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 屋敷には誰も居ない。私は足早に廊下を急ぎ、食堂へと向かった。


 「お嬢様?朝ごはんをご用意しますか?」


 急ぎ足で入って来た私がお腹を空かせていると思ったのだろう、コックはびっくりしつつもあらかじめ用意していたであろうバスケットを取りに厨房へ引っ込もうとした。


 「あ、違うの。その、頼みたいことがあって」


 そう言ってからはたと気付いた。私はこのコックの名前を知らない。ここに来てからもう数ヶ月経っているはずなのに、なぜそんな事も知らないのだろうか。


 また全てのものがカーテンの向こうに行ってしまう様な感覚に陥り、思考をハッキリさせようと頭をブンブンと振った。


 「お嬢様?」


 体調が悪いのかと心配したコックが私にバスケットを渡そうとする。


 「あ、ごめんなさい。朝食、が欲しいのはそうなんだけど、少し頼まれて欲しい事があって......」


朝食は断ろうとしたが、バスケットからとても良い匂いがたちのぼっている。これを断るのはコックにも悪いだろう。と、自分を納得させてバスケットを受け取る。


 「頼み事ですか?珍しいですね」


 「あの、その前に、あなたの......名前を聞いてない事に今更気付いたんだけど......」


とても失礼な事を言っている事は分かっているので、言葉はどんどん尻すぼみになっていく。


 「あぁ!あなたが目覚めてから名乗っていませんでしたね、失礼しました」


 名乗らなかった自分が悪かったのだ、とコックは逆に申し訳なさそうに笑った。


 「私の名前はバリーです」


 「そう、バリーね」


 名前を聞けた事にホッとしたのも束の間、本題から逸れていた事に気付いた。


 「あ、それで頼み事なんだけど」


 他の人に聞かれて母と妹に話が漏れてはまずい。私たちは普段人の出入りが少ない裏口へ場所を移し、本題を話し始めた。


 「それで、頼み事と言うのは?」


 小声で話すバリーに、先ほど見つけたロケットを見せる。


 「これなんだけど、そっくりな物を探して来て欲しいの」


「ロケットですか......」


私の手の上にロケットをしげしげと眺め、バリーはうんと1つ頷いた。


 「私の知り合いに装飾品を扱っているやつが居ます。そいつに頼んでみましょう」


 何に使うのか、何をするつもりなのかを聞く事なくバリーは二つ返事で了承した。私の方が拍子抜けだ。


 「え、良いの?」


 「これとそっくりなのを用意すれば良いんですよね?いつまでですか?」


 まるで料理の食材を頼まれた時のような気軽さで、どう返せば良いのかこっちが戸惑ってしまう。


 「あ、ええと、私がこの家を出るまでたから、そんなに急ぎではないんだけど」


 「お嬢様はいつここを出られるんですか?」


 「15になったら騎士学校に行くつもり」


 「き、騎士学校ですか!?」


 しー!と大声を出すバリーを嗜める。使用人たちは皆んな優しいが、どこから話が漏れるか分からないのだ。私は周りに誰も居ないか再度目を配った。


 「す、すいません、初耳だったので」


 「言ってなかったからね、決めたのも最近だし」


 心配そうな顔をするバリーの肩を安心させる為にポンポンと叩く。


 「ここにずっと居ても何にもならないから、それに私騎士になるのが夢だったの」


 夢だった、と言うのは誇張表現だが、何も教育を受けていない私が行けるのは騎士学校ぐらいだろう。暇な時間が多いので家にある本を読んではいたが、今から普通の授業について行ける気もしない。それに昨日の母と妹の会話を聞いてからずっと考えていた。


 この体は痛みを感じない。運動をして気付いたが、反射神経も悪く無い。この体は騎士に向いているのではないか。


 「お嬢様が決めたのなら、私は応援しますよ」


 「ありがとう、バリー......」


 バリーが泣きそうな顔でぶんぶんと頭を横に振る。本当にこの人は主人に似ていない。心配になるほどお人好しだ。


 今私が持っているロケットと全く同じ物を用意するのはきっと骨が折れるだろう。きっとこの礼は必ず、と言った私にバリーは気にするなと言い放った。でも、と渋る私を横目にいつの間にか持って来ていたペンと紙でロケットのスケッチを手早く描き、懐に仕舞っている。料理人は手先が器用なのだな、と変な所に感心してしまった。


 「これは私がお嬢様の事を助けたくてやっているんです。気にしないでください」


 いたずらを企んでいる様な顔でバリーは私にウインクをした。


 その優しさが同情だとしても、今は味方がいる事が心強い。


 バリーと別れた後、ロケットを元の場所に戻し私もいつも通りの生活に戻った。


 その後数日妹の朝の支度を手伝ったが、彼女は何も気付いていない様だった。


 

