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 それからの生活は、元の生活に比べればそれほど苦しい物では無かった。


 後妻の母と妹が揃って嫌味を言ってくる事はあったが、骨が折れるほど殴ってくるわけでも無い。


 父も私が笑いさえしなければ私を視界に入れもしなかった。日々妹の朝の支度を手伝い、家族が留守にしている屋敷で過ごす。元の生活に比べれば、天国の様な物だ。


 今日も妹の支度を手伝い終わり、両親もどこかへ出かけて行った。手持ち無沙汰な私は中庭のベンチで1人ボーッと花を眺めていた。


 ここが夢の中では無いと認識はしていたが今だに現実味がない。全ての出来事を布越しに見ているような、不思議な感覚だ。


 だが家族から酷い虐待を受けている訳では無いし、何より五体満足だ。私は今、恐らく生まれたばかりの頃以来の心の平穏を感じている。


 「さてと」


 少しボーッとし過ぎたのに気づき、私は走り始めるために準備体操を開始した。私はここが夢では無いと気づいた日から毎日体を動かして筋力を上げていた。


 中庭を走り回り、部屋で筋トレをする。体を動かせるのがこんなにも楽しいとは。


 私が最初に目覚めた時、この体は餓死寸前かと思うほどガリガリだった。


 きっと母たちが嫌がらせのつもりでご飯を与えなかったのだろう。そしてこの体に限界が来て倒れてしまったと言うわけだ。


 今でもたまに食事を抜かれるのでそれは容易に想像できた。


 だが母達も私が死んだら体裁が悪いのだろう。今は餓死しない程度に食事を食べさせてもらえている。


 「お嬢様」


  小走りに中庭を抜けようとした時、穏やかな声に呼び止められた。あの日父を宥めていたコックだ。


 「これを」


 周りを気にするように小さい声でバスケットを私に手渡した。


 「ごめんなさい、ありがとうございます」


 私は薄く微笑み彼に感謝した。私だけ食事を貰えてない事をコックは酷く気にしていた。私が倒れたと聞いて罪悪感を覚え、今は頻繁に私に食べ物をくれるのだ。


 バレたらクビになる事は本人も分かっているはずだが、初めて食料をくれた日、彼は料理人として見ていられないと涙ながらに私にバスケットを握らせた。


 この屋敷の使用人たちは主人に似ず優しい人が多いらしい。今では私の体もほぼほぼ健康体だ。食事を抜かれているのに体がふくよかになっていてはあのコックが罰せられるのも時間の問題だろう。せっかく肥えて来たのにもったいないなあと思いながら、走ることも楽しいので積極的に脂肪を燃焼するために私は屋敷の周りを何周も走った。



 

********



 「お誕生日おめでとうございます」


 エイミーの支度を終え、何か食べ物を貰いに行こうとコックに会いに行くと、彼はいつも通りの穏やかな声で私を祝った。


 「誕生日……」


 誰の?と首を傾げた私にコックが悲しそうな顔をする。


 「あぁイヴリンお嬢様、そうでしたね、記憶が……」

 

 ここで私の名前が出るという事は今日は私の誕生日なのだろう。朝の支度をしていた時も、たまたま母と顔を合わせた時も誰も祝いの言葉をかけてはくれなかったので全く知らなかった。


 「あの、ありがとうございます…..それで、私って何歳ですか?」


 再びコックを泣かせそうになったのは大変申し訳ない。



*******


 


 どうやら私は今14歳らしい。自分の体を見下ろしても、どう見ても14歳の体では無い。高く見積もっても10歳程度にしか見えない。よほど栄養が足りなかったのだろう。今は良く食べ良く運動しているお陰で病的に痩せては見えないが、それでも普通の14歳より痩せて小さいことには変わりなかった。服も妹からのお下がりで事足りるほどだ。


 この先問題なく成長するだろうか。どこか俯瞰で自分の体の成長のことを心配していると、その思いに応えるように私の胃がクゥと鳴いた。


 今夜は母と妹の機嫌が悪く夕食にはありつけなかったのだ。いつものことではあるが、このままでは眠れそうに無い。"元の私"であればこのぐらいの空腹無視して寝ていたのに。手の届くところに食べるものがあると我慢が効かなくなって来ている。贅沢な話だ。


