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第1話:夏の始まり

真夏の朝、ユカリは目を覚ました。

窓の外には青く澄んだ空が広がり、蝉の鳴き声が耳に響く。

今日も暑い一日になりそうだと感じながら、彼女はベッドからゆっくりと起き上がった。

夏休みが始まって数日が経ち、特に大きな予定もなく過ごしていた。

学校の宿題が山積みになっていることは分かっていたが、手をつける気にはどうしてもなれなかった。


ユカリは小さな扇風機を回し、風を浴びながら机に向かう。

しかし、目の前に広がるプリントの山はどこか遠く感じられ、集中できない。

そんな中、彼女の頭には昨夜の奇妙な夢が残っていた。

それは、河川でクジラが泳いでいる夢だった。

普段なら海にいるはずのクジラが、なぜか裏山の川で優雅に泳いでいる姿が今も鮮明に思い出される。


「なんでクジラが川に……」


ユカリはつぶやきながら、自分でも理解できない感覚に包まれていた。

夢だと分かっているはずなのに、現実と区別がつかないような不思議な感覚が残っている。

そんな気持ちを抱えたままリビングに降りていくと、母親がキッチンで朝食の準備をしていた。


「おはよう、ユカリ。

今日も暑いわね。

スイカでも食べる?」


母親の明るい声に促され、ユカリは頷いた。

キッチンのテーブルには大きなスイカが切り分けられ、冷やされた状態で置かれている。

彼女はスプーンを手に取り、スイカの甘い果汁を口に運ぶ。

冷たいスイカの甘みが口の中に広がり、一瞬だけ暑さを忘れさせてくれる。


「今日も裏山に行くの?」


母親が尋ねると、ユカリは軽く頷いた。

夏休みの間、ユカリはよく裏山の河川に遊びに行っていた。

友達と一緒に海に行ったり、プールで遊んだりする子どもたちも多い中、ユカリは一人で自然に囲まれた裏山の河川へ行くのが好きだった。

そこにはいつも静けさがあり、日常の喧騒から離れてリラックスできる場所だった。


****


朝食を終えると、ユカリは水筒を準備し、帽子をかぶって家を出た。

太陽はすでに高く昇り、街のあちこちに影を落としている。

自転車に乗り、風を感じながら裏山へと向かう途中、彼女の頭の中には再びクジラの夢がよぎった。

あの夢が何を意味しているのか、ただの空想なのか、それとも何か特別な意味があるのか……その答えは分からなかった。


****


裏山に到着すると、ユカリは自転車を木陰に停め、河川へと歩いていった。

そこには彼女だけの静かな時間が流れていた。

木々の葉が風に揺れる音、川のせせらぎの音――それらがまるで自然の音楽のように響き、ユカリは一瞬、夢の中のクジラが現れるのではないかと思った。

しかし、現実にはクジラなどいない。

ただ、川の流れが静かに続いているだけだった。


ユカリは川の石に腰掛け、涼しい風を感じながらぼんやりと過ごしていた。

クジラが川で泳ぐなんて、考えてみればあり得ない話だ。

けれど、あの夢の中で感じたクジラの存在感は、どこか特別なものだった。

そのことがどうしても頭から離れなかった。


しばらくすると日が高くなって暑さが増してきたため、ユカリは家に帰ることにした。

帰り道、自転車を漕ぎながら彼女は再びクジラのことを考えていた。

あの夢が意味するものは何なのだろう。

もしかすると、何かの予兆かもしれない。

そんな漠然とした不安と期待が、彼女の心の中で渦巻いていた。


****


家に帰ると、母親は再びキッチンでスイカを切り分けていた。


「暑かったでしょう?

アイスキャンディーもあるわよ」


母親が勧めると、ユカリは冷凍庫からアイスキャンディーを取り出し、ソファに座ってテレビをつけた。

夏休み特有ののんびりとした時間が流れていく中で、彼女はクジラの夢について考え続けた。

テレビでは夏のイベントや海水浴場の情報が流れていたが、ユカリの心はどこか遠くの海に漂っていた。


****


その夜、ユカリは再びクジラの夢を見た。

今度はもっと鮮明で、クジラが空を泳いでいる姿がはっきりと見えた。

青い空にクジラの影が浮かび上がり、その背中には光が差し込んでいた。

夢の中でクジラが振り向き、ユカリに何かを伝えようとしているように感じたが、言葉は聞こえなかった。

ただ、クジラの優雅な姿が頭に焼き付いたまま、ユカリは目を覚ました。


次の日、ユカリは裏山に行く途中、昨日見た夢のことを思い出しながら、ますますクジラに惹かれている自分に気づいた。

彼女はその日も河川の石に腰掛け、クジラが現れるのを待っていたが、もちろん現実にはそんなことは起こらない。


ユカリは夢のクジラを信じるべきか、ただの空想として片付けるべきか悩みながら、夏の終わりまでの残された時間をどう過ごすべきか考えていた。

宿題も進んでいないし、特に大きな予定もない。

それでも彼女の中には、何かが変わる予感があり、夏休みの終わりがただの日常に戻るとは思えなかった。


空は澄んでいて、暑い日差しが彼女を照らしていた。

その暑さの中に、どこか冷たさを感じるような気がしてならなかった。


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