キング・アーサー
「ナイトオブラウンズ……?」
チーム名をそっくりそのまま繰り返したイユに、アーサーと名乗った少女は頷いた。
「あぁ。それがオレらのチーム名だ」
「まだまだ不完全なチームだけどねー。キングとナイトとビショップしかいないしさ」
「えっと、ナイトとビショップってもしかして」
「あ、僕はナイトオブラウンズ入ってないよ。入りたいとは言ってるんだけど、なかなか姉さんが許可してくれなくてさー」
「それは今は関係ねぇだろ」
「はーい。僕は黙ってまーす」
ナオトはそれだけ言ってどこかへ消えてしまった。ナイトオブラウンズにいない以上あくまでも彼は部外者なので、邪魔にならないようにという配慮だろう。
「そんじゃ、改めて。オレは将矢アサヒ。ギフトはアーサー。ナイトオブラウンズのキングだ」
アサヒとイユは客席を使い向かい合っていた。アサヒの後ろにはケイが控えている。
「で、こいつ……もうお互い名前は知ってたか。でも一応名乗れ」
「はい。俺は志堂ケイ。ギフトはガウェイン。ナイトオブラウンズのナイトです」
「ボ、ボクは──」
「あー、オマエの自己紹介はいい。うちのビショップからすでに情報が飛んできてる」
「え?い、いつの間に……」
「オマエの名前聞いた時から。一応怪しい奴じゃないか調べさせておいた」
アサヒはなんてことないように言い放つが、他チームの、それもギフテッドピース──ギフトというキングから与えられたチーム内での名前を持つ人間を指す──の情報をこの短時間で掴むなど、並大抵の人間ではできない。このナイトオブラウンズには相当優秀なビショップがついているようだ。
「飯降イユ。十四歳。ドッグブリーダーズのクイーン。生まれつき家族のいない孤児で、孤児院にいたところをドッグブリーダーズのキングに目を付けられクイーンに任命される。ドッグブリーダーズのギフテッドピースはイユのように天涯孤独な者が多く、逃げ場を無くすことでチームに依存させている、ね……」
「そ、そんなことまでわかっちゃったんですか?」
「ったりめぇだろうちのビショップなめんなよ?」
「アサヒ様、俺は……」
「オマエもオレの最高のナイトだから安心しろ」
「ありがたき幸せ……!」
ケイは頬を赤く染め恍惚とした表情でアサヒを見ている。ケイは相当アサヒに入れ込んでいるようだ。
(さっき、ナオトさんは不完全なチームって言ってたけど)
判断の早いキング・アサヒ。アサヒへの忠誠心が高いナイト・ケイ。そしてこの場にはいないが、能力の高さを窺わせるビショップ。この三人だけでもナイトオブラウンズは成り立っているように見える。むしろピースが揃っているというのにバラバラなイユのチームの方が不完全に見えてしまうほどだ。
(本当にあのチームから逃げ出して良かった)
暴力なんて日常茶飯事。チーム内での喧嘩もよくあることで、キングはそれをニタニタ見ているだけで止めもしない。それだけでなくクイーンの能力と、見てくれが良かったイユは度々性暴力に犯されることもあった。どれだけやめてと叫び喚こうが彼らには関係ない。キングこそが絶対と教えられてきたイユにとって、自身のまとめるチームを不完全と言われようが怒りもせず、ギフテッドピースを大切に扱うアサヒがイレギュラーに見えた。
「あ、あの」
「ん?」
「良いチーム、ですね……ナイトオブラウンズって」
「当然だろ、オレのチームなんだから。で、イユ。改めて聞くぞ」
「改めて……?」
「……やっぱり聞いてなかったか。ぼんやりしてたし、もしかしたらとは思ってたけどよ。まあいい。イユ、オマエはドッグブリーダーズから逃げたい。だな?」
「……はい」
「なら、オレらがそれを助けてやる。これに異論は?」
「えっ!?」
イユは驚きのあまり今日一で大きな声をあげた。
「なんだ、その反応。助けてほしいんじゃなかったのか」
「それはもちろんです!でも、ボクを助けたところでメリットなんて──」
「あるに決まってんだろ。このまま見過ごしたら気持ち悪い。でもオマエを助けたらすっきり眠れそうだ!これがメリットだ」
「そ、んなの……」
「メリットになるんですよ、この方には十分。何せこの方は真の王たりえるお方」
「それは言い過ぎだと思うけどな……。まぁそれは置いとくとして。いいか、イユ。オレは民の求めを見逃さねぇ。たとえそれが別チームとの戦争を引き起こすとしてもだ」
「怖くないんですか……?」
「オレはオレが信じたオレでなくなる方が怖いね。オレの信じたオレは、たとえ何があろうと目の前で泣いてる民を見捨てたりしねぇ。──イユ、オマエはどうしたい?」
「ボ、クは……」
イユは差し出された手を握り返すか迷ってしまった。だって、こんなキングがいるなんて知らなかった。イユの知るキングは、いつも傲慢で自分以外のすべてを見下していて。誰かの涙なんて気にも留めないような人間だった。
しかし、アサヒはどうだろうか。別チームのクイーンだということを知っておきながら、イユの涙を見て見ぬ振りせず、手を差し伸べる。こんなキングを、イユは見たことがなかった。
──信じたい、この人を。
「助けてください……!」
涙をポロポロ流しながらアサヒの手にすがりついたイユを見て、アサヒは頷いたのだった。
※
「イユは?」
「まだ寝てる。相当お疲れみたいだね」
「そうか」
あの後寝てしまったイユを二階の住居スペースに運び、ナオトに任せアサヒとケイは喫茶店業務にかかっていた。とは言ってもそう客が来るわけではないので、アサヒとケイは度々イユの様子を見に来ていた。
「で?どうすんの?」
「ドッグブリーダーズのことか?」
「うん。何か考えてる?」
「ざっとルイに調べさせてみたが、オレらが喧嘩吹っ掛けるには分が悪すぎるなってことは考えてんな」
「それ大丈夫なの?僕もいた方が良いんじゃない?」
「いざって時は頼らせてもらう。ま、あいつらの牙城を崩すのは容易いとは思うがな」
「そうなの?」
「あぁ。所詮恐怖政治では人の心まで支配はできねぇってこった」
そう呟くように言い残したアサヒの瞳は怒りで燃えていた。
(あーあ、こりゃお相手さんとことんやられるな)
アサヒは自分なりの王者の美学を強く持っている少女だ。それを弟であるナオトはよくわかっている。そんな彼女が間違った支配のやり方を見て何も思わないはずがなく。
(ゴシューショーサマ。ま、憐みはしないけど)
ナオトはイユの眠る部屋に戻っていった。