第九話「旅立ち」
今日の朝はいつもと同じ時間に目が覚めた。
数日前に町で撮った妹との写真と共に木板の壁が視界に入る。
いつも通り外はとても静かで床が軋む音しか聞こえない。
部屋の隅に置いてあった鞄を持って部屋を出た。
一階には朝食の準備をしている母の姿があった。
「おはよう」
「おはよう」
いつも通り母から挨拶する。
玄関の隣にある物置部屋に置いてあった俺の服などが入った荷物を確認する。
まるで小学生の頃の修学旅行みたいだ。
朝食を食べ終えるとすぐに龍車が家の前に到着した。
いつもはまだ家の中にいる時間だったのでこれほど肌寒く新鮮な空気を吸うのは今日が初めてだ。
この村には龍は一体しかいない。
つまり今目の前にいる龍は二年前に妹を乗せた龍と同じなのだ。
ほとんど変わらない龍車の中をみると二年前の様子がありありと思い出す。
母とともに龍車で移動を開始した頃にはすでに近所の人たちは仕事を始めていた。
たまに、手を振ってくれる人がいると俺も手を振り返した。
隣の村に入ると二年前と同じように集落が見えてきた。
六年間生活してきた村を離れることになるということを実感し少し寂しくなる。
「大丈夫?」
少し緊張してしまっていたのかもしれない。
「うん」
この日の道中は本当に三十分もかかっていたのかわからなくなるほど短時間だったように感じられた。
本当にすぐに駅に着いてしまった。
改めて自分の荷物を確認する。
そのようなことをしているうちに汽車が駅に到着してしまった。
「気をつけてね…」
「うん」
「アリシアのこともよろしくね…」
「うん」
「いってらっしゃい」
汽車に乗り遅れないように小走りで向かう。
自分の荷物を置くスペースがあるのは一番後ろの車両だったのでもう駅に乗り込もうとした頃に振り返っても母の姿は見えなかった。
俺の中身は現在三十二歳ほどであるはずだが、家族と生活しているうちに俺は本当に正真正銘の六歳になってしまったようだ。
両親と別れることが寂しい。
でも、もう引き返せないし引き返さない。
前を向き続けるために汽車に乗る。
俺が荷物を荷物置き場に置き終え席に着いた頃に汽車は発車した。
段々と汽車が加速していき後ろの方に建物と共に消えていく母は俺のことをどのように見ていたのだろうか。
俺も母のことをどのように見ていたのだろうか。
この別れは何かを感動的にさせるのではなくただ寂しいだけのものになってしまった。
書き足す際に内容を多少変えるかもしれません