90:魔術師団へ
魔術師団の建物に到着すると、お久しぶりの受付のお姉さんである。
ギルは受付の前まで私をエスコートすると、
「妻のオーレリアです。もし彼女が魔術師団を訪ねてくることがあれば、僕のもとまで連れて来て下さい」
などと、突然宣言した。
どうやら私が結婚前に門前払いされたことについて、もう二度と起こらないように対処してくれたつもりらしい。
受付のお姉さんは一瞬びっくりしたようにギルを見上げたが、すぐに笑い出す。
「ええ、団長。ちゃんと存じております。オーレリアちゃん、久しぶりね~。無事にロストロイ団長と結婚したのね」
「お久しぶりです、お姉さん! 結婚前はお騒がせしましたー!」
結婚前にギルと会おうとして何度も魔術師団に通った結果、私は受付のお姉さんと仲良くなったのである。
最初の頃は私のことをギル狙いのご令嬢だと思って門前払いをしていたのだが、最後の方では、お姉さんの昼休憩に待ち合わせして、城下の食堂で一緒にカマトロ定食を食べるほど仲良くなった。
お姉さんはお酒もいける口らしく、「昼じゃなかったら、このカマトロでお酒を飲みたいわ」と言っていて、話が弾んだ。あの日はすっごく楽しかったな~。
ギルはあんぐりと口を開け、私を見て、次に受付のお姉さんを見て、もう一度私を見た。
「どういうことなのですか、オーレリア!? 先ほど彼女に門前払いされたとおっしゃっていましたよね!?」
「門前払いされても懲りずに通った結果、ギルより先に受付のお姉さんと仲良くなったの☆」
「ロストロイ団長より先に奥様に出会ってお友達になったので~、私の方が奥様との歴史が長いですよ~」
前世の話はしていないので、ギルと私の長い縁を知らない受付のお姉さんは、ドヤ顔でそう言った。
「貴女という方は相変わらず、すぐに他人と親しくなるのですから……!」
ギルはそう叫んで、頭を抱えた。
たぶんギルが友達を作らなすぎるだけである。
「じゃあ今日はオーレリアちゃんは、団長と魔術師団の見学に来てくれたのね?」
「ギルがペイジさんに書類を届けるのに同行したんだけど、魔術師団見学も出来たら嬉しいな」
「ペイジさんならメルちゃんと一緒に、団長室で代理として頑張っているところだと思うわ」
ギルが苦悩している間に、私はお姉さんと楽しくお喋りをする。
「最近は一月に五人くらい、ロストロイ団長の奥様を名乗る人が受付にやって来るのよぉ」
「うわぁ、それは大変だね」
「そうなのよ~。撃退するのが本当に一苦労で。自称愛人も来るのよ。こっちは月に三人くらいね」
貴族なら許可が無くともこの辺の敷地に入れるので、受付のお姉さんもご令嬢やご夫人相手に相当苦労していたのだろう。
受付の業務って、思った以上に過酷なんだな。変な人に対応しなければいけなくて。
この話題には我慢ならなかったのか、ギルが横から話しかけてくる。
「僕に愛人なんていませんからね、オーレリア!?」
「分かってるって、ギル。きみが恋愛にそれほど不誠実な男なら、私がきみに惚れることもなかったから。愚直なギルが私は好きだよ」
「オーレリア……!! 僕も貴女が大好きです!! いつまでも愚直な僕でいます!!」
愚直永久宣言もどうなんだ? とは思ったが、まぁいいや。
受付のお姉さんは「あら、ロストロイ団長とも仲良しになったのね、オーレリアちゃんったら」と笑った。
次は差し入れを持ってくることをお姉さんに約束してから、私とギルは建物の奥へ進むことにした。
一歩進む度に、懐かしい光景がつぎつぎに現れる。
まっすぐに伸びる廊下、同じ扉が等間隔に並んだ個人研究室、奥の壁には魔術師団のシンボルである『世界樹と魔術師の杖』が刺繍された旗が飾られている。ここらへんはちっとも変わらないなぁ。
けれどバーベナがいた頃とは違い、廊下ですれ違う団員はほとんどいない。
「団員の半数が出張に出ております。現在建物内に残っている団員たちは、バーベナがいた頃の三分の一ほどの人数でしょうか。とても静かな環境です」
「本当に少ないねっ!? そりゃあ、激務になるわけだ……」
バーベナの頃は戦後復旧作業もなかったし、人数もいっぱいいたから、本当に好きなように研究に明け暮れていられなぁ。
そんな私の考えを見透かしたように、ギルが首を横に振る。
「人手が足りないことも勿論大問題なのですが、問題はそれだけではありません。上層部が全員殉職された結果、上層部が蓄えていた知識が下に継承されなかったことも、大きな問題になっているのです」
「うわぁぁぁ……!」
例えばモンスター討伐の際に弱点を知らずにモンスターに挑むのと、あらかじめ弱点を知った上で戦うのでは、討伐にかかる時間がまったく違う。
魔術研究でも、過去にほかの魔術師が行った研究を参考に出来れば、省ける作業も出てくるわけで。
先達の知恵のあるなしで、人類の進歩のスピードは全然違うわけである。
どいつもこいつもあっさりとヴァルハラに逝きやがって!!
後輩たちがこんなに苦労しているのに、きっとあの人たちは今頃、蜂蜜酒を浴びるように飲んでるんでしょ!?
信じられない先輩たちだ!!
「いや、でも、おひぃ先輩やボブ先輩の研究室に資料とか残ってたんじゃないの!? 私やばーちゃんの論文とかは、ギルが持ってるって言ってたし!」
「……オーレリア、僕が以前、貴女に言った言葉を正確に覚えていらっしゃいますか?」
「へ?」
ギルは銀縁眼鏡のツルに指を当て、くいっと位置を直しながら言った。
「『貴女の自室に残されていた書物や論文はすべて僕が引き取りました。貴女が保管していた、リザ元魔術師団長の研究資料なども』と」
「え、あ、うん……? 私の研究室に残っていた物の話だよね?」
「違います。貴女がリザ元団長と暮らしていた王都のご実家の、自室の話です」
「は!? じゃあ私の研究室にあった大量の資料はどうなったの!?」
「消えました」
ギルは端的に答えた。
「戦争が終わって、ようやく殉職した団員たちの研究室を整理しようという話になり、それぞれの研究室の鍵を開けたところ――……すべての論文、研究資料が消失しておりました。唯一残っていたのは、それぞれが暮らしていた自宅や寮の部屋に保管されていた分だけでした」
「……一応聞くけど、泥棒が入ったって話じゃないんだよね?」
「はい。この建物には『盗人呪いの魔術式』が施されておりますから」
「…………」
確かに古い建物だし、殉職した連中の私物とかちょっと念がこもっている感じはするけれど。
まさかそんな怪談が起きるとは、思いもしないじゃん?
私は『殉職者たちの研究資料消失事件』に、頭を抱えた。




