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「申し訳ないです、ウィルフリッド師団長」
ソファに座りつつ、対面に座る師団長に頭を下げる。
「別に良いよ〜、2人がどうなるのか俺も気になるしねぇ」
優しい笑顔だが言っている事は中々良い性格をしている。
「今日はあいつ帰ってくるの遅いかもよ〜?そもそも帰ってくるか分からないけど」
「わかってます。でも待たせてください」
昨日はヨルグさんが王城に居ないのは分かっていたので、次の日に彼を執務室で待ち伏せることに決めた。どうしても誤解を解いておきたかったのだ。
ウィルフリッド師団長も彼に用事があったようで、紅茶を飲みながら書類を眺めつつ私と一緒にヨルグさんを待っている。
「スウェイルはさ、ヨルグの事大人だなーって思う?」
「大人?ですか?......うーん、しっかりしてるな、とは思いますけど、可愛いところもあると思いますよ」
彼がたまに大型犬のように見えるのは黙っていた方が良いか。
「クックック...良いねぇ甘酸っぱいね〜」
師団長がクスクスと肩を揺らす。甘酸っぱい要素があったか?私は良く分からず首を傾げた。
「ヨルグは若くして副師団長まで上り詰めたからね〜、プレッシャーで大人っぽく振る舞わざるを得なかったんだよ。でも君には素で喋れてるのかな?」
「うーん、どうなんでしょう。私にはわかりません」
「若くしてって、そういえば副師団長って何歳なんですか?」
「えーっとねぇ、君の3つ上」
「えっっっ......」
衝撃で言葉が詰まってしまった。私の想像ではもう少し上だと思っていたのだ。
「私の3つ上で副師団長......凄すぎる」
「あっはっはっ、年齢聞いてまず出る感想がそれ?」
ウィルフリッド師団長はさらに笑いを大きくして愉快そうだ。
「な、何かおかしかったですか?」
「いやいや、良いと思うよ。うんうん」
何か納得したように頷いている。
「そう、ですか......?」
一体何が愉快なのかは分からなかったが、機嫌がいいのなら別に良いか、と私はウィルフリッド師団長が入れてくれた紅茶を啜った。
「眠いなら寝てて良いよ。12時には起こしてあげるから」
明日も仕事があるので12時がタイムリミットだろう。私は師団長のお言葉に甘えソファに横になった。瞼が降りてくるのに1分も掛からなかった。
*****
スウェイルとの遠乗りは終始複雑な気持ちだった。なぜ彼女は俺と遠乗りをしたかったのだろう。俺に怯えたかと思えば、今度は一緒に馬に乗りたいと言う。訳が分からない。
スウェイルは馬が好きな様で、俺のノワルド号とサーディン号を撫でる彼女はとても穏やかな顔をしていた。
彼女がクレイグ様のことを好きなことを無理やり頭の隅に押しやり、俺はこの時間を大切にしようと気持ちを切り替えることにした。
もうこんな機会二度と無いかもしれない。
彼女が馬から降りる時、落ちやしないかとハラハラしすぐに手を貸したかったが、もしまた怖がられたら。そう思うと体が石の様に固まってしまった。
だが彼女が倒れそうになると無意識に彼女へと手が伸びる。しまった、と思ったが彼女はそんな俺に笑顔を向けた。陽の光で髪の毛がキラキラと輝き、本当に幸せそうに笑うのだ。
だが俺の顔を見た彼女はビクッと体を離してしまった。
怖がられているのは分かってはいたが、距離を取る彼女を抱き寄せたくて胸が苦しい。
気を紛らわせる様に、なぜ俺と遠乗りに来たのか尋ねた。何か本当の理由があるのではないか。
だが彼女の答えは、ただ俺と約束したからだ、と。
約束を果たすためだけに来たのだろうか。真意が見えずに戸惑う。あなたはどうなんだと、来たくなかったのかと問われると、答えに迷ってしまった。正直に2人で来られて嬉しいと伝えてしまえば彼女を困らせてしまいそうで。