******


「お嬢様、こちらを」


 バリーから小箱を受け取ったのは、彼に頼み事をした数ヶ月後だった。予想していたより随分と早い。


 「ありがとう」


 もうエイミーも両親も家を出て周りに他の使用人も居ないので声を顰める必要もないのだが、無意識に私とバリーは小声でやり取りをした。


 違法な物をやり取りしている密売人の様だ、とどこか他人事でそう思う。


 「さて、始めますか」


 2人でこそこそと話していた裏口から中庭に歩き出しつつ、バリーが意気揚々と腕を捲る。彼は今いつもの料理服を脱ぎ、動きやすい格好をしていた。


 「お手柔らかに」


 私は苦笑いで返す。2人とも木刀を持つと途端に真剣な表情で向き合い、周りの空気が張り詰めた物に変わった。


 私が騎士になりたい、と告げた日からバリーは私に剣の稽古をつけてくれている。その腕前は相当な物のようで、使用人たちからもお墨付きだ。


 料理も出来て、剣も扱えるって......彼は何者なのだろうか。


 思考が飛びかけた所に鋭い一振りが飛んできて、危うく顔面に木刀を喰らう所だった。


「お嬢様、集中してください」


 木刀を持つ彼は普段の温厚な態度はどこへやら、本物の騎士の様な顔つきで私に木刀を突きつけている。


 彼が居て良かった。もし私1人だったら何も出来ず何も知らず、この家を出ていかなければいけなかっただろう。


 私はバリーに感謝しつつ、彼に習った剣技を頭の中で復習しつつ稽古に没頭した。



******




 ロケットが届いたのなら後は簡単だ。


 私は妹の部屋に忍び込み、引き出しを探る。ロケットはあの日と同じ様に他のアクセサリーと一緒に無造作に放置されていた。誰もこんな物を盗むはずは無いと思っているのだろう。


 ロケットを壊さない様に慎重に持ち上げ、とりあえず鏡台に置く。先ほどバリーから貰った小箱を開けると、正に引き出しから取り出したロケットとそっくりなロケットが入っている。


 全く同じ物を用意するのは相当な労力を要しただろう。私が騎士になって自分でお金を稼げる様になったら必ずお礼をしよう。


 そう心に誓いながら、私は偽物の方のロケットにあらかじめ用意していた自分の毛髪を入れる。


 エイミーの気分が変わって今すぐにでもロケットを壊すかもしれない。その時に私の髪の毛が入っていないと怪しまれると思ったのだ。


 何事もなくロケットをすり替え、本物の方を自分の部屋へと運ぶ。誰も私の部屋には来ないのでどこへ置いても見つかる心配はないが、一応鍵が付いている引き出しに仕舞う事にした。


 その日の夜、珍しく妹から家族揃って夕食を食べようと言われ、私は何日かぶりに腹いっぱいになるまで食べた。


 食事の途中、妹が私の料理をわざと床に落とし、食べろと一言。これがやりたくて私を夕食に誘ったのか。


 その日の料理もバリーが腕を振るって作った物だ。私は3秒ルール!と床から肉を拾いすかさず口に詰め込んだ。側に控えていたバリーから泣きそうな顔で見つめられたが、不思議と惨めな気持ちにはならなかった。


 夕食が終わり、皆それぞれの部屋に戻っていく。だけど私は自室に戻らず父の部屋を訪ねていた。


 「何の用だ」


 父は机の上の書類から目を離さずに、扉の前に立つ私に冷たく告げた。


 「いきなりすみせん。私がこの家を出る時の話なのですが」


 家を出る、と聞いた瞬間書類を読んでいた父は動きをピタリと止めた。


 「どこかへ嫁ぐのなら手配しよう。まぁ引き取り手など居ないだろうがな」

 

 実の娘に対する態度では無い。だが私は父の言葉に傷付くでも無く、これからの事について話し始めた。


 「生憎、私にそのような相手は居ません。それに、私には教養も足りませんのでぜひ騎士学校に通わせて頂きたいのです。もちろん卒業したらどこかで働くつもりです」


 「......好きにしろ」

 

 「ありがとうございます。15になれば騎士学校に入学出来ますので、お手数ですが手続きなどお願いいたします」


 まるで業務連絡の様なやり取りをし深く頭を下げると、父は早く部屋を出ろと言う様に手を一振りした。使用人たちから最低限の礼儀を習っていて良かった。父の機嫌を損ねる事なく会話を終了することが出来た様だ。


 父の部屋の扉を閉め、私はフゥと小さく息を吐いた。もしかしたら無理やりどこかに嫁がされる可能性もあったことに今更気づいたのだ。


 だが父が了承してくれたのなら後は入学まで準備しつつ待てば良いだけ。


 父の部屋へ向かう時より軽やかな足取りで私は自室へと戻った。




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