王宮の事情
王太子であったマキシウスを鉱山に追放して、早半年。
国内の主な収穫期は終わり、社交シーズンが到来した。
第二王子のトールオは、立太子の儀を控えて宰相と打ち合わせをしている。
「近隣諸国も招きたい」
マキシウスの時は、神殿内で高位貴族のみ出席という、比較的地味な儀式だった。
トールオは、王宮の広間で大掛かりなパーティを開きたい。
マキシウスとの格の違いを見せつけたいのだ。
「諸国全域を招待するとなると、費用も跳ね上がりますが……」
宰相は眉を寄せながら、トールオに告げる。
本年は領地からの収益が、思いのほか上がってこない。
かねがね、質実剛健を体現する第一王子と異なり、派手好きな第二王子の浪費癖に、宰相は頭を悩ませている。
「私としては、鉱山の向こうにある、なんといったか、蛮族の国……」
「リスタリオ、でございますか?」
「そうそう、そこは是非招待したい。そして帰国時に鉱山に立ち寄って、元王太子に接見して貰いたいのだ」
宰相は心中ため息をつく。
幼少時より、トールオはマキシウスに激しい対抗意識を抱いている。
年齢差は一歳。妃同士は仲が良いとは言えない。
だが、贔屓目なしに、全ての資質はマキシウスの方が上だった。
長子継承が基本のフォレスター国において、次代国王はマキシウスと、早くから内定していたのだが……。
「リスタリオ国とは、直接の国交を結んではおりません。もし招待状を送るのであれば、一度陛下にお伺いを立てて下さい」
「……相分かった。ところで宰相、そなたのご息女は幾つになられたかな」
「は。十三になります」
「我が側妃に丁度良い年ごろであるな」
下卑た笑い声を上げながら退出する第二王子に、宰相は無言で頭を下げた。
「何? リスタリオ国を招待するだと?」
国王はトールオの提案に、声を荒げた。
「え、何か、問題でも?」
「大ありだ! 馬鹿モン!」
机上の書類を撒き散らし、血相を変える国王の執務室から、トールオは這う這うの体で逃げ出した。理由くらい教えてくれても良いじゃないかと思いながら。
誰か、知っている人はいないのか?
宰相は、多分知っているだろうが、話してはくれまい。
さすれば……。
気は進まないが、王弟であるネロス公爵にでも聞いてみよう。
「何だって? リスタリオを招待? そんなことを陛下に進言したのか、君は」
数日後、ネロス公爵邸を訪れたトールオに、公爵は冷ややかな視線を向けた。
元々、ネロス公爵は近衛騎士団団長に就いており、マキシウスの剣術の指南役でもあった。
当然マキシウスを可愛がっており、剣術も苦手なトールオには近寄りがたい相手である。
「おいおい、しっかりしてくれよ殿下。国同士の関係や、わが国の王族の歴史ぐらい、子どもの頃から教えられているだろう?」
あからさまに見下されたが、それでもトールオは理由を知りたいと食い下がった。
「へえ、珍しく根性みせるね、トールオ殿下。……しょうがないな。これから国を背負う立場になるのだから、このくらい知っておいてもいいだろう」
ネロスは、大きく息を吐き語り始めた。
◇◇王弟の一人語り◇◇
まずは基礎的な質問からだ。
元王太子だったマキシウスの御母堂は誰だ?
そう、正解。オクトラ伯爵家のヴィエーネ様。
側妃? 君も気付いているだろう。本来は彼女が第一妃、すなわち正妃の予定だった。
何故って?
陛下が惚れこんで、いや、それだけじゃないな。
この国を想って正妃に迎える予定だった。
ところで、オクトラ伯爵については、何か聞いているか?
ああ、何も知らないんだな。
オクトラ家は、元々は他国出身だ。
何代か前の当主がフォレスター国へと移り住んで、功績が認められて爵位を得た。
貴族名鑑には、そう書いてあっただろう?
そう、その「まさか」だよ。
オクトラ家のルーツは、リスタリオ国にあるんだ。
しかも、リスタリオの祭祀を司る、名門だ。
リスタリオの祭祀に、必ず必要な物がある。
それは水晶だ。
オクトラ家は、掘り出した水晶を正確に成形する技術を持っていた。
その技術を我が国が欲して、オクトラ家を招聘したというのが真相だ。
そのオクトラ家の令嬢を兄上が見染めた頃、リスタリオ国でも少々問題が生じた。
祭祀には、道具を揃える他に必要なことがある。
何だか分かるか?
まあ、分からんだろうな。
祭祀を行う者だ。我が国では司祭がそれに当たる。
リスタリオは、聖女と言って、特有の能力を持つ女性が行っていた。
その聖女の能力を持つ者が、リスタリオ国内では見つからなくなった。
理由は不明だが。
そして、リスタリオの諜報部が調べた結果、オクトラ伯爵家のヴィエーネ様こそが、聖女の能力を持つ人だと判明した。
リスタリオからヴィエーネ様を求めて使者が来た時には、既に兄上は仮初婚を済ませていた。
勿論、ヴィエーネ様を手放すなんてとんでもない。
戦が起こりそうなほど、わが国とリスタリオ国には緊張が走った。
どうした? 顔色が悪いぞ、トールオ。
結論として、戦争にはならなかったよ。
ヴィエーネ様が正妃を返上し、生まれたばかりのマキシウスを連れて、リスタリオにしばらく滞在したのだ。聖女としてのお勤めも、次の聖女候補が見つかるまでの数年間、ヴィエーネ様がこなしていた。
まあそれでも、火種は残ってしまったが……。
これで分かったか?
リスタリオ国に残った火種は、ヴィエーネ様が儚くなられたことにある。
火種を付けたのは、現正妃、すなわち君の母親だ。
これ以上の話となると……。
あれ、もういいのか?
それでも君がリスタリオ国に招待状を送ると言うなら、私は止めんよ。