93:シャッフルされる建物
「まずは、現在の状況を確認しましょう」
銀縁眼鏡のツルに手を当て、レンズを光らせたギルがそう言った。
「長年使われていなかった起動スイッチになんらかの不具合が起こり、魔術師団の建物内の部屋の配置がシャッフルされ続けています。このままシャッフルが止まらなければ、遭難者が出る可能性があります」
運良く玄関や一階の窓に辿り着ければ、外へ脱出することが出来るのだが。
建物内にこんな異常が起こってしまったら、原因を究明したくなるのが魔術師だ。事態に気付けば、十中八九はっちゃけてしまうだろう。
「団員たち皆、楽しくなっちゃって自ら建物探索に出ちゃいそうよねぇ。アタシィ、心配よぉ~」
「今頃すでに何人かは、自分の研究室から飛び出しているとメルは思います」
「やっぱり、いつの時代の団員たちも、そういうところは変わらないんだねぇ」
ペイジさんとメルさんの会話に、私はうんうん頷く。
「ペイジさんとポイントル団員は、不具合が起きたスイッチの修理をお願いします。他の団員たちに状況を説明するのは僕が担当するので」
「まぁ、そうなるわよねぇ。分かったわ、ギル団長。というか、こんなに面白い魔道具の解明なんて、アタシの腕が鳴るわぁ~!」
「メルも承知いたしました、ロストロイ団長様」
「オーレリアは僕に付いて来ていただけますか? シャッフルを体験したことがあるのは貴女だけなので」
「うん、わかった! でも、シャッフルの法則性とかまでは、よく分からないんだけどね」
というわけで、魔道具のことは専門のペイジさんたちに任せて、私とギルは揺れ続ける廊下へと足を踏み出した。
▽
まずは一番最初に会えた受付のお姉さんに、事情を説明しておく。
お姉さんは頬に片手を当てて「あらあら、困ったわねぇ」と言いつつも、どこか嬉しそうだ。
それを指摘するとお姉さんはニッコリと笑う。
「分かっちゃった? だって、建物内のどこに受付があるのか誰にも分らなければ、面倒なお客さんが永遠に来ないってわけでしょう? 私はここでのーんびり、新作バッグのカタログでも見て過ごしているわ~」
お姉さんはそう言って、いそいそとカタログを取り出した。
「ペイジさんとメルさんが起動スイッチを修理し終わるまでは場所が移動し続けるから、気を付けてくださいね、お姉さん!」
「遭難者を出さないように頑張ってね~、オーレリアちゃん」
「今回のサボりは目を瞑りますが、受付の位置が玄関に戻ったらきちんと受付業務に戻るように」
「分かってますって、団長」
右手を振るお姉さんに見送られ、私とギルは廊下の先へと進む。
本来は階段があったはずの場所に給湯室があったり、お手洗いがあったはずの場所が最上階の展望室に変わっていた。急にお手洗いに行きたくなったら大変である。
「階段がないと他の階に移動出来ませんね。もういっそ窓から下りて、建物の外から団員たちを探しましょうか、オーレリア?」
「一応、各階のどこかに階段が出現するはずなんだけれど……。あっ! やったぁ! 掃除道具用のロッカーを開けたら、下に続く階段があった! 見つけたよ、ギル!」
「これなら確かに敵襲に遭っても、そう簡単に魔術師団を攻略出来ないでしょうね。それで、ロッカーの中身はどこに消えたのでしょうか?」
「建物内のどこかに出現してるんじゃないかな? 大きな花瓶の中とか」
「箒やモップが差し込まれた花瓶……。凄い状況でしょうね」
そういうわけで、わたしとギルはロッカーの中に入り、階段を下りていく。
下の階に到着すると、すでに数少ない団員たちが廊下に出て、大騒ぎしていた。
「待って待って待ってっス!!!! 俺たち、この階から下りられなくなってるっス!!!! マジでヤバいっス!!!!」
「ちょっと廊下に出ていた間に、私の研究室が消失した!」
「ボクの研究室は別の階にあるはずなのに、廊下に出たら三階になってるんだけれど!?」
「なんなんスか、この異常事態は~~~っ!!!?」
一番叫んでいる団員は、何度か会ったことのある骸骨君である。食事を取るのも忘れて仕事に没頭し続けたという感じの若者だ。