俺の曖昧な答えを聞いたスウェイルはすぐに王城へと引き返そうと馬に乗った。意気消沈し王城へ戻ると偶々居たクレイグ様がスウェイルに話しかける。
アシア様の婚約者だと分かってはいるが、スウェイルに気安く話す所を見ると胸がモヤモヤした感情に支配された。
「うるさい。黙って」
「なんだよ、俺はお邪魔虫かー?偶には俺と仲良くしろよ〜」
普段俺に見せない表情でクレイグ様と離しているのも、彼がスウェイルと肩を組んでいるのも気に食わない。
俺はいつの間にかクレイグ様を睨んでしまっていたようで、目が合ったクレイグ様はビクッと怯えてすぐに去ってしまった。
「お前があの人を好いているのは構わないが、アシア様の婚約者なんだぞ。気をつけろ」
彼が去ってもイライラは収まらず、スウェイルに強い言葉を投げつけた。これではただ八つ当たりする子供の様ではないか。
王城へと戻ればまたスウェイルと顔を合わせることになる。俺は恥ずかしさとイライラを隠すように街へと向けて歩き出した。
次の日、俺は王城の廊下を恐る恐る歩いていた。明日から使う資料を執務室に置いたままなのを思い出したのだ。もう深夜近いので廊下を歩いている人は少ない。
ーーーガチャ
執務室の扉をいつも通り開けると、中には笑顔のウィルフリッドが。
「なんでいる」
「しー、起きちゃうよ。あ、起こさなきゃか」
ウィルフリッドが目線を対面のソファへと促す。
「......何でまたいるんだ」
ソファにはいつかと同じ様にスウェイルが横たわってスースーと寝息を立てている。
「わざわざ寝に来たのか?」
起こさない様に小声で愚痴る。もう俺に用など無い筈だろう。
「さっきまで頑張って起きてたんだけどねぇ、あまりにも眠そうだったから俺が目覚まし時計の役割を担ったってわけ」
楽しそうにウィルフリッドが説明する。
「さっきまでって、何時間待ってたんだ......?」
「うーーんと、ざっと5時間は居るかな?」
「ごっ.....!?」
つい大きい声が出そうになり慌てて声を押し殺した。
「何かヨルグに伝えたいことがあるみたいだよ?」
ウィルフリッドは軽く言うが、目は真剣そのものだ。
「......何だ、伝えたいことって」
「それは本人に聞きなよ〜」
ウィルフリッドはやれやれと肩を竦める。教えてくれる気は全く無い様だ。ギロリと睨むが効果はない。
「じゃあ俺はお暇しようかな。書類届けに来ただけだし」
ウィルフリッドがスウェイルと一緒に待っている必要など無かった筈だが、何のために残っていたのだろう。
「じゃあね、仲良くしなよ〜。おやすみ」
小声でそう告げウィルフリッドは執務室を静かに出て行った。
「仲良くったって......」
言うだけなら簡単だ。俺はソファで眠るスウェイルを見つめ髪をぐしゃりと掻き上げた。
「......おい。起きろ」
驚かしたくはないので静かに起こす。
「ん......」
鼻にかかる声が耳に入り、俺は片手で目を覆った。脳が熱を持ちそうになるのをこめかみを揉み気を紛らわす。
「スウェイル」
少し声を大きくすると、彼女の目がパチリと開いた。
「ヨルグさ、副師団長!」
彼女がピョンと身を起こす。
「あの、また勝手にお待ちしてもうしわけありません、それであの、お話したい事が」
焦る彼女は矢継ぎ早に話し始める。彼女が俺に何を言いたいのか、先を聞くのが怖かった。
「今日はもう遅い。またにしてくれ」
「ま、またっていつですか?」
彼女の言葉を遮り、問題を先延ばしにする。
「予定が空いたら知らせる」
「ぜ、絶対ですからね!」
必死に言い募る彼女を俺は無理やり部屋から追い出した。