20
どうやら俺はアシア様に騙された様だ。
スウェイルに連れられて、庭園のベンチに2人で座る。何を言われるのか怖くて彼女の目が見れない。
だが彼女の言葉は予想もしていなかった事だった。
俺の事が好き?
信じられなくて、何度も俺の事を怖がっていたはずだ、と彼女の気持ちを否定してしまった。それにクレイグ様の事は?
彼女が泣き出し、俺は焦った。悲しませたい訳じゃない。ただ自分が好かれている事が信じられなかったのだ。
だが泣きながら怒る彼女を見て、信じるしかなくなった。
スウェイルが俺を好き。その事実が、ジワジワと全身に広がる。今まで冷えて固まっていた体に一気に血液が循環した様に熱を持っていた。
彼女が泣き止んだら抱きしめても良いだろうか。次から次へと溢れる涙を拭ってやりたい。
また彼女が自分の横に腰掛けるのを待っていたが、今着ている執事服を返さなければいけない、と言う。
「あの、王城で会った時気まずいかと思いますが、挨拶だけでもしてくれたら嬉しいです」
続けて放たれた言葉に俺は思考が追いつかなかった。彼女は小走りで走っていってしまい、俺は庭園に1人残された。
*****
その日も1日の仕事を終え、私は他部署の騎士たちと談話室で談笑していた。私は基本アシア様の担当なので、他の仕事の話を聞けるのはとても興味深い。
他の事からも気が紛らわせるし、一石二鳥だった。
ーーーーバァン!!!
勢いよく談話室の扉が開かれた。
「ひっ......」
身動きが取れないもの、臨戦体制に入るもの、呆気に取られるもので部屋の中の空気は凍っていた。
「ふ、副師団長!」
誰かの一声で全員が立ち上がり姿勢を正す。見るからに機嫌が悪い様で、騎士たちの顔面は真っ青だ。誰かが怒られるのか、はたまた全員か。
「スウェイルを借りるぞ」
「......はい?」
仕事の事で何かあったのだろうか、私が呆けていると、彼が私の足元にしゃがみこんだ。
「ヨルグふくしだ、うぉっ!」
ヨルグさんは私の腰をガシッと掴み肩に担ぎ上げた。視界には彼の背中越しの床しか見えない。彼はズンズンと歩き始め、後ろの方で談話室の扉が閉まる音が聞こえた。
「うぐっ、えっ、ちょっ、と......」
揺れるので喋ると舌を噛みそうだ。お腹が圧迫されて喋るのが難しい。デジャブだ。
「少し我慢しろ」
そう言われて、私は大人しく黙る事にした。
ーーードサ!
柔らかい物の上に下ろされた。覚えのある柔らかさ、彼の執務室のソファだ。
やっと圧迫感から解放され息をつく。
「な、何なんですかっ」
怖い!と自分の体を抱きしめた。
「俺の事は怖く無いんじゃなかったのか?」
ソファの前に立つヨルグさんに不機嫌そうに尋ねられる。
「いきなり2メートルの高さに持ち上げられて運ばれたら誰でもビビりますよ......」
誰が持ち上げたかではなく持ち上げられた事実に驚いているのだ。
「それは......すまない」
素直に謝られ、すっかり毒気が抜かれてしまった。
彼は腰に手をつき、ハーッと息を吐いた。そのままボスンと私の横に腰を下ろす。
私は思わず彼と反対側へ少し移動した。
「なぜ離れる」
「な、何でって言われても」
上司という事は抜きにしても、告白した人とこんなに近くに居ること自体気まずい。
「俺の事が好きなんだろ?」
圧をかけて言われる。私はなぜ脅されているんだろう?嫌がらせだろうか?
