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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第5章

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91:ペイジさんの憧れの人



 頭を抱えているうちに、団長室に到着した。ここで副団長のペイジさんが、ギルの代わりに団長の仕事をしているそうだ。

 ギルがノックをすると、内側から若い女性の声で「はい」と返答が聞こえてくる。ペイジさんの弟子である、メルさんの声だ。


「ギル・ロストロイです。ペイジさんはちゃんと団長代理の仕事をしておられますか?」


 ギルが名乗った途端、扉が内側から勢いよく開いた。

 扉を開けたのはもちろんメルさんだった。彼女は今日もピンク色のボブヘアーに、ピンクメイド服の上からローブ羽織るという愛らしい格好をしていた。


 だが、メルさんの瞳は獲物を狙う狩人のようにギラギラしており、すでに杖を構えていた。

 そして団長室の奥にある執務机では、濃いクマを目の下に飼っているペイジさんが椅子から立ち上がっている。


「ペイジ様!! ロストロイ団長様がいらっしゃいましたよ!! 捕獲して椅子に縛りつけて真夜中まで働かせましょうね!!」

「素敵な計画だわ、メル!! やっておしまいっ!!」

「メル、頑張ります!!」


 メルさんは勢い込んでギルに杖を向け、魔術式を展開しようとする。

 だが、ギルは杖も抜かずに速攻で蔦魔術を展開すると、あっさりとメルさんを捕縛した。瞬殺だった。


 ギルは眉間にしわを寄せ、溜め息を吐く。


「はぁぁ……。二人とも遊んでいないで、ちゃんと仕事をしてください」

「息抜きにちょっと体を動かした方が仕事の効率がいいのよ! ねー、メルっ!」

「はい、ペイジ様♡」


 メルさんは自力で蔦魔術を解除すると、ペイジさんの方へ戻って行った。どうやら挨拶代わりの茶番だったらしい。


 ペイジさんは私に視線を向けてにっこりと微笑んだ。ペイジさんは今日も今日とて美しく派手な女装をしており、それがとても似合っていた。


「いらっしゃい、オーレリアちゃん。王都に戻って以来ね。元気にしてた~?」

「はい。おかげさまで」


 ギルから魔術師団の激務について聞いたばかりなので、ペイジさんとメルさんに対して「お二人は元気でしたか?」と尋ねる勇気はなかった。

 私はただ同情を込めて二人に微笑んだ。


「それで、ギル団長。今日は夫婦そろってどうしたの? 団長室に忘れ物でも取りに来たとか? ついでにオーレリアちゃんに建物見学でもさせてあげてるの?」

「僕たちは今日、ガイルズ陛下との謁見で登城したんです。魔術師団に立ち寄ったのは、貴方にこの書類を渡すためです」


 ギルはそう言って、ガイルズ陛下から渡された魔道具の資料を机の上に置いた。


「オーレリアにはめられた腕輪型魔道具の設計図や資料が、トルスマン皇国から届いたそうです。こちらの調査を貴方にお願いしたいのですが」

「まぁっ! こんなに面白い調査を持ってきてくれるなんて、ギル団長最高ね! アタシとメルに任せてちょうだい!」

「もちろん団長代理の仕事も、投げ出さず逃げ出さず忘れずにお願いしますね」

「わかっ、分かってるわよぉ……っ! 無駄なプレッシャーをかけないでちょうだい……っ!」


 ペイジさんは笑いながらも、涙目で頷いた。


 私たちは執務机の傍にあるソファセットへ移動し、向かい合って腰を落ち着けることにした。

 なんとも懐かしい場所だ。

 ばーちゃんが団長だった頃、バーベナはこのソファセットで魔術書を読みふけったり、団員たちとおやつを食べたりした。

 グラン団長の頃も、よくこのテーブルで始末書を書いたなぁ。爆破魔術で壊した物の数だけ、『もう二度としません』と誓ったものだ。誓いを守るということは、それほどに難しいものである。


