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元王太子の事情

 その日の夕暮れ、数人の新入りを乗せた馬車が着くと、鉱山前の広場には鉱夫らがワラワラと集う。


 新入りが来たら、()()()だ。


 鉱夫の殆どは、世間から弾かれた者たちだが、中には元の身分がそれなりに高い者もいる。

 例えば、借金まみれになり、爵位を返上した上に、この地での労働を余儀なくされた者。

 例えば、王家に反逆の意思があると見なされて、王都から追放された者……。


 要は貴族や王族の血を引く者が来たら、手厚く()()()()のが鉱山の流儀だ。

 見栄えの良い女なら、ボス格の情婦にする。

 男どもには鉱山(ここ)での序列を体に教え込む。


 特に本日はスペシャル新入りだ。

 徹底的に()()()()()やろう。


 ソフォイアは木の上から様子を伺っていた。

 ぎらつく目をした鉱夫らはおよそ八十。

 王都の騎士であっても、勝ち抜ける人数ではなかろう。


 まあ、ボロボロになった()()に、恩を売るのも悪くはないか。

 それに、()()()()()()()ならないし……。


 ガチャリと馬車の戸が開く。

 広場のざわめきが鎮まる。


 すいっと降り立つ人影は、夕陽を受けて真紅に染まっている。


 王家の血を示す金色の髪が、不規則に揺れていた。


 今日の新入りは、この国の()王太子。

 マキシウス・フォレットだ。


 ソフォイアも、彼から視線を外せない。

 薄汚れた服に穴の開いた靴。

 両手首は荒縄で縛られている。


 しかし、立ち姿はまさに王族。

 なんのてらいもなく、鉱夫らを睥睨する。


 ソフォイアは思う。

 なぜ、マキシウス元王太子は、()()()()()をやったのだろうかと。


「これはこれは、元殿下。ようこそ地の果てへ」


 鉱夫のボス格の一人が、下卑た笑いを浮かべながら、マキシウスに近寄る。

 そして、元王太子の鳩尾へ、勢いよく拳を入れる。

 それが開始の合図、だった。


 普通はその一発で、体がくの字に曲がる、はずだ。


 だが、マキシウスは拳を腕で弾くと、殴りかかってきたボス格の顎を蹴り上げた。

 ボス格の体は宙を舞い、何人かの鉱夫を道連れに地面に落ちた。


「くそ! みんな、やっちまえ!」


 罵声と埃が舞い上がり、ひとしきり地響きがした。

 どうやら、やられたのは鉱夫たち。


 暮れ行く空を背景に、元王太子は何事もなかったかのように立っていた。


 彼の戦闘姿を見ていたソフォイアの胸が躍る。

 想像以上の武勇力だ。

 それに……。


 想像すらしていなかった、美しい姿であった。


 木の枝から、ひらりと飛び降りたソフォイアは、マキシウスに声をかける。

 

「よお、王子様」


 怪訝な表情で、マキシウスは振り向く。

 声をかけられるまで、彼はソフォイアの気配に気付かなかった。

 しかも、子ども?

 この鉱山に?


「マキシウスだ」

「え?」

「王子はとっくに廃業している」


 ソフォイアの喉が動く。


「じゃあ、もっかい……。もう一回、王家の旗揚げてみないか? あたしが、アンタを、マキシウスを王族にしてやるよ!」


 マキシウスは小首を傾げ、ふっと笑う。


「面倒事は、もうゴメンだ」




◇◇元王太子の事情◇◇



 鉱夫らを軽く蹴散らしたからか、ボス格の男は揉み手をしながらマキシウスを逗留宿に案内した。

 宿と言っても単なる小屋で、食事は自前で用意するらしい。

 

「まあ今日は初日ですので、あとで夕食を届けますし……。へへへ。お寂しいようなら、女の用意もできますぜ」

「食事は貰うが、女はいらん」


 流石に王都から七日間、馬車に揺られて来たので体は痛い。

 先ほどの立ち回り(ステゴロ)は良い運動になった。

 マキシウスは簡素な造りの小屋の中で、思いきり体を伸ばした。


 目を瞑ると、いくつもの顔が現れては消える。

 どいつもこいつも嘲り笑っている。


『ホント、馬鹿よね。マッキー』


 そう言ったのは、ロゼリアだったかユミエルだったか……。

 どちらも二度と会いたくない。


 マキシウス・フォレットは、フォレスター国の第一王子であり、王太子の儀も受けていた。

 すなわち、次代の国王になるはずだった。


 ところで、マキシウスの母は第二妃であり、妃の実家はさほど権力も財力も持たない伯爵家だ。

 第二妃を溺愛する国王が、後ろ盾を求めてマキシウスと公爵家の令嬢ロゼリアを婚約させたのは十年以上も前のこと。マキシウスの婚約に安心したのか、第二妃は間もなく亡くなった。