「そ、そうですけど......」
「俺に触れたいと...そう思うか?」
「えっ......」
今まで彼に触れた事はあるが、アクシデントや必要性に迫られてが殆どだった。
彼に、私から触れても良いのだろうか。
「良いん...ですか?......」
つい熱のこもった目で彼を見てしまう。恐る恐る左手を伸ばし、彼の手をゆっくりと上から握った。
カサカサしていて、私の手より遥かに大きい。骨張っているが筋肉がしっかり付いていて、剣を握る人の手だと分かる。
好きな人の体に触れている事実に、体の表面がゾクゾクと粟立つ。胸の奥が甘いもので満たされていく。
無言でそれを見ていたヨルグさんが、親指で私の手をスリ、と摩った。
「ひゃっ!」
夢中になっていた私は驚き手を引っ込める。
「なぜ逃げる」
「なっ、何でって、もう勘弁してください......何で私をいじめるんですかぁ......心臓保たないです......」
彼が何をしたいのか全く分からない。好きな人に触れて心臓がバクバク鳴っているのに、彼に弄ばれている様で目に涙が浮かぶ。
「す、すまん、違うんだ」
彼が焦った様に少し身を屈めた。何かにイライラしているようで、髪の毛をグシャリと掴んでハーッと息を吐いている。
「俺の事をそんな風に好いてくれる人が初めてなんだ......」
彼が私の目を真っ直ぐに見つめた。瞳に私が映っているのが見える。
「......俺の事を初対面から怖がらなかったのも...お前が初めてで......」
普段寡黙な彼が一生懸命言葉を紡いでいるのが分かる。
「スウェイル...俺もお前が好きだ。たぶん、出会った時から」
その言葉を聞いた瞬間、私の目から涙が零れた。
「う、嘘だぁ......」
「俺も泣きながら怒ったら信じてくれるか?」
彼がニヤリと口角を上げ、意地悪げに私を見た。
「やめてください」
少し怒った様に笑いながら彼の肩を軽く叩くと、彼もクックッと楽しそうに笑った。
*****
彼女を自分の執務室に運んで、もとい連れて来たは良いが、彼女にどう自分の気持ちを伝えたら良いのか分からなかった。
怯える彼女に正論を言われ、少し冷静になる。
落ち着いて話をしようと彼女の横に腰を下ろすが、距離を取られてしまった。
そんな反応にはもう慣れている筈なのに、彼女が怯えた様に俺から離れていく様子に傷ついている自分がいた。
つい、先日告白されたのが夢では無かったか確認したくなる。
「俺に触れたいと...そう思うか?」
俺が彼女の事を想っている感情と彼女が抱いている感情は同じ物なのか確認したかった。普通の人なら俺に触れる事さえ避けるのが常だ。
「えっ......」
案の定、彼女は困惑したように固まってしまった。彼女が言う好きは、どうやら俺の想っているものとは違ったようだ、と胸がギュッと掴まれたように苦しくなり俺は彼女から目を逸らした。
「良いん...ですか?......」
そんな俺の予想は裏切られ、彼女の手が恐る恐る俺の方に伸びてくる。彼女の、柔らかくも騎士然とした手が俺の手に重なった。彼女が触れている所が熱をもつ。
俺は動く事が出来ず、彼女の手から顔へゆっくりと視線を移した。彼女の愛しい物を見る視線が俺に注がれ、体の奥が熱くなる。
もっと彼女に触れたくて、手を軽く撫でると彼女は素早く手を引き逃げてしまった。
「なぜ逃げる」
もっと触れていたかったのに。不満でつい愚痴ってしまった。
「なっ、何でって、もう勘弁してください......何で私をいじめるんですかぁ......心臓保たないです......」
体をギュッと縮めた彼女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。俺の事が嫌で離れたのでは無い。
目に涙を溜めている事に気がつき、俺は何をしてるんだと自分に苛立つ。
言葉にするのは苦手だが、彼女も俺に伝えてくれたのだ。俺もハッキリと言わなければ。
出会った時から好きだと伝えると、彼女は俺の言葉が信じられないようだった。
もし今彼女が信じてくれなくても、信じてくれるまで何度でも伝えるだけだ。
「俺も泣きながら怒ったら信じてくれるか?」
少し茶化してそう問うと、彼女は苦笑しながら俺の肩を叩いた。俺の気持ちは伝わったようだ。
誰かに気安く肩を叩かれるなど、初めての事だった。