 そんなふうにたくさんの思い出が詰まった私の大切な場所を、私の知らない人たちが一生懸命に受け継いでいて、廃墟にならずに今もまだ呼吸をしている。私はそれがとても嬉しい。


 一人しみじみ頷いていると、ペイジさんが「あら、なぁに? オーレリアちゃんったら、なんだか郷愁を感じてるみたいな顔しちゃって」と笑う。


「団長室がご実家の部屋にでも似てるの?」

「いえ、この団長室が前世の実家みたいなものでして」


 私は今はオーレリアとして地に足を付けて生きているので、前世のことをギル以外の人に理解してもらえなくても構わない。

 けれど、結婚前の私は前世のことを引きずり、バーベナとしての意識の方が強かったので、「私の前世はバーベナ魔術師団長です!」と言い張っていた。そしてチルトン家のみんなから「あー、はいはい」という、ひじょうに雑な対応を受けて終わった。

 その頃の癖というか、名残というか、他人に前世を打ち明けることに躊躇いを感じず、隠す必要性も分からず、この場で口にしてしまった。


 まぁ、どうせペイジさんもメルさんも、私の前世話など信じず、私を変わり者扱いをして終わるのだろう。他の人たちと同じように。


 そう思ってお二人に視線を向けると、ペイジさんとメルさんはとても真剣な表情でこちらを見ていた。


「前世? 初めて聞く説ね? アタシ、知らないことはなんでも知りたいタチなのよ。もっと詳しく話してちょうだい、オーレリアちゃん!」

「メルが書記を務めます。さぁオーレリアさん、ペイジ様の知識欲のためにしっかりとお話ししてください!」


 二人の予想外の反応に、私は思わず隣のギルに視線を向ける。


「なんか、私が思っていた反応と違うんだけれど、どういうこと……? いつものように不思議ちゃん扱いとかされるかと思ったんだけれどな……」


 真正面から受け入れられると逆に戸惑ってしまう私に、ギルがふわりと柔らかく笑んだ。


「魔術師団が曲者ぞろいなことは、貴女も昔からよくご存知でしたでしょう?」

「そう、だね……。そうだったねぇ」


 それに霧の森でも、私が「守護霊が見える」と結構おかしなことを言っても、あの場に居た全員はあっさりと受け入れてくれていた。

 リーナとウィルは子供だからというのもあるかもしれないが、ペイジさんもメルさんも私の発言を信じてくれていた。


 私がまたチラリとペイジさんとメルさんに視線を向けると、二人ともすっかり話を聞く体勢を整えている。


「ギルも可愛い部下に恵まれたんだねぇ」

「非常に手はかかりますが」


 ギルはそう言って眉間にしわを寄せて見せたが、それが上辺だけの悪態でしかないことはよく分かった。





「ええ~っ!? オーレリアちゃんって、バーベナ元魔術師団長だったの!? アタシ、すっごいファンなのよぉ。ねぇねぇ、サイン書いてちょうだいよ!」

「オーレリアさん、こちら色紙とペンです。ペイジ・モデシット様へって書いていただいてもよろしいですか?」

「うん、いいですよ。『オーレリア・バーベナ・ロストロイ』……」

「違うわよ!! バーベナ団長としてのサインよ!! ギル団長の嫁としてじゃなくって!!」

「あっ、そっか」

「書き損じはメルが回収しますので、もう一枚新しい色紙をどうぞ」

「ありがとう、メルさん」

「むしろ書き損じのサインは僕がいただいてもよろしいですか? 記念に」

「なんの記念なんだ、ギルよ?」


 よく分からないが、ギルはメルさんから私の失敗したサインを受け取って、ほくほくとした表情になっていた。まぁ、夫が満足しているならばどうでもいいか。


 ペイジさんもバーベナのサインを受け取って満足げな表情をし、そんなペイジさんを見つめるメルさんも幸せそうな表情をしている。幸福の伝染だ。


「ありがとうね~、オーレリアちゃん。アタシ、重度のリザ元団長のファンで、孫のバーベナ元団長もとっても推しなのよ~」

「うちのばーちゃんのファン? ペイジさんって、うちのばーちゃんに会ったことがあるの?」

「ご本人にはお会いしたことは無いんだけどぉ」


 そう言ってペイジさんが話してくれたのは、彼の故郷の話だった。


「アタシが生まれたのは、リドギア王国の国境近くにある山間の村だったの。林業と農業で生計を立てているだけの本当に小さな村でね、領主館のある街中とは比べることも恥ずかしいくらいに不便な生活だったわ。

