俺、あの世で男になったわ。
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なんでもない平日の、夕方。
俺は、絶体絶命の危機に瀕していた。
「歩香ちゃんっ……!」
「ま、任せとけぇ~!」
日は完全に地平線の向こうに消え、目の前の巨影はその距離を縮めていく。
見上げる角度が上がる。冷や汗が垂れてくる。
でも、でも……!
好きな人の前でくらいは、カッコつけてもいいじゃないか……!
巨影……。巨人の腕が、振り上げられる。電線を超えるほどの高さで停止したその拳には、巨大で、短い、糸電話のようなもの。鎖鉄球の要領で振り下ろされてきた軽自動車ほどのサイズを誇る紙コップに純然たる人間である俺の身体が耐えられるなど、到底思えない。
「み、ミキ! もし生き延びたら、俺と結婚しt……」
好きな人を庇い、紙コップをその身一つで受け止めた俺の身体。死亡フラグは折れず、身体だけが景気よく砕け散ったようだ。
◇
「……さん? ……さん? インシュさん?」
身体がぶるっと震え、視界が一気に広がった。
この感覚……学生時代、授業中に居眠りしていたのを注意された時を思い出す。
ワックスをかけたばかりなのだろうピカピカの床と、それに負けないくらいピカピカな壁面のホワイトボード。そして目の前に座るスーツ姿の二人の男性が、心配そうに俺を見つめてくる。
どこだここ……?
「み、ミキは!? ……あ!?」
好きな人がいないことに言及すると同時に、声に違和感を覚えた。
なんだこれ、俺の声か? しかも、変なところで空気が当たっている。身体の……そう、いつもより一段階下の階層で空気が震えている。
「彼女なら、心配ありません。ウチの職員が、無事保護しました」
「よかった……。……ん? で、ここは?」
「先ほども説明したのですが……どうやらまだ意識がハッキリとはしていないようですね。改めて説明いたします」
俺が起きてからずっと反応してくれている向かって左側の男性が、言葉を続ける。
「陰朱さん。あなたの肉体は今、瀕死の状態にあります。我々の技術で陰朱さんの肉体を修復するには時間がかかる上、魂を切り離しておいた方が、円滑に修復作業を行うことができます。そこで我々は陰朱さんの肉体が完全に直るまで、こちらで待っていてもらうこととしました。しかし……このご時世。どこも人手が足らず、待つついでにこの役場で働いてもらおう……という運びです」
「役場?」
「ええ。『冥界役場』。我々はこの施設をそう呼んでいます」
めい、かい……。なんだか物騒で中二病くさいワードが飛び出してきたが……正気か、この人達は?「は……?」
「んー……そうですねぇ。簡単に言うと、斯界、冥界、天界。この世界に存在する三つ次元のうちの一つ、冥界の様々な事務手続きを行う場所……それがここ、冥界役場。斯界の方々でいう"あの世"です」
「そんなバカな。あの世? 俺は死んだのか?」
「あーいえいえ! 先ほども言った通り、まだ死んでいません。危険な状態ではありますが。それで…………えー、話を戻したいのですが、配属希望はどうされますか?」
「え、面接なのかこれ?」
「ええ。ざっくり分けて他殺課、自殺課、事故死課、病死課の四つがあります」
全部聞いたことないな……。というか……だから俺もスーツを着ている訳……ん? 俺の手ってこんなんだっけ……? なんか線が濃いっていうか、全体的に太いっていうか……でかくね?
「……あっ! そうですね! 大事なことを伝えていませんでした! 陰朱さんの肉体が直るまでの間は魂だけの存在。実体が無いと不便なので代わりの身体を……と思ったのですが、なにぶん急な決定で発注が間に合わず、その男性スキンしか用意できなかったんです。あの~、色々とご不便をおかけしますが、その身体で生活してください」
はっ? 男性スキン?
俺……女なんだけど。
「えぇ~……」
困惑? 当然してる。
期待? いやいや、あはは。そんなワケ……。いやいやいや。