転移門の事情
転移門を通過するのに、どれほどの時間が必要だったのか、マキシウスには分からない。
ほんの一瞬の夢だったのか。
それとも無限回廊を、ひたすら辿っていたのか。
飛び込んだ時に目をぎゅっと瞑ったマキシウスであったが、瞼の裏にはいくつもの画像が現れては消えた。
パラパラと捲れていく絵本を見るかのように、マキシウスはその画像を眺めた。
母の実家だと思っていたのは、幼少時過ごしたリスタリオ国の風景だった。
彼の国の神殿の一角で、マキシウスは母と暮らしていたのだ。
すっかりと忘れていた景色を見た。
幼い日、母に手を引かれ歩いた神殿。
花が咲き、小鳥は囀り、六角形の石畳が並んでいた。
神殿には、中央に女神像があった。
湧き上がる噴水の上に立つその像は、胸の前で両の掌を向かい合わせにしていた。
母が何かを呟くと、女神の掌は水の塊を掴んだ。
『祈りは言葉。祈りは形』
母は女神が掴む水の塊に、何かを投じた。
ポチャン……。
それは神殿の高い窓から射す光を受け、星型に輝いた。
その光は朧気に覚えている。
綺麗だと、マキシウスは思った。
思ったと同時に頭を下げていた。
子供なりに敬虔な祈りを、女神像に捧げた。
『この国は、もう大丈夫。だから帰らなきゃ』
――どこへ帰るの? 母様
『あなたの国。あなたのお父様の待つ国』
――おとう、さま?
『ええ』
母の横には少女がいた。
黒い髪と黒い瞳。
おかっぱ頭の少女だった。
少女は泣いていた。
――泣かないで。きっと、また会えるから
『マキ兄たん……』
「泣くなよ、ソフィ……泣くな」
マキシウスは少女を抱きしめた。
甘い香りがする。
泣き顔の少女の頬に、マキシウスはそっと口づけを落とす……。
「きゃあああ!」
パチンの音と、頬に感じる痛み。
夢ではない。
はっとして目を開けると、黒い瞳がマキシウスを睨んでいた。
「え? あれ?」
転移門に飛び込んで、長い夢のようなものを見ていた。
此処はどこだ?
フォレスター国王宮の側に、門はあると聞いたはずだが。
「ったく。マキ兄さん、いきなり……」
「ご、ごめん。俺、何かした?」
頬を擦りながら、マキシウスはソファイアに訊ねる。
「知らない!」
そっぽを向いたソファイアに謝りながら、マキシウスは地面に座っていることを知る。
「ここは、フォレスター、か?」
「……うん」
「転移、出来たんだ」
ソファイアは赤くなった顔を見られたくなくて、俯きながら頷く。
ソファイアの恥じらいに気付くことなく、マキシウスは空を見る。
太陽は位置と角度からすると、まだ午前中だ。
転移門を使うと、本当に僅かな時間で、移動出来るのだと実感する。
「ここ、聖地だから。フォレスター国の」
「聖地?」
立ち上がったマキシウスは、少し離れた所に、王宮の塔を見つけた。
聖地とソファイアが言うこの場所あたりには、何回も来たことがある。
たしか、白い花が咲く場所だ。
花を摘みに来たのだ。
弟の、トールオと……。
二人が話している途中で、馬車が止まった。
家紋のない地味な馬車である。
「お迎えにあがりました」
「ご苦労」
顔を半分布で隠した御者である。ソファイアの部下だろうか。
「リスタリオの馬車か?」
「うん、まあそんなとこ」
「このまま王宮に入るのか?」
機嫌が直ったのか、ソファイアは笑顔で言う。
「一回、近くのゲストハウスで準備するよ」
ゲストハウスと言うより、単なる小屋に着く。
鉱山でマキシウスが生活していた小屋よりは、少しましな小屋だった。
「何の準備をするんだ?」
「破邪の準備」
「は、はあ?」
「呪いをね、解かないといけないから、この国は」
◇◇王妃◇◇
第二王子トールオの母であり、現王妃のマルティアは一人静かに王宮の地下を目指していた。
閃光が上がった。
あれは狼煙だ。
我が神へ反逆する者たちが、やって来たのだ。
聖女などと謳われた、あの忌々しいヴィエーネの能力を奪い、国王の耳を通じて、彼の脳を支配して来た。
あとは、息子のトールオが、この国の王になれば良いだけだ。
しかし、いつでも邪魔をする者は現れ出る。
排除しなければならない。
国のためなどでは勿論ない。
息子のため?
いいや、自分のために。
次回、王宮血戦、か!?
お付き合い下さいまして、心より感謝申し上げます!!
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