92:団長室の秘密
ギルとペイジさんの共同研究のために、私も何か手助けが出来ないだろうかと、考えていると。
ちょうどメルさんがソファから立ち上がった。
「メルは給湯室までお茶を淹れに行ってきます。皆様はどうぞそのまま、ご歓談ください」
「あ。メルさん」
給湯室の場所は、たぶんバーベナの頃と変わっていないだろう。ならば団長室から結構離れているはずだ。
それなら団長室にあるアレを使えばいいのに。私はメルさんを引き止めた。
「団長室にある魔道具のポットを使おうよ。アレ、まだ壊れてないでしょ?」
「え? ポット?」
メルさんは驚いたように目をまるくし、首を傾げた。メルさんの柔らかそうなピンク色の髪がふわりと揺れる。
あれ? この様子だと、もしかしてあのポットは無くなってしまったのだろうか?
私は不思議に思い、ギルとペイジさんにも視線を向けた。だが彼らもメルさんと同じように首を傾げていた。
「魔道具のポットというものを、僕は存じ上げないのですが。この団長室にそのような物があったのですか、オーレリア?」
「アタシも見たことないわねぇ」
「ええっ!? あんなに便利なものをご存知ない!?」
私は慌てて立ち上がり、団長室の壁に近寄った。そして記憶のとおりの場所に手のひらを押し当てる。
すると壁の一部が開いて、収納棚が現れた。
良かった。壊れたり無くなったりしたわけではなかったようだ。
収納棚には当時のまま、いろいろな魔道具が陳列されている。連絡用の小さなゴーレムや、執務机の下に置ける小型の暖房魔道具、夜間でも周囲のものがハッキリと見ることのできるモノクルなど。
それら魔道具に紛れて、私が求めていたポットが出てきた。
「これこれ、このポット! スイッチを入れると美味しいお茶が勝手に湧くの!」
これはグラン団長の頃に作られた魔道具で、上層部の会議中によく使ったものだ。特にボブ先輩の手作りシュークリームと相性が良かった。
私がポットを掲げて見せると、皆ぽかんとした表情でこちらを見つめていた。
そして、すぐに正気に戻ったように話し出した。
「いや、ちょっと待ってくださいオーレリア!? その壁に隠されていた収納棚は一体何なのですか!?」
「何よ、これ!? こんな物が壁の中に隠されていただなんて、今の今まで知らなかったわよ!?」
「ペイジ様、このたくさんの魔道具は研究資料になるのでは!? メルがすべてチェックいたします!!」
「え?? これは歴代団長たちが残してきた便利魔道具だけど??」
夜食をいつまでも出来立て熱々の状態で保管してくれるお皿とか、眠気を覚ます奇怪な音を出す魔道具とか。
歴代の魔術師団団長たちが、少しでも自らの仕事環境を良くしようと、自作したり集めたりした魔道具のコレクションである。
もしかしてギルたち、今までずっとこの壁の収納に気付かなかったのだろうか?