 以来、完全な政略とはいえ、マキシウスはロゼリアと親愛の情を深めていた。

 マキシウス自身、権力への執着はさほどなかったが、王命での婚約は大事にしようと思っていた。

 深めていたと、思っていたのだ、マキシウスは。


 しかし、マキシウスとロゼリアが通う王立学園で、男爵家のユミエルと出会ってからロゼリアが変貌した。

  フォレスター国の宝石と讃えられていたロゼリアは、外見も成績も、勿論爵位も劣るユミエルに、剥き出しの嫉妬をぶつけるようになる。


 ユミエルの所作をあげつらい、彼女の生家を馬鹿にする。

 制服のリボンの結び方に難癖をつけ、無理やり奪い取る。


 見かねたマキシウスは、何度か苦言を呈した。

 するとロゼリアは唇を噛み彼に言う。


「どうせ、どうせ、わたくしは可愛げのない女よ! 殿方は皆、ユミエル嬢のような、品がなく、すぐに涙を流す女性の方が好きですものね! あなたもそうなんでしょ、殿下」


 かみ合わない論点。

 苛つきながらも、マキシウスは疑問を持つ。

 ロゼリアは、高位貴族の矜持を捨てたのだろうか。

 マキシウスは一度たりとも、ユミエルに好意感情など持ったことがないというのに。


「君の下位貴族への態度が、将来の国母としてふさわしいかどうか、よく考えてくれ」


 この言葉が仇になった。


『国母として、ふさわしくない』

 

 ロゼリアにとって、それは婚約破棄と同義だった。


――王太子は、学園で『真実の愛』に魅入られた。

――公爵令嬢に対して、一方的な婚約破棄を突きつけた!

――男爵令嬢とは、懇ろな関係だ!


 燎原の火の如く、噂は拡大し、マキシウスが気付いた時には、国王や第一王妃までがその噂を信じていた。

 マキシウスは謁見室に呼ばれ、国王から沙汰が下った。


『王命による婚約を、一方的に破棄するのは、国王への反逆行為である。よって王太子は廃嫡。三年間、刑に服すべし』


 退席する第一王妃は、扇の影で口の端を吊り上げていた。

 マキシウスが廃嫡されたら、次の王太子は第二王子のトールオだ。

 トールオの生母は、第一王妃である……。


 まさか……。

 嵌められたのか……。


 騎士に拘束され、王宮の長い廊下を歩くマキシウスの前に、トールオが現れた。

 彼は右手でロゼリアの肩を抱き、左手でユミエルの腰を抱えていた。


「やあ、兄上」


 にやにや笑うトールオと、忍び笑いをする二人の女。

 

「ああ、廃嫡されたから、ただのマキシウスか」


 睨みつけるマキシウスにトールオは言う。


「そんなコワイ顔すんなよ。あとは俺に任せろ。国のことも、女たちのことも」


「こんなに簡単に事が運んで良かったわ、トールー。女の噂話って、凄いでしょ?」

「本当だな。兄上が社交に重きを置かなかったから、上手くいった」


 ロゼリアがマキシウスを見つめる。

 かつてない程の、冷ややかな視線だ。


「ホント、馬鹿よね。マッキー」


 ロゼリアがユミエルと視線を交わしながら微笑む。


「仲良しなのよ、わたくしたち」

「ええ、ロザリア様」


 マキシウスは唇を噛みしめながら、三人をやり過ごした。


「そうそう、これから三月(みつき)ほど牢で過ごしたら、鉱山に行ってもらうぞ。血の気の多い蛮族が住む国との、境目にある処だ。三年間、そこで生き抜いたなら、また会おうぜ、元兄上」