 母と妹に見つかるのが1番まずいので、私は靴を履くこともせず廊下を静かに進んでいた。


 食堂にたどり着く前に、妹の部屋の扉から微かに光が漏れているのを発見した。こんな時間に起きているとは珍しい。


 部屋に引き戻そうかとも思ったが、この時間に妹が廊下に出てくる事は無いだろう。元々あんなにビクビク過ごして居たのに、最近は日に日に行動が大胆になっていく。


 無事妹の部屋の扉を通り過ぎた時、少しだけ開かれた扉の隙間からヒソヒソと誰かが話す声が聞こえた。無視しようと思ったが、時折自分の名前が聞こえる気がする。


 通り過ぎた道を少しずつ戻り、扉の隙間から自分の姿が見つからない様に耳だけ澄ました。


 「もうすぐイヴリンも15歳よ、あれは壊してしまった方が......」


 「うーん、確かにあれから結局手を出すのはやめちゃったしねぇ〜」


 どうやら話しているのは母と妹のようだ。少し焦った様な母の声と、のんびり返す妹の声。


 壊す?何の話をしているのだろう。


 「痛みを感じなくなるって言うから好き放題できると思ったけど、先に栄養失調で倒れるし」


 つまらない、とエイミーは拗ねている。


 「エイミーは見てなかったかもしれないけど、あの人が叩いた後もちっとも痛そうにしてなかったわ。逆に気味が悪いわね」


 「このままお姉ちゃんが化け物みたいになるのも見てみたい気もするけど、バレたら厄介だもんね〜。お姉ちゃんが家を出たら壊しちゃおうか」


 「そうね」


 聞き慣れた鏡台の引き出しを閉める音が聞こえ、誰かが扉の方に歩いてくる。


 つい聞き入ってしまっていた私は焦って廊下を引き返し、すんでの所で角を曲がった。


 荒くなる息を整えながら、私はそのまま自分の部屋へ戻った。さっきの会話を脳内で何度も反芻している内に空腹の事はすっかり忘れてしまい、いつのまにか眠りについていた。



*******



今日もいつも通りにエイミーの朝の支度を手伝い、彼女はお礼もせずに去っていく。


 いつもならすぐに自分の部屋に戻る所だが、昨日の会話がずっと頭に残って離れない。


 確か鏡台の引き出しに何かを仕舞っていたはずだ。


 私は妹がいないのを良い事に、勝手に鏡台の引き出しを漁り始めた。私の鏡台には化粧品など入っていないが、彼女の引き出しは1人では使いきれないほどの化粧品が文字通り山の様に入っていた。


 何を仕舞ったのか分からないのに探すのは無謀だったか...。半ば諦めかけた時、周りの鮮やかな化粧品やアクセサリーとは明らかに雰囲気が違うものが目に入った。


 「ロケット?」


 鈍い金色のロケットだ。使い古されているのか、単に古いのか元々金色に輝いていただろうロケットは陽を鈍く反射して禍々しい見た目をしている。だが形は普通のロケットだ。楕円形で少しぷっくりとしていて、中に写真や小さいものなら納められる様に設計してある。


 恐らくこれだ。私は恐る恐るロケットを鏡台の上に下ろし、両手で楕円の部分を開いてみる。


 「うわ......」


中身を落とさない様に慎重に開いたそれには、稲穂の様にパサパサの毛髪が陽を受けて光っていた。


 これは、私の髪の毛?


 私は昨日聞いた会話を反芻していた。


 ーー痛みを感じなくなるって聞いたから

 

 痛みを感じない?そしてこのロケットが何か関係している?


 私はこの世界で目覚め頬をつねった時と、父に思い切り叩かれた時のことを思い出した。ショックを感じはしたが、確かに痛みは1つも感じなかった。


 夢の中だからだと思い込んでいたが、今はこれが夢では無いと知っている。


 それなら何故痛みを感じなかったのか?


 その答えが目の前にあった。

 

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