 でも、村にはたった一つだけ素敵なものがあってね。リザ元団長が国境沿いにかけた美しい結界魔術を間近で見られたのよ」


 ペイジさんは桃色に染まった頬に手を当てて、うっとりとした表情になった。


「まるでシャボン玉の表面みたいに、光の加減で何色にでも輝く結界魔術の膜を、子供の頃のアタシは飽きもせずに見上げていたわ。しんしんと冷え込む冬の夜に、星空を透かして見せる緑色の輝き。夏の朝日に照らされた、ピンクとオレンジのグラデーション。どの季節の、どの瞬間の色の美しさも、アタシ、忘れられないわぁ……」


 小さな頃のペイジさんが、ばーちゃんのかけた結界魔術の美しさに魅入っている姿が頭に思い浮かんだ。

 華やかで刺激的なことの少ない田舎の小さな村で、ばーちゃんが張った結界魔術はどれだけ彼の心を強く揺さぶったのか。なんとなく想像出来た。


「だけれどある日、結界魔術の膜が消えちゃって……。リザ元団長の訃報が街から届いたわ。

 そしてその半年後には戦争が始まって、国境沿いのアタシたちの村は真っ先にトルスマン皇国の兵士たちに奪われた。アタシは命からがら逃げて逃げて、……最後には一人で逃げて、王都まで辿り着いたってわけ」


 ペイジさんは湿っぽい話にならないように、わざと明るい声を出して笑っていた。

 それでも聞いている私の喉の奥がキュッと狭まり、痛くなる。鼻の奥がツンとする。


 もうとっくに終戦したはずなのに、戦争が終わらない。

 戦闘が止んでも、平和条約が結ばれても、一度始まってしまった戦争は人々の心や体を死ぬまで蝕み続けて、終わることが無い。なんて厄介なものなのだろう。


「だから、あの大規模結界魔術を張ってくださったリザ元団長はアタシの永遠の憧れだし、終戦のきっかけを作ってくださったバーベナ元団長は、アタシの英雄なのよ」


 ペイジさんはそう言ったあと、決意のこもった眼差しでこちらを見つめた。


「アタシの夢はね、あの村で見たリザ元団長の結界魔術を復活させること。そしてそれを永続的に維持することなの。そのことでギル団長と意気投合して、共同研究をしているわ」


 その話は先ほど廊下でギルから聞いた話と同じだったが、ペイジさんの故郷の話を聞いたあとなので、より一層重みを感じた。


「だから新婚のオーレリアちゃんには申し訳ないけれど、ギル団長の帰りが遅くなってもあんまり怒らないであげてね? 浮気しているわけじゃないから。ギル団長、見るからにオーレリアちゃんにベタ惚れだから安心してね」


 ペイジさんが私に特に伝えたかったのは、その部分なんだろう。なにせ私はギルの嫁だし。夫の仕事や帰宅時間や健康を心配するのは当然のことだ。


「夫婦生活を心配してくれてありがとう、ペイジさん。ギルが仕事を頑張っているのを、私も応援したいとちゃんと思っているよ」


 けれどやっぱり、魔術師団の仕事が忙しすぎるよね。

 私に手伝えることがあれば手伝ってしまいたいけれど、現世では国家魔術師資格を取っていないので、完全に部外者だしなぁ。

 今から資格を取ろうとも思わない。オーレリアの私にとっては、ロストロイ魔術伯爵夫人であることの方が大事だからだ。

 何か良い解決方法は無いものか……。


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