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第2話:出会いと謎

次の日も、ユカリはいつもと変わらない朝を迎えた。

蝉の声が響く窓の外、眩しい夏の日差しが照りつける中で、彼女はゆっくりとベッドから起き上がった。

夢の中に現れたクジラの記憶は、彼女の心に深く残っていた。

しかし現実の生活は相変わらずのんびりとしたものだった。


朝食を食べ終えると、ユカリはいつものように自転車に乗って裏山へ向かった。

夢のことを考えながらも、その日もただ静かに川の流れを眺めるだけだろうと思っていた。

けれど、何かが彼女を裏山へと急かしているような気がしてならなかった。


自転車を漕いで裏山に向かう途中、太陽が頭上に昇り始める。

日差しはじりじりと肌を焼き、風は少しも涼しくはなかった。

しかし、ユカリの心にはあのクジラがまだ泳いでいて、どうしてもその夢が気になって仕方がなかった。

夢がただの夢ではないような、そんな不思議な予感がしていた。


****


裏山に着くと、ユカリはいつものように自転車を木陰に停め、川へと続く小道を歩き始めた。

緑の匂いが鼻をくすぐり、川のせせらぎが遠くから聞こえてくる。

彼女は川に着くと、石に腰を下ろし、冷たい風を感じながら静かに過ごすことにした。

やはり今日は何も起こらない、そう思っていたその時だった。


「お嬢ちゃん、こんなところで何をしてるんだ?」


突然の声に驚いて振り向くと、そこにはぼろぼろの服をまとったホームレスの老人が立っていた。

彼の顔は日に焼け、長い白髪と髭が無造作に伸びている。

彼は手に古びた扇風機を持ち、ユカリにじっと視線を向けていた。


「こんにちは……」


ユカリは驚きながらも小さく挨拶を返した。

老人はにやりと笑い、ユカリの隣に腰を下ろす。

彼の持つ扇風機は古くて錆びついており、どこか使い物にならないように見えた。

けれど、彼の目には何か不思議な光が宿っているように思えた。


「お嬢ちゃん、クジラの夢を見たんだろう?」


老人は唐突に言った。

ユカリは驚いて老人の顔を見つめた。

どうして彼がそのことを知っているのか、答えが見つからないまま、彼女は思わず頷いた。


「おかしなことに、あんたが来るのを待っていたような気がするんだよ」


老人は静かに言い、古びた扇風機をユカリに差し出した。


「これを持っていくといい。

この扇風機を回せば、クジラの声が聞こえるはずだ」


ユカリはその言葉に戸惑いながらも、なぜか抵抗することなく扇風機を受け取った。

何か特別なものがあるようには見えなかったが、老人の真剣な表情に、彼女もつい信じてしまったのだ。


「でも……どうして私にこれを?」


ユカリは扇風機を手にしながら尋ねた。

老人は少しの間、黙って遠くを見つめていた。

やがて静かに口を開き、ぼそりと答えた。


「お嬢ちゃんは特別だからだよ。

クジラが空を泳ぐのを見る者は、昔から限られている。

お前さんにはその力がある」


老人の言葉は不可解だったが、ユカリはその意味を深く追求する気にはなれなかった。

彼の言葉には何か引きつけられるものがあったのだ。

彼女はただ黙って頷き、古びた扇風機を抱えた。


「ありがとう……」


ユカリは小さな声で礼を言った。

老人はにやりと笑い、手を振って去っていった。

彼が去る後ろ姿を見送りながら、ユカリはふと気づく。

扇風機を抱えていると、何かひんやりとした感覚が腕に伝わってくるのだ。

それは単なる風の冷たさではなく、どこかクジラの泳ぐ海の冷たさに似ている気がした。


****


その日の夕方、ユカリは家に帰り、扇風機を自分の部屋に持ち込んだ。

夕日が窓から差し込み、部屋の中はオレンジ色に染まっている。

ユカリは夢の中でクジラが泳ぐ姿を思い出しながら、そっと扇風機のスイッチを入れてみた。


古びた扇風機はゆっくりと回り始め、風が部屋中に広がった。

音は少しうるさく、風量も強くはなかったが、どこか懐かしいような感覚がユカリを包み込んだ。

しばらくの間、ただ扇風機の音を聞いていたが、クジラの声はどこからも聞こえてこなかった。


「やっぱり、何もないのかな……」


少し失望しながらも、ユカリは扇風機を止めた。

そのままベッドに横たわり、天井を見つめながら、クジラのことを再び思い浮かべる。

老人の言葉、クジラの夢、扇風機……。

それらすべてがつながっているような気がしてならなかった。


****


その夜、ユカリは再びクジラの夢を見た。

今度の夢では、クジラがさらに近づいてきていた。

青い空を泳ぎながら、ユカリに語りかけるように見つめてくる。

しかし、言葉は依然として聞こえない。

ただ、クジラの目が何かを訴えているような気がした。


翌朝目を覚ますと、ユカリの頭には老人の言葉が浮かんだ。

「クジラの声が聞こえるはずだ」という言葉が何を意味していたのか、彼女にはまだ分からなかった。

だが、それがただの夢や空想ではなく、何か現実的な意味があるように思えてきた。


ユカリは決意を固めた。

次の週末、彼女は海へ行ってみることにした。

クジラが夢の中で「海に来て」と語りかけたように感じたからだ。

両親には秘密にして、彼女は水着を用意し、扇風機を持って海へと向かうことを決めた。


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