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「そちらの警備を少しこちらに回して頂いても良いですか?」


 「そうするとこちらの警備が手薄に...」


数週間事に第二王女のご子息のお披露目会がある。かなり大々的な催しなので私たち騎士も打ち合わせの回数が多くなっていた。師団長や副師団長も揃っている。


 「いざとなれば身を挺してお守りすれば良い」


 話の流れで先輩騎士が言う。


 「ダメですよ。自分の命を軽んじてたら誰も守れません」


 自分で口にして驚いた。前までなら、誰かを守るために自分の命ぐらいどうなっても良いと思っていたような気がする。


 今は守りたい物が出来た。


 学生の時に先生が言っていた事が今になって身に染みている。誰かを守るために、自分は強く生きるのだ。



*****



 「ありがとう、サーディン」


 私は久しぶりに乗った馬の鼻面を優しく撫でた。私とヨルグさんの休みが合ったので、2人でまた遠乗りに来ている。


 前来た時より気温は下がっていたが、今日も快晴で湖がキラキラと光っていた。


 「また連れてきてくれてありがとうございます」


 横で同じようにノワールを撫でていたヨルグさんに声をかけた。だが彼から反応は無い。


 「副師団長?」


 「......何であれから名前で呼ばないんだ」


 「え......もしかして、ずっと気にしてました?」


 彼は私の顔を見ない。肯定の意味だろう。 私に名前で呼ばれたくて拗ねている様子が少し可愛いと思ってしまう。


 前の私は何も気にせず彼のことを名前で呼べていたが、魔道具が砕かれたタイミングで気まずくなって呼ぶのをやめてしまった。


 「あの......ヨルグ、さん...?」


 「ん?」


 少し照れながら呼ぶと、彼はこちらを振り向き柔らかく微笑んだ。そんな顔をされると何度も呼びたくなってしまう。


 「私の事も名前で呼んでくれますか?」


 この先ずっとスウェイルと呼ばれるのも嫌だな、と提案してみたが、ヨルグさんは渋い顔をしていた。


 「ダメ...ですかね」


 多くを求めすぎたか、と苦笑すると彼は私の方へ歩み寄ってきた。


 「違う。嫌なわけじゃ無い。ただその...呼び方を迷っただけだ」


「何でも良いですよ?イヴリンでも、イヴでも」


 「......イヴと呼んでも良いか?」


 「はいっ」


 名前を呼ばれた瞬間、自分でも驚くほどの嬉しさで胸が震えた。今なら彼の気持ちが少し分かる。好きな人に名前を呼ばれることの幸福さが。



私たちは馬を木に繋ぎ、湖畔でゆっくりする事にした。大きめの布を持ってきていたので地面に敷き、その上に隣り合って座る。


 2人きりになるのは執務室で以来なので、緊張して体が硬くなってしまう。


 「イヴ」

 

 呼ばれて横を向くと、ヨルグさんが私に手を差し出していた。私はゆっくりとその手を取り優しく握る。彼はそれに呼応するようにギュッと握り返してきた。少し冷えていた指先があっという間に暖かくなる。


 そのまま湖を眺めようとした瞬間、腕がグッと引かれ気づけば私はヨルグさんの腕の中に居た。


 「わっ...よ、ヨルグさん?」


 「イヴ、俺を......俺を好きになってくれてありがとう」


 ヨルグさんが私の肩に顔を埋めた。髪の毛がくすぐったい。


 「どうしたんです?弱気になっちゃったんですか?」

 

  そう茶化すが、彼からの反応は無い。心配になり彼の顔を両手で優しく上げさせた。


 悲しげな顔をする彼の目から一粒涙が零れた。


 「私の方が感謝したいぐらいなんですよ。こんな私を好きになってくれるなんて」


 彼の涙を優しく親指で拭う。彼が過去に何を経験したのか私は知らない。これから彼が望めば私が知る機会もあるだろう。だが今はただ彼を沢山甘やかしたかった。


 「...俺の好きな人を卑下するな。怒るぞ」


 ヨルグさんが少し笑い、ホッとしたのも束の間、彼が私の頬にキスをした。


 「なっ......」


 咄嗟のことに言葉が出ない。顔に血が昇り熱くなるのを感じる。こんな事で赤くなっているのが恥ずかしい。


 やり返してやる、と私はニヤニヤしているヨルグさんの口にキスをした。キバが当たるかと思ったが意外に大丈夫だ。


 驚いた様子のヨルグさんは私の肩を掴み、身動き出来ないように固定しつつ更に私に唇を重ねてきた。


 彼の唇の柔らかさに夢中になる。それは彼も同じようで、徐々にキスが深くなってきた。


 「んっ....」


 唇を割って舌が私の舌と絡みつく。快感がうなじから腰へ伝わっていき鳥肌が立った。無意識に涙が目尻から流れる。慣れていないので息をするのがやっとだ。


 ハァハァと息を吐きながらキスを終え彼の顔を見上げると、余裕そうな表情で私の顔を見つめている。


 「もう一回やるか?」


 揶揄うように問われて、私はまた顔が熱くなるのを感じた。今度は彼の大きい手が優しく私の涙を拭う。


 「も、もう良いです!......私ばっかり緊張してて恥ずかしい......」

 

最後の方は独り言だ。しかし彼には聞こえていたようで、また私の腕を取りしっかりと抱きしめた。


 「俺も緊張してる」

 

 抱きしめられ、彼の心臓の鼓動がハッキリと聞こえた。それは確かに通常より幾分か早く、彼も私と同じように緊張しているのが良く分かった。


「ふ、ふふっ」


 私が可笑しくなり笑い始めると、私を抱きしめているヨルグさんも一緒に笑い始めた。低く響く声が心地いい。


 この幸せがいつまで続くかは分からない。だが出来るだけ長くて続いて欲しいと願う。この夢のような幸せが。


 私は彼に気づかれないように頬をつねった。

終了です。ありがとうございました!

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