表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

死人にクチナシ

作者: 暁紅桜

「何を読んでいるの?」


その日、突如として病室にやってきたのは一人の少女だった。

自分と同じ、真っ白な病院服を身に纏った少女は、開け放たれた扉の外から、読書をする僕に、そう声をかけてきた。

僕はその少女の姿をじっと見つめたあと、目を離した文字に目を向け直す。

質問に対して僕が答えなかったため、少女はなんの挨拶もせずに部屋に入ってきて、僕の手元の本の小説のタイトルを見つめる。


「難しい本?」

「……君にはそうかもしれない」

「面白い?」

「さぁ。」

「面白くないのに読んでるの?」

「暇だからね」


少女の明るい声音に比べ、僕は端的な暗い口調で答える。

彼女に対して興味がないからだ。

どこの病室の子だろう。

なんでここに来たんだろう。

きっと看護師さんたちが探してる。

そんなことも全く頭に浮かぶこともなく、ただ髪の上に書きつなられた文字を目で追っていく。


「それはもう読んだの?」


戸棚の上、積まれた本を指差す少女。

先ほどと同じように、もう一度文字から目を離して、少女の指さす方に視線を向ける。

読み終わったのか読み終わってないのかと聞かれたら、僕は「わからない」と答えることになるだろう。

適当に手に取って読み、読み終わったら積み上げて次のを読む。

もしかしたら、まだ読んでない本もあるかもしれないし、読んだ本を何回も読み直してる可能性もある。

今の僕に取って、あの積み上げられた紙の束は、ただの暇つぶしでしかない。


「読んでいい?」

「……好きにするといい」


僕はもう一度文字に目を向け直す。

僕の許可を得たことで、少女は積まれた本の一冊を手に取って、窓際の席で読んでいた。

さっきまでのおしゃべりはなくなり、真剣に本を読んでいた。

病室の外からは、彼女と同じくらいの年頃の子どもたちの声が聞こえる。

騒がしいのは嫌いだ。だから、彼女が黙って本を読んでくれるのは僕に取ってはありがたかった。

検査で看護師さんが部屋を行き来しても、彼女は黙って本を読んでいた。

帰ったのは、夕食が運ばれてくる時間帯になってからだ。


「また読みにくるね」


その宣言通り、その日から少女は毎日のように部屋にやってきた。

時間は主に、昼食が終了してから夕食が開始される前まで。

お互いに会話などはなく、ただ紙に書かれた文字を追っていくだけ。

ただ、それだけだった。


「ここにいていいのかい」


そんな沈黙を破って口を開いたのは、意外にも僕だった。

文字に目を向けたまま。窓際にいる彼女にそう言葉を投げかけた。


「うん。どうせ、検査したところで結果は変わらないから」

「というと」

「私の病気治んないんだって。いわゆる不治の病。だから、楽に死なせる準備を今してるんだって」

「……そうか、君のは治らない病気なのか……羨ましいな」


ポツリと溢れた言葉。

その言葉に、少女は目ざとく反応し、本を閉じて僕の元へやってきた。


「羨ましいって?」

「……僕のは治る病気らしい。でもね、もう何年も入院している」


治るとは言っても、絶対に治るとは限らないとそう言われた。

正直、中途半端な状況は嫌いだ。治るか治らないか。それをはっきりさせてほしい。

長い間こんな箱の中に押し込められているせいで、もう感情がすり減っている気分だ。

今更医師に治るか治らないか、どちらかはっきりした言葉を言われても、僕の感情が激しく動くことはない。それほど僕は、もう長く今の立場にいすぎた。


「きっと、その後のことを考えてないからだよ」

「その後?」

「治った後、治らなかった後のことだよ」


その後のこと?

考えるだけ無駄だろう。

今の僕に、生きる意味も死ぬ意味も等しく同じだ。

生きても今と差して変わらない。死んだら、「あぁ死んだのか」たったそれだけだ。


「わかってないなー。治ったら、また私と一緒にいられるでしょ?治らなかったら、一緒に天国に行けるでしょ」

「……どうして君と一緒なんだい?」

「んー、私が一緒にいたいから」


少女はにっこりと笑みを浮かべる。

一緒……誰かと一緒……

そういえば、今の僕のそばに誰か居ただろうか。

家族ももう長く見舞いに来ない。連絡を取り合う友人もいない、心配してくれる恋人がいるはずもない。

今の僕は、たった一人でこの白い箱の中に押し込められている。


「一人は寂しいもんね」


寂しい……そう、寂しい……

長らく感じなかった感情の一つだ。

だったらきっと、僕はあのとき嬉しかったのかもしれない。

この子が部屋にやってきて、僕に声をかけてくれたことを。

僕のそばで、ずっと本を読んでいることが。

この小さな少女が、こんな僕と一緒にいてくれることが。


「大丈夫だよ。わたしはずっと一緒にいてあげる」

「……あぁ、よろしく頼むよ」

「うん!任せて!」


それから数ヶ月後。

結果として私の病は治らないものと判明した。

医者からは謝罪をされたが、私はため息のように「そうですか」と言葉が出たが、不思議と口元が緩んでしまった。

治らないということは、私はこのまま死んでしまうのかと思った。

だけど、不安はなかった。

それは、彼女が一緒に天国に行ってくれると言ってくれたからだ。

寂しくないように、一緒に……

さぁ、ベットに横になって目を閉じよう。

そうすればきっと、次に目を覚ましたとき、彼女はやっと……僕の手を取ってくれるだろう。











それは、とある病院で密かに語られた噂話。

男は死の間際まで、誰もいない窓際の席に向かって言葉を投げていたと。

目撃した看護師の話では、それはとても幸せそうだったとか……




【完】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