ている。


 「「はい!」」


 また元気よく返事をし、私達は帯同していた剣を抜いた。2年の始まりに木刀から鉄の剣を使う訓練に変わってはいたが、これも真剣ではない。強く当たれば骨折はするだろうが刃を削り出していない模造刀だ。


 私は手に馴染んだ重さを確かめる様に剣を腰の高さへ構えた。向かい合うサマンサもこちらを力強く見つめている。


 「では始め!!」


ーーーーカン!!!ガキンッ!!!


 鉄と鉄がぶつかり合う音が訓練場に響く。2人を囲む生徒たちがその度に囃し立てるような声をあげた。その後も何度か剣がぶつかり合い、やがて音が止んだ。


 「そこまで!」


 先生が私たちの方へ手を伸ばし試合を静止する。私の首元にはサマンサが持つ剣が突きつけられていた。剣は遠くに飛ばされているし、私は尻餅をついている。完敗だ。


 「うん、良いね。どう思うヨルグ?」


 「......」


2人が話しているのが聞こえるが、今は息を整えるのに忙しい。サマンサも相当疲れた様で、どうにか立っているが激しく肩で息をしている。


 私も立ちあがろうとしたが、脚が言う事を聞かない。片膝を着いてから右足を出そうとした途端ふらりと体勢が傾いた。


 まずい。


 倒れる、と思い受け身を取るために手を出したが、私の体はいつの間にか宙に浮いていた。


 理解が追いつかず声も出ない。


 「おい、ヨルグ」


 ヨルグ副師団長は私の右手首をガシリと掴み、片手でぷらぷらと私を持ち上げている。なんて腕力なんだ。


 「あーー、えっと......ありがとうございます?」


 ヘラリと笑ってお礼を言うと、彼は私をゆっくりと地面に降ろした。腕を掴まれた痛みは感じなかったが、肩が外れなくて良かった......。


 「お前膝の調子が悪いのか?」


 彼が低く響く声で私に問う。


 「いえ?特に怪我はしてないですけど」


 唐突に聞かれて驚いたが、最近大きい怪我をした記憶はない。正直に答えた。


 「怪我じゃないとすれば......成長痛か」


 「そう言えばイヴ入学してからめっちゃ身長伸びたよね」


 静観していたサマンサが納得した様に言う。


 「え、さっきの試合見ただけで分かったんですか!?」


 騎士学校に入学してから毎日腹一杯にご飯を食べ、良く寝て良く運動した私は気付けば身長が170に迫ろうかと言うほどの成長を遂げていた。体がその成長に追いつけず悲鳴をあげていても不思議ではない。


 私でさえ気づいていなかった膝の不調を見るだけで言い当てたのか。


 「......すっご〜」


尊敬の眼差しでヨルグを見ると、彼は気まずそうに目を逸らした。


 「成長期に運動のしすぎは逆に毒だ。休養も忘れるな」


 気まずそうにしながらも小さい声でアドバイスをくれる。


 サマンサは副師団長について言葉を濁していたが、普通に優しい人ではないか。


 「ありがとうございます!やっぱ王宮の騎士って凄いんですね〜!かっこよ〜」


 「あ、軽くで良いので手合わせってお願いしても良いですか?膝痛くなったら無理せず止めるんで!」


 滅多に無い機会だ。本物の騎士に手合わせ願いたい。他の生徒もきっと2人に相手を頼みたくて仕方ないだろう、と思ったのだが周りの生徒はマジか、と言わんばかりの顔をしている。


 「......別に良いが」


 ヨルグは少し間を空けてから答えた。何だか一瞬驚いた様に目を見開いたような気がしたが、見間違いだろうか。


 「やったー!!よろしくお願いしまーす」


 私と副師団長が手合わせの準備をしていると、ウィルフリッドと先生は他の生徒に稽古をつける為に少し離れた所へ移動し始めた。生徒達は私たちの手合わせが気になる様でこちらをチラチラと気にしている。


 「怪我をしても恨むなよ」

 

 ヨルグがギロリと私を睨みつけた。目つきが鋭いな、とは思うが不思議と恐ろしさは感じない。


 「りょーかいです!」


 望むところだ、と意気込んだは良いが決着はあっという間だった。騎士として働いたことがない学生と副師団長の試合だ。当たり前と言えばそうなのだが。


 「ぎゃーーー強すぎる!くやしーー!!」


 私は地面に転がって笑顔を浮かべていた。ここまで完璧に負けると逆に清々しい。


 「立てるか」


 ヨルグが私に手を伸ばす。鍛え込まれている手だ。私は有り難く手を借り立ち上がった。


 「ありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げる。

 

 「お前、名前は」


 少し休憩してから他の生徒と稽古しよう、と服の土を払っているとヨルグから声をかけてきた。そう言えば名乗るのを忘れていた。


 「イヴリン・スウェイルです!名乗るのが遅くなりましたね、すみません」


 テヘ、と申し訳なさそうに名乗る。


 「スウェイル。もっと相手の動きを予測して動け」


 「はーい!了解です!」


 「あともっと食べろ」


 「えっ、これでも食べてる方なんですけどね」


 自分の体を見下ろし腹をさする。家を出た時に比べたらかなり肉と筋肉が付いた。心配していた身長だって信じられないほど伸びたのだ。


 ただ学校のご飯は味気ないものが多いのも事実だ。バリーの料理が恋しい。


 「バリーさんのご飯食べたいな......」


無意識に声に出ていたようで、ヨルグがこちらをじろりと見る。


 「......バリー?お前もしかしてバリーに剣を習ったのか」


 「え!お知り合いなんですか?えー、世間って狭いですねぇ」


 やはりバリーは元騎士だったようだ。バリーについてや、彼の料理がいかに素晴らしいかを話していたらウィルフリッドがヨルグを呼んだ。少し長話をしすぎてしまったようだ。


 「じゃあまた来週お願いします〜」


 笑顔でヨルグに手を振る。手を振替してくれる事は無かったが、微かに頷いたように見えた。彼が私の近くを離れた瞬間にサマンサがこちらへ走り寄ってくる。


 「ちょっとイヴ!副師団長と何話してたの!?」


 「あーなんかね、知り合いが副師団長の知り合いだった」


 笑いながら告げるがサマンサは信じられない、という顔をして私を見つめている。


 「副師団長に手合わせ申し出た時もビックリしたけど、あの人とあんな長話しするとは......」


呆れているのか感心しているのか分からないがサマンサは額に手を当ててハーッと息を吐いている。


 「え、なんか問題だった?」


 一体彼女が何にため息を吐いているのか分からなくて問う。


 「いや、私はイヴを尊敬するよ、あの人を怖がらない人が居るとは」


 「怖がる.....?普通に優しい人だったけどねぇ」


 そう言った私にサマンサはまたため息を吐いたのだった。


呆れたような、感心した様な顔でため息を吐くのだった。

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