ギルが前に進み出て、団員たちに話しかける。
「大丈夫ですか、ブラッドリー? 他の団員たちも」
「ロストロイ団長!? それに奥様まで!! 今日は魔術師団にいらっしゃってたんスね!!」
「ブラッドリー君、団員の皆さん、こんにちはー!」
「こんにちはっス! いや! それよりも、建物のこの異常事態は何なんスか!? 団長は分かりますか!?」
「そのことを説明しようと思って、君たちを探しに来たんだ」
集まって来た団員たちに、ギルは説明を始めた。建物自体が魔道具であることや、起動スイッチの故障をペイジさんたちが修理し終えるまでシャッフルが続くことを。
「遭難者が出ないように、君たちはどこかの部屋に集まって、廊下へ出ないように……」
「えー!? こんな大変な事態、急いで他の団員たちに伝えた方がいいっスよぉ!! ロストロイ団長と奥様の二人だけじゃ、シャッフルし続ける建物内で残りの団員たち全員に会えるか分からないっスよ? 俺たちも手伝うっス!! 要は遭難しなきゃいいだけなんスから!! 他の皆もそう思うっスよね~!?」
「私もブラッドリーに賛成です、ロストロイ団長」
「ボクも伝達のお手伝いをしますよ」
「……君たち、本音は?」
「こんなに面白い魔道具には早々出会えませんよ?」
「魔術師として調べないわけにはねぇ?」
「当然、いかないじゃないっスかー!!」
「はぁぁぁぁ……」
ギルは頭を抱えたが、ブラッドリー君たちの言い分も確かに一理ある。
私とギルだけでは、この状況で残りの団員全員に会えるか、保証はないのだ。
「べつにいいじゃん、ギル。ブラッドリー君たちにも手伝ってもらおうよ。皆いい大人なんだから、状況さえ把握していれば、いざという時は建物からちゃんと脱出してくれるって」
「……そうですね。どうせこの状況では、業務どころではありませんし」
というわけでブラッドリー君たちも参戦し、他の団員たちを探すことにした。
▽
他の階も大変なことになっていた。
魔術師団で一番豪華に見せかけていたはずの応接室は地下に移動し、会議室があったはずの場所には箒やモップが差し込まれた大きな花瓶がポツンと置かれていた。受付の場所には、ブラッドリー君の研究室が移動していた。もしも本当に敵襲があった場合、ブラッドリー君が先陣である。今日が本番じゃなくて良かったねぇ。
他の団員たちも次々に見つかり、説明を受けるとすぐに建物内へ散らばっていった。皆、新しい玩具を手に入れた子供のようにウッキウキのご様子である。
全員に通達が終わった辺りで、また大きな揺れが動き、建物内がシャッフルされる。あちこちの階から「ひゃっほー!!」「最高っス~!!」などと大歓声が起こる始末だ。
「今日はペイジさんとポイントル団員の修理が終わるまでは、こんな感じでしょうね」
「まぁまぁ、ギル。訓練だと思えばいいんじゃない?」
「そうですね。各地に派遣されている団員たちが戻って来たら、今日のことを活かした訓練を実施いたします」
ギルはそう言った後、ちょっと照れたように笑う。
「それに僕も、この建物内をじっくり調べてみたいです。オーレリア、このまましっかりと探索してみませんか……?」
どうやらギルも魔術師として、この状況にはワクワクしていたようだ。
私はにっこりと頷く。
「いいね、いいね! じゃあ、また上の階に行ってみようか? 階段をまた探し当てよう!」
ギルとまた建物探索だー!! と思って、嬉しくて夫と手を繋いだその瞬間、上の階から新たな叫び声が響いてきた。
「何なんだ、あの小さなゴーレムは!?」
「俺に任せるっス!! 俺がゴーレムを捕まえるっス!! ……ぎゃああああ!!!!」
「ちょっと、ブラッドリーが一瞬でやられたわよ!?」
「ゴーレムがあっちに逃げたぞー!!」
「うわぁぁぁぁ!?」
私とギルは顔を見合わせ、首を傾げた。
「オーレリア、ゴーレムとは一体……?」
「私も分かんない」
というわけで、ゴーレム騒動が起きている階へ向かうために、やっぱりまずは階段を探すことになった。




