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「今日は婚約者が来るから、門まで迎えに行ってくれる?」
アシア様が紅茶を飲みながら私に声をかける。
「婚約者の方ですか、お名前は?」
「会ったら分かるわよ」
彼女がイタズラを企んでいるような顔で私を見る。
私は頭の上にハテナを浮かべながら、言われるままに門へ向かった。
婚約者が来たのは正面のあまりにも大きい門では無く、関係者が出入りする小さめの門だ。それでも通っていた騎士学校の門ほどの大きさはある。
警備している騎士に用を告げて門を開けてもらう。既に馬車が到着していた様で、見るからに身分が高そうな男が降りて来た。黒髪を綺麗に整え、水色の瞳が怠そうにこちらに向けられる。
「ええーっと、アシア様の婚約者って......」
「お、久しぶりー」
見慣れた顔に言葉が出てこない。
「アシア様にまで手を出したの?追い返して良い?」
「おいおい、そんな事したらイヴちゃんがクビになるかもよー?クレイグ様を無下にしたわね!って」
ニヤニヤ顔が鼻につくが、彼が言っていることももっともだ。
「ヒューレット様、私が迎えるまで馬車から出ては......」
遅れて現れたのは2メートル近い身長のオーク。馬を置いて今門に着いたようだ。
「スウェイル......」
「え、ヨルグ副師団長!」
今日はなぜこうも見知った顔に出会うのだろうか。騎士学校に戻った様な錯覚さえ覚えてしまう。
「あれ、2人って知り合いなの?」
クレイグが意外そうな顔をした。彼の時には師団長たちの授業は無かったのだろうか。
「話は後にしましょう、アシア様が待ってますので」
ヨルグ副師団長と話したいのは山々だが、クレイグと長話するのも疲れるので騎士然とした態度で彼をアシア様の元へと案内した。
*****
「驚かせてごめんなさいね、2人が知り合いなのは知ってたのよ」
アシア様が口に手を当てクスクスと笑う。彼女の可愛いイタズラなら何でも許せてしまいそうだ。彼女の横には澄ました顔をしたクレイグが座って紅茶を飲んでいる。小指を立てているのを見ると何故か腹が立つ。
「別に構いませんよ。知った顔だったのは驚きましたが」
苦笑しつつ返す。驚いたのは本当に構わない。構わないのだが、アシア様の婚約者がクレイグ。なぜ彼女はこんな男を選んだのだろう。政略結婚の可能性も考えられたが、どう見ても2人は親密な様子だ。
クレイグには話を後で聞くとして、横に立っている副師団長にも事情を聞きたい。
「ヨルグ副師団長、何でクレイグと一緒に行動を?」
小声で問う。警護対象の2人は仲良く談笑しているので、会話の邪魔にならない様にしつつ私と副師団長は周囲を警戒している。
「ヒューレット公爵家付近で仕事をしていたんだが、王様直々に娘の警護をして欲しいと頼まれてな。クレイグ様が来るついでに一緒に来たんだ」
副師団長が直々に王女様の護衛をするとは。よほど娘の事が心配だったのだろうか?だが何故今更配置変えを?クレイグが公爵家の息子?
疑問は尽きなかったが私が聞いたところで何をするでも無いので関係ないか。私はそうなんですねー、と軽く流してしまった。
*****
「それで、何でクレイグがアシア様の婚約者なわけ?」
帰りのクレイグを捕まえて問い詰める。
「何でって、愛し合ってるからに決まってるでしょ〜」
と、ウインクをされて殴らなかった自分を褒めてあげたい。
「それをサムが聞いたら何て言うかな」
「い、いやいや冗談じゃくて、普通に好き同士なんだって。俺が女にだらしなかったのはアシーも知ってるし」
「ふーん。でもアシア様を泣かせたら確実にあんたを切るからね」
腰の剣に手をかけるとクレイグは両手を上げて降参のポーズをとった。
「大丈夫だって!好きな女は泣かせないのが俺の心情だから」
彼の言っていることが本心か探る様に睨みつけたが、嘘を言っている様には見えなかった。
「見張ってるからね」
私はクレイグの肩をドンと小突いた。遠目にヨルグが近づいて来たのが見えたので形だけクレイグに会釈しその場を離れる。公爵家の人間に一介の騎士がタメ口を使っているのがバレるのはあまりよろしくない。
すれ違うヨルグにも会釈をし、私は王女の元へと戻った。