 鉱山に着いたマキシウスは、翌日からソフォイアにまとわりつかれる。


「ねえねえ、つおい、じゃない強いよね、元王子。武闘派だったの?」

「……フツウに、剣術と体術の稽古をしてただけだ……」


 ソファイアの質問は加速する。


「ねえねえ、何で王太子だったのに、此処に送られたの?」

「あのさあ、『婚約破棄』って本当にあんた言ったの?」

「男爵令嬢とお付き合いしてたの?」


 次から次へと打ち出される質問に、いちいち答えるのは面倒だ。

 ただ、屈託ない表情のソファイアと会話をすることで、マキシウスの気は紛れる。

 

「要は、口ベタ脳筋クソ真面目王太子が、下半身ユルユルの第二王子とそのヤリトモに負けた、ってことだよね」


 昼飯を食べながら、ソフォイアのおしゃべりに付き合っていたマキシウスは、思わず口にしたスープを吹いた。


 口下手。

 脳筋。

 クソ真面目。


 マキシウスにも自覚ある、己の性質だ。


「あああ、勿体ないよ王子。貴重な食料だよ」

「勿体ないことさせるな!」


「でもさ、頭の螺子もユルそうな第二王子だけが、描いたシナリオじゃないでしょ」


「え?」

「あたしが思うに、もっと賢くて腹黒い奴が、裏で糸引いてるよね」


「あ、ああ……」


 マキシウスの脳裏に、第一王妃の歪んだ笑みが浮かぶ。


「腹立たしくないの? マッキー」

「マッキー呼び止めろ」

「じゃあ、マキ兄さん。仕返ししないの?」


 兄さん、か。まあ、良いや。


「今は……無理だ」


 口を拭いながら、マキシウスは答える。


「それに……うかつな王族の諍いは、無辜の民を苦しめる」

 

 目を細めるマキシウスの横顔の清冽さに、ソフォイアは一瞬見惚れた。

 冤罪だと声高く、叫べる立場にいたマキシウスだったが、国を割るような戦をしたくなかった。

 それは母の教えでもあったのだ。


 国を造るのは、國民(くにたみ)である、と。

 

 

「だからさ、あたしが力を貸すってば。ピンポイントで冤罪ふっかけた相手にだけ、きっちり復讐出来るように」

「お前が? 鉱山に生息している、色黒チビ猿のお前に、何の力があると」


「えっへへ」 


「だいたいお前こそ、何故こんな処にいる? 借金か? それとも微細な咎か?」

「言うに言われぬ事情があるのさ。なんつうの? 義理と人情みたいな?」


 人差し指で鼻を擦り、ソフォイアはケラケラと笑いながら駆けて行く。


 十七歳のマキシウスより、五つ六つ年下だろうか。

 土埃まみれの風体だが、黒曜石のような瞳は、いつも煌めいている。

 顎のラインで揃えた黒髪は、添毛織物(ビロード)のような艶を放つ。


 口調は荒いが、平民にも見えない。

 何よりも、妙に聡い。

 

 王都には、いなかったタイプだ。

  

 それに……。

 身なりを整えたら、相当綺麗な少女になるだろう。


 コツンと何かがマキシウスの額に当たる。


「いてっ!」

 

 鉱山の入口付近から、ソフォイアが手を振っている。


「何するんだよ」


 ブツブツ言いながら、マキシウスは額に当たった物を拾う。

 掌で光るのは、親指の先ほどの鉱物だ。


「!」


 それは、正二十面体と思しき、透明な石。


「クリスタル……」


 確かに、この鉱山では稀にクリスタルが産出すると聞く。

 しかし、正三角形を二十面揃えたクリスタルが、果たして自然に生まれて来るものだろうか。


 しかも、クリスタルを乗せた掌から、どんどん熱い波動が流れて来る。


「破邪の、水晶……」


 マキシウスは、()()()()で過ごしていた頃に聞いた、ある伝説を思い出す。


 我がフォレスター国ではない、どこか遠い場所にある国。

 そこにはフォレスターでは忘れ去られた、魔術が今も存在する。

 魔術には、良い魔術も悪い魔術もある。


 善き魔術に力を与え、悪しき魔術を消し去る結晶が、世界には五つ存在するという。

 

 確か、母の胸に光っていたのも、水晶だった。

 三角形が立体化したような、形をしていた。


 あれは一体……。

お読みくださいまして、ありがとうございます!!

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