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自分が読みたいものを書きました。

 "家"と聞くと何を思い浮かべるだろう。


 家族、温かいご飯、安心して眠れる場所。大体の人はそんなものを思い浮かべると思う。


 だが私にとって家は家では無かった。嵐や洪水が起きる危険地帯の様な物。毎日どうにか生き残るのに必死だった。


 父と母は若い頃に私を産んだ。稼ぎの少ない父と、子育てに疲弊した母。その鬱憤が私に向くのは必然だったのかもしれない。日々叩く蹴るは当たり前で、食事を作ってくれたのはもういつだったか分からない。私は怪我が治っても尚動かない右足を引きずり冷蔵庫を漁った。


 「あんたなんか産まなきゃ良かった!!!」


 何度目か分からないセリフを吐かれ、飲みかけの酒を浴びせられる。せっかく買ったものなのにもったいないなぁ、とボンヤリと思っていたのを覚えている。そのタイミングで帰ってきた父に蹴られたのが最後の記憶だ。


 意識が途切れる瞬間、とてもホッとした。やっと終われる。天国があるかどうかは分からないが、そんなのどうでも良い。痛みが無い世界へ行きたい。眠る瞬間の様なまどろみの中でそう思った。


 長い夢から覚めた様な、まだまだ寝ていたい怠さを感じながら私は目を覚ました。


 窓から差し込む夕陽が眩しくて何度も瞬きをする。


 「......てん、ごく?」


 小さく呟くと、ガタン!と音がした。


 「お、奥様!目を覚ましました!!」


 白い髭を蓄えたおじいさんが私の顔を覗き込む。驚きで目を点にしているのが少し怖い。


 おじいさんの指示で誰かがバタバタ走り出したのが聞こえる。


 おじいさんはまるで幽霊を見た様な顔をして私の顔を覗き込み、すぐに私の腕を取り脈を測り始めた。このおじいさんはお医者さんだったらしい。良く見たら白衣の様なものを着ている。


 「信じられない......」


 おじいさんは何やらブツブツ言いながらテキパキと作業を進めた。どうして天国に医者がいるのだろう?最初は皆んな手当を受けるものなのかな?

 

 呑気に考えていると、バタン!と扉を開けて豪華な身なりをした女の人が部屋に飛び込んできた。


 「目が覚めたの!?」


 女の人は医者に検査されている私と目を合わせるとホッと息を吐いた。


 彼女が近づいてくるのをぼーっと眺めていたが、この人、随分と古めかしい服を着ている。いや服そのものが古いわけでは無いのだが、どう見ても中世のドレスの様なものを着ているのだ。


 まだハッキリしない頭で色々考えてみるが、"天国だから"で全て説明が付いてしまうかもしれない。死んだ魂が全て天国に行くのなら、どの年代の人が居たっておかしくはない。


 「良かったわ、本当に良かった」


 ドレスの女性は私が起きた事に安堵しているようだが、ベッドから一定の距離を保って近づいてこようとしない。


 「先ほどは確かに心臓が止まったのを確認したんです。奇跡ですよ...」

 

まだ驚いている医者は、検査を一通り終わらせて道具を革の鞄に仕舞っていた。


 「あの......あなた達はいつぐらいに亡くなったんですか?」


 おじいさんが帰り支度を始めたことに焦り、私は2人に疑問を投げかけた。


 それを聞いた女性はバツの悪そうな顔をし、おじいさんはまた驚いた表情で動きを止めた。私は何か変なことを聞いてしまったのだろうか。


 「お嬢様......ご自分の名前は分かりますか?」


 私は名前を聞かれたことより、お嬢様と呼ばれたことの方が気になったが、反射で自分の名前を答えようと口を動かした。


 はずなのだが、声が出ない。頭の中では分かっているのに、自分の口は全く私の名前の発音など知らないと言う様に思う通りに動いてくれなかった。


 モタモタしているとおじいさんは得心がいったと言う様に女性にゆっくり話しかける。


「奥様、落ち着いて聞いてください。お嬢様は記憶を一時的に無くしてしまっているようです」


 女性が取り乱すと思ったのだろう。おじいさんは辛い事を告げる医者の顔をしていた。


 だが女性は数瞬考えるような仕草をした後に、あっさりと頷いた。


「そう、分かったわ」


 取り乱すどころか特段反応を示さない女性におじいさんは逆に狼狽えている。


「お、奥様......いつ記憶が戻るかも分からないのですよ?」


 念押しの様に言われた言葉にも、女性は当たり前の事を何で二度言ったのか?医者の方がおかしいと言う様にじっと睨んだ。


 「生きていれば良いのよ。あなたもご苦労様。もう良いわよ」


 女性はおじいさんにしっしと手を振った。女性の言ったセリフだけ聞けば慈愛の言葉に聞こえるが、この状況で使うべき言葉ではない事は私にも分かった。


 「そ、それでは......お大事に...」


おじいさんは私の方をチラチラと気にする様な仕草はしていたが、最終的にそそくさと部屋を去っていった。


 「はぁ、あなたが死んでしまったら何かとめんどくさくなる所だった」


 女性は本当にめんどくさそうにハーッと息を吐いた。今し方命を取り戻した人に向ける顔ではない。


 「あの、あなたは?......」


先ほど医者は記憶喪失だと言っていたが、私にはしっかりと記憶がある。ただ目の前の人に覚えがないだけで。


 「あぁ、記憶が無いんだったわね」


 「私はあなたの母よ」


 どうやらここは天国では無いらしい。

ありがとうございました!

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