閑話・第二王子の事情
ざまあの前の閑話です。
フォレスター国の王宮は、山を背にして建ち、中央に聳える円筒状ホールの両脇に、王族の執務室が続く。
右側の執務室で、第二王子のトールオは安堵のため息をつく。
懸念していたリスタリオ国から、王太子の儀への参加表明が届いたのだ。
宰相を騙し、国王の名で招待状を送ってみて良かった。
来るのは第一王女とその婚約者と書いてある。
彼の国の王族に、どうしても会ってみたかった。
欲を言えば、この機会に国交正常化を成し遂げ、陛下や王弟の鼻を明かしてみたい。
フォレスター国からリスタリオ国へ、何度か諜報員を送ってみたが、帰って来た者はいない。
二国の国境に最も近いのは例の鉱山なので、王太子を剥奪されたマキシウスと同じ馬車に、諜報員を潜り込ませたが、鉱山内で事故による死亡と報告を受けている。
難攻不落のリスタリオ国である。
その王族が顔を見せるというだけでも、稀少な出来事だ。
そう言えばマキシウス……。
何も連絡がないので、おそらくはまだ存命だろう。
それが嬉しいような、悔しいような、よく分からないトールオだった。
「……兄さん、こっちこっち」
トールオが窓の外を見ると、いつもの庭師が助手らしき者を連れて、剪定をしていた。
庭師の弟だろうか。
二人で話をしながら、作業をしている。
――兄さん、こっちだ
トールオは、初めてマキシウスに会った時のことを覚えている。
少女と見紛うような顔つきをした、線の細い兄だった。
上背も、出会った時はトールオの方が高かったのに。
仲良くしろと国王は言った。
絶対負けるなと、母である王妃は陰で命じた。
表面上は仲良くしていた。
王宮での生活に慣れるようにと、マキシウスを連れて庭園を走り廻った。
『今度はあっちへ行ってみようぜ、兄さん』
何事にも負ける気はなかったが、ある時トールオは気付いてしまった。
それは二人が庭園で遊んでいた時のこと。
トールオの腕に薔薇の棘が刺さった。
痛いと喚くトールオの腕から棘を抜き、マキシウスは自分のハンカチを傷口に巻いた。
見事な刺繍が施されたハンカチだった。
きっと、あの綺麗なマキシウスの母が、息子を思って作り上げたものだろう。
『汚れちゃうよ、兄さん』
『構わないよ。物に替えは効くけど、人の替えはない』
この瞬間、勝てないと悟った。持って生まれた資質、一国の王たる能力は、マキシウスの方が上だ。
その後、替えが絶対効かないはずの、マキシウスの母が亡くなった。
あの時のハンカチは、返しそびれたままだ。
それはトールオの中の、抜けない棘である。
「あっ! 兄さん、大丈夫!?」
窓の外、年長の庭師が自分の手を押さえている。
トールオは窓から飛び出した。
「どうしました?」
「あっ、で、殿下!」
庭師兄弟の低頭を制したトールオは、血が滴る庭師の手を見る。
「申し訳ありません。つい手が滑って……」
「違うんです! 僕が間違った枝を剪定しようとして、兄さんが手で止めたから……」
トールオは胸のポケットからハンカチを出すと、器用に傷口に巻く。
綺麗な刺繍が施された、ハンカチだった。
「そ、そんな殿下! 大丈夫ですから」
慌てふためく庭師に、トールオは微笑んだ。
「あなたの替わりは、いませんからね」
次話こそ……。