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 母と名乗る人が言うには、私の名前はイヴリン・スウェイル。この家は下位貴族の父と母が持つ小さな屋敷。父と母は再婚で、父の連れ子だった私の後に2人の間に娘が生まれたらしい。


 説明されている最中も、言葉は頭に入ってくるのに全く理解が出来ない。


 放心状態の私を母と名乗る人は放っておく事に決めたらしく、さっさと部屋から出ていってしまった。


 1人になった私はやっと自分が居る部屋を眺めてみた。先ほどの女性が着ていた服と同じ様に、全体的に中世の装いだ。私が座っているベッドは天蓋も無く簡素なものだが、木が重厚で、文机や椅子も同じ材質で揃えられている。


 部屋の外を眺めて見たくてベッドから降りたが、なんだが自分の手足が細くて頼りない。


 あれ、私の右足が動いている。


違和感を覚えつつ、フラフラと窓の方へ近づき外を眺めた。


 この部屋は2階か3階にあるらしく、眺めがいい。外には数キロ先に大きい川があり、高い壁に囲まれた街が広がっている。さらに奥は広大な低い山。さらに奥には微かにだが海の様なものが見えた。


 本来ならこの景色に感動して胸を振るわせていただろう。涙を流していてもおかしく無い景色だった。なのに何故か1ミリも心を動かされない。


 私は自分でも不思議で、頬をつねってみる事にした。ベタだが夢かどうかを見極めるいい方法だと思う。


 「いた......くない。なーんだ、夢か」


 やっぱりな、と私はまたベッドに戻り背中から倒れ込んだ。


 思い切り頬をつねったのに痛くも痒くも無い。それはそうだ。動くはずのない右足が問題なく動いている。その時点でここは夢の中だと確定だ。


 私は背中に感じるベッドの柔らかさに誘われ目を閉じた。


ーーードンドン!!


 扉を叩かれる音でガバリと身を起こす。少し眠ってしまっていたらしい。窓からの陽が弱くなっている。


 父が酔っ払って帰って来たのだろうか。また蹴られる前に出来るだけ部屋の端に縮こまりたい。


 焦って部屋を見回し隠れる場所を探すが、すぐにここが元の部屋ではない事を思い出した。


 夢の中で眠れば現実で目覚める事が多いのだが、今回はそれが適応されないらしい。


ーーードンドン!


 また扉が強く叩かれる。ベッドからモタモタと降り、扉を開くと目の前には母と名乗る人が不機嫌そうに立っていた。


「立ち上がる元気があるなら自分で歩いて食卓まで行きなさい」


「身なりを整えるのを忘れるんじゃないわよ」


 今日死にかけた人に掛ける言葉とは思えないセリフを投げかけ、用は済んだと彼女は踵を返し廊下の向こうに消えていってしまった。


「ご飯......」


自分の腹をさすると何とも薄っぺらい。胃が空なのを体も今思い出したようで、腹をさする度にグウグウと大きい音が鳴った。


 身なりを調えろと言われたが、どうすれば良いのか分からない。とりあえず部屋を見回すと、小さいクローゼットの様なものが目に入った。何か着るものが入っているはずと思い開けてみると、先ほどの母のドレスとは似ても似つかない地味な色の服が吊り下げられている。


 夢の中ならもっと派手でも良いだろうに。


 何を着ても同じ様な気がして、手近にあったくすんだ茶色のドレスとワンピースの中間の様な服を手に取った。こう言う服は着た事が無い。


 四苦八苦しながらも何とか服を着替え、必要無いかと思ったが髪の毛も整える事にした。


 ベッドの足元の壁に鏡台がある。昔は塗装もしっかりしていて素敵だったのだろう。今は所々ささくれ立っていてボロボロだ。


 少し高い椅子に腰掛け、私は鏡に映る自分を見た。


「......誰?」


 短く切られたススキの様な金髪、そばかすが散っている顔は隈が目立ち、明らかに栄養不足だ。私が首を傾げればその子も首を傾げる。


 夢の中では自分の顔も変わったっけ?


 今まで見た夢を思い返しながら腕を組んで考え込んでいたが、ここが夢なら考えていたって仕方がない。


 私は顔に汚れがない事を確認し、髪の毛を本当に気持ち程度整えて部屋を出た。

 

 部屋を出たは良いが、そもそも食卓がどこか分からない。


 適当に歩いていると、他の部屋の扉より一回り大きい扉を見つけた。そこから料理の良い匂いが漏れ出ている。思わずよだれが垂れそうになり慌てて口を引き締めた。


 扉をソロソロと開けると、両親と妹と思われる3人はもう既に食事を始めていた。


 いじわるな夢だ。


 誰も自分を待っていてくれない事に少し不満を覚えながら、私は1つだけ空いていた椅子に座った。


「遅れてすみません......」


 家族に敬語は変かと思ったが、私にしたら初対面だ。いつもの癖で大人たちの顔色を伺うが、2人ともこちらをチラリと見て一言も発しない。


 嫌な夢だな、と思ったが目の前の料理が食べられるなら別に構わない。現実に戻ったらきっと部屋には何も無い。夢の中でぐらいお腹いっぱい美味しいものを食べたい。


「いただきます」

 

 私は手を合わせ、料理を次から次へと口に運んだ。どれも信じられないくらい美味しい。お世辞でも何でも無く人生で1番美味しい。


 あぁ、夢から覚めたく無い。


 私は今現実に戻るのが怖くて、夢中で料理を口に詰め込んだ。


 食べる事に集中していた私は、両親と妹が私をポカンと見つめているのに気が付かなかった。


ありがとうございました!

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