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 彼女がクレイグ様の名前を寝言で口にした時、俺は過去の嫌な記憶を思い出して居た。


 もう名前も忘れたが、いつか無理やり連れられて行ったパーティーで1人のご令嬢が俺に声を掛けた。その女性は俺の事を怖がる様子を見せず終始明るく話しかけてくれたのだ。


 俺の事をまっすぐ見てくれる人は珍しかった。だから気を許したのだが、数日後彼女が発した言葉をハッキリ覚えている。


 「ねぇヨルグ様。私をウィルフリッド様に紹介してくださらない?」


 俺は言葉を失った。俺は利用されていたのだ。ウィルフリッドと繋がるためだけに。後日聞いたのだが、彼女は俺と話す為に少しハイになる薬を服用していたらしい。それから少し女性が苦手になったのは確かだ。


 俺は嫌な記憶を無理やり押し込み。彼女を起こそうと声を掛けた。


 「スウェイル、スウェイル?」


 声をかけるが彼女は寝ぼけているのか、むにゃむにゃと何やら喋っている。


  「んー、あれ......ヨルグさん、目線合わせててえらいですねぇ......」


 フニャリと笑いながら何故か褒められてしまった。きっと夢の中であの訓練をしていたのだろう。気楽に話していたあの時が懐かしい。ぼーっとそんなことを思っていると、彼女はすぐに覚醒したようでガバリと体を起こした。


  「......っよ...ルグ副師団長!」


 いつも呼ばれ慣れているはずの敬称に心臓がキュッと小さくなる。呪いが解けた彼女はもう俺を名前で呼んでくれることも無いのか。


 その後彼女は俺に用事があると告げた。


 粗方予想はついていた。今回もあの時の女性と同じなのだろう。スウェイルがクレイグ様の事を好いているのは知っていた。俺にその仲介をして欲しいのだ。俺の権力ならアシア様とクレイグ様の婚約を解消出来ると踏んだのか。そんな訳がないのに。


 俺は彼女が言う前に、その用事とやらを拒否した。何が楽しくて好きな女の恋路を応援してやらなければならないのだ。


 まだ彼女を好ましいと思っている自分にも腹が立つ。


 「私たちって仲間だったんですね!」


 彼女の返答の意味がよく分からない。冷たく返すと、怒っているのかと聞かれた。


 自分は怒っているのだろうか?ウィルフリッドを狙って近づいてきたあの女性には怒りと言うより気味悪さを感じたが、スウェイルの言う通り、俺は今怒っているようだ。なぜ俺はこんなにイライラしているのだろう。


 自問自答をしていると、彼女は倒れた日の事を詫び出した。


 彼女はあの日の事を全て覚えているのだろうか?


 もしかしたらあれは俺の勘違いで、彼女は俺のことを恐れてなどいないかも。一縷の望みを持って彼女に問いかけた。


  「......あの時の事は覚えているのか?」


 「はい。何となくですが。副師団長がアレを砕いた瞬間色んなものが雪崩のように流れ込んできたのは覚えてます」


 俺が知りたいのはその後の事だった。


 「その、も、申し訳ありません」


 彼女は泣きそうな顔で俯いて俺の方を見ようとしない。俺の伸ばした手を拒否し、怯えて震えていた事を彼女は覚えているのだ。


 やはり彼女の俺に対する気楽な態度は、あの魔道具の精神を抑制する効果のおかげだったのだ。


 もう彼女とは仕事以外で関わることも無くなるのだな、と俺は諦めに似た感情で彼女を見た。


 もう俺に用は無いだろう、と彼女を執務室から出るようにと促したが、彼女はまだ何か言いたげだ。


 彼女は約束を覚えているかと俺に問う。


 いつか話した乗馬の事だと彼女の言葉で漸く思い出した。


 思い出したが、なぜ俺に怯えているのに一緒に遠乗りに行きたがるんだ?頭の中がゴチャゴチャして訳が分からずため息を吐いてしまう。


  「あっ、あの、口約束なので、ご迷惑でしたら全然大丈夫ですので」


 彼女が焦って帰ろうとする。彼女の気持ちが全く分からなかったが、この機会を逃すともう彼女と話す事が出来なくなるような気がした。


 頭の中でスケジュールを素早く確認し、今度の土曜なら空いていると伝えるが彼女の反応が怖くて顔が見られなかった。


 我ながら情けない。


 だか予想に反して俺の返答を聞いたスウェイルは意気揚々と執務室を出て行った。

 

 本当に彼女が何を考えているのか分からない。



*****



約束の土曜日まで、まるで蜂蜜の中を過ごしているような感覚だった。いつまで経っても1日が終わらないのだ。ストーカーの件が片付いて平和な毎日が訪れた事も関係しているかもしれないが。


 金曜日の夜は緊張で良く眠れず、寝返りを何度も繰り返した。




 「おはようございます、ヨルグ副師団長」


 厩舎の前で待っていたヨルグさんに挨拶をする。彼はニ頭の馬の手綱を握っていた。一頭はヨルグさんが安心して乗られるぐらい大きい。隣の馬もそれなりに大きいのだが、相対的にとても小さく見えた。


 もう鞍の用意も全て済ませてくれているようだ。二頭の背中には騎士の紋章付きの鞍がしっかりと備えられていた。


 ヨルグさんは普段の騎士服では無く、動きやすい服を着ている。朝日を浴びて眩しく見えた。


 「あぁ、おはよう」


 「良い天気でよかったですね〜」


 今日は雲が少し浮かぶ晴天だ。遠乗りには打ってつけだろう。


 「馬の扱いが苦手なのか?」


 ヨルグさんが馬の鼻面を撫でながら私に問う。


 「苦手、と言うか単純に経験が少ないんです。実家にも老いた馬しか居なかったもので......」


実家の話題が少し気恥ずかしいが、若い馬を買う余裕も無かったのが事実だ。


 「苦手じゃないなら上達するのも時間の問題だ」


 元気づけてくれているのだろうか。少し嬉しくなってしまう。


 「まずは挨拶からだな」


 ヨルグさんが二頭を私の方へと歩かせる。


 「名前は何ですか?」


 「大きい方がノワルド号、こっちがサーディン号、どちらも雄だ」

 

