出発の事情
マキシウスは、翌朝小屋を出た。
荷物と言うほどの物はないが、鉱山で得たいくつかの鉱物を持ち懐に入れる。その中には、以前ソファイアから貰った、正二十面体の水晶もあった。
戸を開け外に出る。
すると。
小屋の前には鉱夫全員が、跪いていた。
「今まで、数々のご無礼、お詫び申し上げます」
ボス格の男が、いつものニヤニヤ顔を引き締めて、マキシウスに言う。
「いや……別に気にしてないし」
「あなた様こそ、やはり正統な王太子様です。何卒、本懐をお遂げ下さいますよう、一同お祈り申し上げます」
「大袈裟だな」
「いいえ、殿下。決して大袈裟ではございません。わたしはあなた様に、命を救っていただきました」
ボス格の男の後ろから、つつっと現れた男は、左腕を布で吊っている。
ああ、あの時の奴かとマキシウスは思い出す。
マキシウスが鉱山に来て二ヶ月くらいたった頃のことだ。
彼は結構奥まで、掘り進めることが出来るようになった。
そんな時、落盤が起こり、何人かが坑内に閉じ込められた。
近くにいたマキシウスは難を逃れたが、巻き込まれたうちの一人が丸太に体を挟まれ、身動き出来なくなっているという声が聞こえた。
待っていても助けは来ないだろう。
己の勘でツルハシを振り上げ、マキシウスは閉じ込められた全員を助けたのだ。
「わたし共は、あなた様を害するよう、命令を受けておりました。きっとあなた様は、それもご存知だったのでしょう……にも関わらず、わたしを助けて下さった」
馬車で乗り合わせた時から、目付きも身のこなしも、ただの罪人とは思えなかった連中だ。
命令を出したのは、王妃か、それとも……。
「それは人として、当たり前のことだろ?」
助けられたという男は、マキシウスに布を巻いた、長い物を差し出す。
「フォレスターに戻られるとお聞きしました。あなた様がいくらお強くとも、徒手空拳では分が悪い。ぜひ、こちらを」
「……分かった。有難く頂戴する」
躊躇なく、マキシウスはそれを腰に差す。
上質な剣だった。
いつの間にか鉱夫たちの後方に、ソファイアがいた。
平素の山猿の様な格好とは打って変わって、光沢のある滑らかな生地のドレスを身につけている。
首の周りや耳朶には、朝日を反射する色鮮やかな宝石が揺れていた。
「子猿にも、衣装か」
「素直に誉めろ」
ソファイアは頬を膨らませた。
「マキ兄さん、準備は出来たね」
「ああ。ゲートは何処だ?」
ソファイアは地面を指差す。
「ココ」
「え?」
「鉱山の敷地内なら、どこでもゲートになるよ」
ソファイアは木の棒で、地面に模様を描く。
三角形が重なったような図形に見える。
次いで、彼女は取り出した物を、次々とその図形の頂点に置いていく。
「鉱山は大量の水晶を抱えているからね。今置いたのも、此処で取れた水晶。これが地下の水晶と共鳴すると……」
ソファイアの話の途中で、地面から光の柱が次々に空に向かっていく。
柱の数は、六本。
「あ、マキ兄さん、この模様の真ん中に来て、早く!」
マキシウスは言われるまま、ソファイアと一緒に図形の真ん中に立った。
彼の胸から、一番強い光が立ち昇る。
「転移門、起動」
マキシウスはあまりの眩さに、目をきつく閉じた。
◇◇フォレスター国・王宮◇◇
フォレスターの王宮から馬車で一刻ほど離れたあたりに、いきなり閃光が走った。
騎士団の訓練でもやっていて、何かが爆ぜたのか。
閃光は一瞬にして消えた。
煙も炎も流れて来ない。
となると、自然現象かもしれない。
王宮内は、王太子の儀を控えて、そうでなくとも忙しい。
一瞬の眩さに、気をとられるような者はほとんどいなかった。
ただ、一人を除いては。
その一人とは。
現フォレスター国王である。
次回は……。
まあ、ぼちぼちと。