こんなに便利な物を今まで使えなかったなんて、可哀そうに……。
真剣な表情で近付いてきたギルは、そっと私の両肩を掴んだ。
「団長室に関して他にもお持ちの情報があるのなら、すべて僕に教えてください!! 今すぐに!!!!」
「う、うん。わかった」
というわけで、バーベナの頃に出来なかった、団長室の引継ぎをすることになった。
▽
バーベナは団長室が保育所代わりだったし、上層部に入ったのも早かったので団長室への出入りが多かった。
だがギルは上層部のほとんどが亡くなってから繰り上げで副団長に就任したし、戦時中は戦場から戦場への移動ばかりで、王都に戻ること自体が少なかった。バーベナの団長就任の時にガイルズ陛下と謁見した時くらいだったと思う。
しかも私が団長室の鍵を持ったまま自爆したせいで、長い間、団長室を開かずの間にしてしまった。いろいろと便利な機能を隠し持つこの部屋のことを、すべて把握出来ていなくても仕方がない。
私は一つひとつ、ギルたちに教えていった。
「この辺りの床板の上で一人でダンスを踊ると、地下収納の扉が出てくるんだ。古代魔術の中でも特にヤバい人体実験とかの資料が隠されてる。闇魔術系のえげつない魔道具なんかも。知らずに一人踊っていたら危なかったね、ギル」
「僕は一人で踊る習慣がないので、ずっと大丈夫だったと思います」
「あ、危なかったわ……っ!! アタシ、昨日その床の上でメルと一緒に美容に効くダンスを踊ったのよ~!!」
「メルと二人で踊って良かったですね、ペイジ様!」
「本当にそうよねぇ~」
他にも、泊まり込み用の寝具が収納されている場所や、貰いものの良いお酒が仕舞いこまれている場所や、引き出しを順番に開け閉めすると現れる隠し引き出しや、天井裏の金庫なども教えた。
「これで全部でしょうか、オーレリア?」
「最後に一番重要なのを教えるね。説明するより、実際に作動させて理解してもらった方が早いかな。えいっ!」
私は執務机の裏側に隠された、起動スイッチを押す。
すると魔術師団の建物全体がぐらぐら揺れ始め、地響きのような音が聞こえ始めた。
ギルは慌てて私を抱き込み、私の頭を胸元に押し付ける。とっさのギルの行動にうっかりキュンとした。
だが、メルさんが「きゃあっ!」と悲鳴を上げ、ペイジさんが慌てて彼女を庇っている様子を見て、自分の説明不足に気付いてしまった。
「ごめんね、メルさん、ペイジさん! 揺れるよって最初に言っておけば良かったね」
「オーレリア! これは一体、何を起動させたのですか!?」
「魔術師団の〝建物〟を起動させたの。この建物自体が魔道具だから。敵に攻め込まれた時に使う、最終防衛手段だよ」
「建物自体が魔道具!? 最終防衛手段ですか!?」
「五年に一度くらい起動させて、防衛訓練をしていたんだけれど。ギルが入団してからはやる機会が無かったんだよねぇ~」
喋っている間に、建物の揺れが治まった。
私はギルの腕の中から抜け出し、皆にわかりやすいように扉を開ける。
開いた扉からは廊下が見えたが、その向かいには、エントランスにあったはずの受付カウンターが出現していた。
先ほど会った受付のお姉さんが目をパチクリさせて、「え? とつぜん揺れたと思ったら、どうして団長室が目の前に~?」と驚いている。
「こんなふうに、建物内の部屋がシャッフルされるの。起動停止させれば、部屋の位置は元に戻るよ」
「なるほど。攻め込んできた敵を、かく乱するということですか」
「たまにこの訓練をしないと、団員たちも混乱するんだよねー。一定時間が経つと、また部屋がシャッフルされ続けるから」
「それは確かに、定期的に防衛訓練をしておいた方がいいですね」
ギルはそう言って顎に片手を当て、頷いている。どうやら今後の訓練について考えているらしい。
ペイジさんとメルさんは廊下の様子を何度も確認し、「建物自体が魔道具って!! まったく気が付かなかったわ!!」「調査のし甲斐がありますね、ペイジ様!!」と二人で瞳を輝かせている。新しい研究材料にわくわくしているご様子だ。
「今日は試しに作動させてみただけだから。防衛訓練はまたの機会にしっかりやってね~」
私は執務机に戻り、建物の動きを停止させようとスイッチを押した。
――カスッ。
あれ? スイッチの押し心地がなんだか変だ。空振っているような感じがする。
何度スイッチを押しても、起動停止にならない。
「……長年使われてなかったから、もしかして壊れた?」
恐る恐る呟いた私の言葉は、こちらに注目していたギルたちにの耳にももちろん届いたようだ。三人とも真顔になっている。
そしてまた建物が揺れ始め、二度目のシャッフルが始まろうとしていた。