 ノワルド号は黒毛で大きな体躯だが、動きがゆっくりで穏やかそうだ。サーディン号は鹿毛で私の事を興味深そうに見つめていた。


 「イヴリン・スウェイルです。よろしくお願いします」


 丁寧に名乗り、一頭ずつ手を差し出し匂いを嗅がせた。二頭とも嫌がる様子もなく、頭に触れるのを許可してくれた。


 「経験が少ない割には慣れてるな?」

 

 「実家の馬のお世話は何回かした事があるんです。学校でも授業で扱いましたしね」


 乗馬の経験が少ないだけで馬は好きだ。気難しいところもあるが、信頼を築いた主人の事は裏切らない。


 「今日はよろしくね、サーディン」


 彼が私に応えるようにブルルと鼻を鳴らした。


 

 「つま先を上げて、遠くを見ろ」


 隣で馬を易々と操作しながらヨルグさんが私にアドバイスを投げる。私は緊張で硬くなる体をどうにかリラックスさせようと深呼吸した。


 「そうだ。次は駆け足」


 彼はポンとノワルド号の腹を優しく蹴り、先に道を駆けていく。


 「よ、よし、行くよ」


 私も同じようにサーディン号の腹を優しく蹴る。彼はとても優秀だ。私の緊張が伝わっているはずなのにイライラする様子も見せずに指示に従ってくれている。


 静かに走り出したサーディン号はノワルド号と適度な距離を空けて走り続ける。


 「うわーーー......」


 左右に広がっていた木々を抜けると左側に大きな湖が広がっていた。陽を受けてキラキラと輝いていて少し目が痛い。だがそんなこと気にならないほどの絶景だった。


 「ここで少し休憩するか」


 先に馬から降りたヨルグさんがそう言い私を見る。が、脚が今の時点で震えている。


 無事に降りられるだろうか。


 恐る恐る右足を鐙から外し、ゆっくりと反対側へ体ごと降りる。よし、無事に右足は地面に着いた。と油断したのがいけなかった。左足を鐙から外した瞬間脚が震え体勢が崩れる。


 「おわっ!」


 顔から倒れる、と身構えた瞬間横から伸びてきた大きい手が私を支えた。


 「......大丈夫か」


 「っ......は〜〜、また骨折るかと思いました......ありがとうございます」


 ホッとしたやら照れ臭いやらで、笑いが込み上げてくる。だがヨルグさんを見上げるととても険しい顔をしていた。


 彼が私を支える手が熱い。


 「あっ、す、すみません」


 私は彼からパッと体を離した。意識した途端に恥ずかしくなってしまったのだ。離れた後も体が熱い。


 私から離れたヨルグさんは何故かぼーっとしている。


 「副師団長?」


 私の失態が気に障っただろうか。私の問いかけにハッとした彼は私に不思議な質問をした。


 「何で俺と来ようと思ったんだ?」


 湖を見ながら尋ねられる。彼の質問はいつも唐突だ。


 「な、何でって......約束、したじゃないですか。副師団長は来たくなかったですか?」


 恐る恐る問い返す。迷惑だったのだろうか。涙が出そうになり、慌てて瞬きを繰り返した。


 「いや、そんな事は無いが......」


言葉を濁すと言う事は、彼は乗り気では無かったのだろう。自分の我儘で彼を煩わせてしまったようだ。


 「すみません、良い経験になりました。帰りましょうか」

 

 来た時はキラキラと輝いていた景色が少し色褪せて見える。私とヨルグさんは帰り道会話を交わす事はなかった。

 

 

 「お、イヴちゃんだ」


 馬を厩舎に帰し終わり歩いていると、クレイグが声をかけてきた。アシア様に会いに来ていたのだろう。


 「副師団長とどこ行ってたんだ?ハッ、まさか......」


落ち込んでいる時に見るクレイグは体に良く無い。


 「うるさい、黙って」


 ついヨルグさんの前でクレイグと普段通りのやり取りをしてしまう。


 「なんだよ、俺はお邪魔虫かー?偶には俺と仲良くしろよ〜」


 ヨルグさんが見ているが、この男を叩いても良いだろうか。さすがに処罰されてしまうか。


 肩を組んでくるクレイグを殴っても良いかどうか逡巡していると、ヨルグさんがクレイグをギロリと睨みつけた。


 「おっと......用事を思い出した。じゃあな!」


 クレイグはまるで大型動物に睨まれたネズミの様にピューッと逃げてしまった。


 「ありがとうございます、ヨル......」


  「お前があの人を好いているのは構わないが、アシア様の婚約者なんだぞ。気をつけろ」


 ヨルグさんへのお礼が遮られる。


 「あっ、はい申しわけ......」


 ん?


 誰が誰を好きだって?


 「それじゃあな」


 ヨルグさんは大股で王城とは反対側の方へ去っていく。今日は騎士舎に泊まらないらしい。


 いやそれより先程の言葉は......?何度も頭の中で反芻してみるが意味がわからない。


 私がクレイグの事を好き?確かにクレイグの見た目は世間一般的に見ても良い方なのだろう。だが天地がひっくり返っても私がクレイグの事を好きになる事は無い。


 頭の中でグルグルと考え、ハッと意識が戻った時にはヨルグさんはもう既に王城を発った後だった。


 「嘘でしょ......」

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