第四話「枷」
初めの頃、俺は異常な成長をしていると思われ、両親に気味悪がれでもしたら嫌なので、アリシアに成長速度を合わせようとしていた。
しかし、結局数ヶ月ほどで我慢できなくなってしまった。
良い機会を探していたら、近所の子供がまともに会話できるようになったと母親同士が話していたことを聞いて、二歳ぐらいから少しでもぎこちないようにしながらも会話できるようになったということにした。
やっとだ、、
そう、快感に満ちていた。
両親とのコミュニケーションを取れることにによって今まで疑問に思っていたことを解決できると考え、初めは喜んでいた。
後から知ったがその近所の子供は俺よりも一歳年上だった。
俺が話し始めるタイミングは少し早すぎたものの、次第に周りの同い年の子供たちも簡単な会話ができるようになった。
俺も過去に二回ほど近所の子供達と遊んだことがあるが、みんな円滑にコミュニケーションが取れるくらいに成長していた。
俺からしても友人はいたほうが良かったのでそのこと自体も喜ばしいことだった。
しかし、この頃から俺にはひとつ気がかりなことがあった。
妹のアリシアだけは一向に話せるようにならないのだ。
初めは両親もあまり気にせずに気長に対応していた。
むしろ、その方がアリシアに変な影響を与えずに済むという俺の考えを両親も賛成してくれた。
しかし、アリシアと俺の四歳の誕生日が近くなると初等学校の入学試験もそう遠くないというのにも関わらず、いまだに言葉一つ二つ程度しか話せないことに焦りを感じ始めた。
この村を含めて近くの村の子供がいる家庭に訊いても、ほぼ全ての家庭では四歳の段階では既に言葉を話すことはできていたらしい。
ただ、ヘレネスが住んでいる村で一人だけアリシアの症状に似た病気を知っているといいう人がいた。
「発達障害と言って、うちの息子の場合は少し落ち着きがないということしか症状はないのだけれど、町に診療しに行ったら発達障害の人たちの集いがあってそこで本人に障害について自己理解を深めるものがあったのだけれど…」
日本でも発達障害の人はいた。テレビでも詳しくやっていた番組もあったし、俺にとっても比較的身近な障害だった。
つまり、世の中に発達障害と診断された人がたくさんいるということになる。
だからこそ、俺はその障害の苦しさも良く知っているつもりだった。
「その時にアリシアちゃんと同じような症状の知的発達障害の人も何人かいたわ…」
彼女の息子は元々軽症だったこともあり、現在は家の農業の手伝いをしているほどスムーズに生活できているという。
後日、この村出身のあのセラテア先生が診療しに家に来た。
俺はその時が会うのは初めてだったのだけれど、先生の日程が空いていたのか、たまたまきてくれることになったらしい。
「これは発達障害の一種ですね」
「……」
やはり、といった反応だっただろうか。
俺がもっと早く気づいていれば何かが違っていたのかもしれない。
そもそも、俺が我慢できなくなったせいだ。
俺が一番早く気づくことのできる立場だったのに。
そう、自責の念に駆られていた。
「まだ子供ですので生活療法で本人にこの障害を認識させるのが良いでしょう。」
あのおばさんも同じようなことを言ってたな
「私が経営している日常生活の動作、学習や社会生活技能などの発達を促す認知や学習面におけるサポートをしてくれる施設が町にあります」
あのおばさんが話していた集いというやつだろう。
確かに、同じような境遇の人たちや専門家の元で暮らしてほうが本人にとっても良いのかもしれない。
発達障害というだけで周りから馬鹿にされる、前世でもよく聞くことだった。
この村ではそのようなことは起こらないと信じたいが、アリシアがそんな目にあってしまったら、と考えると胸が痛くなる。
俺はなんとしてでもアリシアがそんな目に遭うことを防ぎたかった。
しかし、仕方がないのだ。
これはそのための安全策と言える、いや最善策といった方が良いだろう。
町か、、
もちろん聞き逃していたわけではない。
だが、まだ三歳だぞ?
正直、そんな年の子供を預けることはみんな心配するに決まってる。
両親も渋々賛成と言った所だ。
俺も、
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「アリシアさんの件は反対か?」
家の裏庭で一人でいるところをセラテア先生に話しかけられた。
セラテア先生はアリシアが町へ行く準備と施設が受け入れられるようにする準備が行われている間はこの村に滞在することになった。
それに突然、施設に送り込まれてもアリシアにとっていいことは何もないことを考えてのことだろう。
「いえ、賛成です。反対する理由がないじゃないですか?」
「反対する理由はないのか?」
「そりゃ…」
普通に言おうとしたのに、
言葉が詰まってしまう。
「妹を一人で町に行かせることに何も反対しないのか?」
こいつ、全部わかって言ってるな?
「仕方がないじゃないですか?アリシアの発達障害を悪化させたりはしたくないんです」
分かってる。それがアリシアにとって最善だって。
みんな分かっててこうするって決めたんだ。
今更変えられない。
「一人だけで行かせていいのか?」
「何が言いたいんですか?さっきから」
さっきから傷口を抉るように、
いよいよ腹が立ってきた。
すると、突然何かを考えているような間が開くと、
「ひとつ提案をしたいのだが…君の了承が必要なものなのだが…」
「もう、勝手にしてくださいよ!」
その時なんとなく、セラテア先生への憧れが消え去ったように感じた。
医者だからアリシアへと、障害へと向き合ってくれるものだと思ってた。
結局、そういう見方しかしないんだ。
俺もこの障害の辛さを何ひとつ理解していなかったのだ。
結局、障害は枷にしかならないんだ