88:ガイルズ陛下と昼食
本日はいよいよ、ガイルズ陛下に本を手渡しに行く日だ。
私は全身ギルのコーディネートで登城する。
白い三月兎の毛皮を使ったふわふわのケープと、ライトグレーの厚手の生地で作られたフリッフリドレスを着用し、オリーブグリーンの髪をいつものようにハーフツインテールにして白いポンポンを付けさせられた。
ギル曰く「僕の冬の妖精さん」がテーマだそう。
冬の妖精って何だろう……? と思いつつ、余計なことは一切言わない私、とっても偉いね。
とっても偉いから、今夜はご褒美にいつもの倍はお酒を飲んでもいいだろう。いいに決まっている。
「よく来たな、オーレリア、ギル!」
案内されたのは謁見の間でも応接室でもなく、王族専用の食堂だった。
ガイルズ陛下のほかには宰相様が控えているだけだった。今日は正妃様や側妃様はいらっしゃらないらしい。
陛下は私の視線の動きで考えていたことが分かったらしく、「正妃も側妃も、なんなら愛妾たちも王子も王女も忙しくてさぁ。昼食はべつで取るっつってたぜ」と答えた。
陛下には正妃様とのあいだに王子と王女が合わせて三人、愛妾のお二人にそれぞれ王子と王女がいらっしゃる。
トルスマン皇国から嫁入りした側妃様との間にはまだ御子はいらっしゃらないが、すでにリドギア王国の王太子は決まっているので、気長に構えていてもいいのだろう。
というか、ロストロイ魔術伯爵家の跡取り問題の方が、陛下たちから見れば大問題だろうし。
「じゃ、メシの前にまずはクァントレル男爵家の本を貰おうか。オーレリアが持ってるその本か?」
「はい、ガイルズ陛下。これこそが、クァントレル男爵家の元侍女長が、トルスマン皇国兵に占領された屋敷から危険を冒して持ち帰った、とっっっても貴重な本ですよ!」
「すげーな、その元侍女長。まぁ、それだけクァントレル男爵が好かれていたってことだよな。確かにあいつ、いい奴だったもんな」
「陛下はクァントレル男爵と仲が良かったんですか?」
ガイルズ陛下は私から青黒い革の表紙の本を受け取ると、その表面を撫でながら小さく笑った。
「俺は戦時中にクァントレル男爵にかなり無茶を言っちまったんだけどさぁ、あいつも領民も不眠不休で働いてくれたおかげで、大量の武器が製造出来たんだ。おかげでリドギア王国は戦うために立ち上がることが出来たんだぜ」
あの戦争の傷は、いつもちゃらんぽらんな表情ばかりを見せるガイルズ陛下の中で今もまだ、血を流し続けているのかもしれない。
絶対に守られなければならない象徴として玉座に座り、多くの国民が武器を取って戦っては死んでいくのを、伝令や報告で聞き続けたガイルズ陛下。
私がその立場だったらと、考えることも怖くなる業が陛下の両肩には乗っている。
今も戦後の後処理のために玉座に座り続けるこの御方ならきっと、クァントレル男爵家の本をきちんと次代に引き継げるよう手配してくださるだろう。心からそう信じることが出来た。
私に本を託してくれたお婆さんの気持ちに報えて、ホッとする。
ガイルズ陛下は本を宰相様に預けてから、またいつものように大きな口を開けて笑った。
「霧の森での話を聞かせろよ。オーレリアが記憶喪失になったって聞いたけど、マジで?」
宰相様が合図をすると、給仕が食事を運んで来る。
先ほどの一瞬の寂しさは塗りかえられて、楽しい昼食が始まった。
▽
昼食のメニューは、なんと芋煮だった。
一時は城の料理人集団に狙われ、魔術師団長室の金庫に厳重に保管されていたボブ先輩のあの至高のレシピが、その重みも分からないギルの手によって料理人集団に譲り渡されたと聞いた時には、目の前が真っ暗になったが――……。
今こうして再びその味を堪能出来ることになるとは、運命というものは本当に分からないものだ。
フォークとナイフをちょっと沈めるだけで、ねっとりと切り分けられる里芋の柔らかさ。口の中でホロホロとほぐれていく特上牛肉。その牛肉の味がしみ込んだスープに浮かぶキノコやネギ……。
じつに懐かしいボブ先輩の味だ。
うん。私、美味しければ、作り手がボブ先輩じゃなくてもいいや……。
たいへん満足のいく芋煮を食べながら、ガイルズ陛下といろんなお話をした。
フェンリル封印に関することもそうだし、私たちから見た旧クァントレル領の復興具合や、飲んだ地酒のこと。さらに話は飛んで、トルスマン皇国大神殿に関することも。
「大神殿の奥に隠し部屋があってさぁ、そこに結構なお宝が山になってたぜ。アドリアンのクソジジィ、信者たちからかなり献金されていたみたいだな。クラウスのやつがお宝の山を見て、度肝を抜かれていたぜ。『こんなにお金があったなら、神殿からの孤児への支援をもっと手厚く出来たはずなのに! 昼食を配るとか言って子供たちを集めて、読み書きを習わせたりとか……』だってよ。あいつ、すぐにぴえんぴえん泣くわりには、なかなか良い大祭司になりそうだよなぁ」
「クラウス君ならきっとなれますよ! とっても心の優しい子でしたもん」
「僕のオーレリアを篭絡しようとした時点で頭の足りない青年だと思っていましたが、案外、適材適所だったようですね」
「ギルは辛辣だねぇ」
最後にガイルズ陛下が、「そういえばさぁ」とギルに低い声で話しかけた。
「そのクラウスから面白そうなもんが届いたから、ギルにやっとくわ」
「詳しいご説明をお願いいたします、陛下」
宰相様がギルの元にとある書類を運んで来る。
なんでも、クラウス君をせっついてアドリアン元大祭司の隠れ家を捜査したところ、かつての魔術兵団のものとみられる書類などが押収され、私がはめられた腕輪型魔道具の設計図も見つかったらしい。
大神殿の隠し部屋を調べたり、アドリアン元大祭司の隠れ家を調べたり。クラウス君ったら、ガイルズ陛下の手駒として大忙しだなぁ。この間まで台座のお世話係だったのに、頑張ってるんだね。
「でさぁ、そういうのは魔術師団の案件じゃん? つーわけでギル、調査よろしく~」
「承知いたしました。では、魔道具研究専門のペイジさんに依頼しておきます」
というわけでガイルズ陛下とは食堂でお別れして、私とギルはこのまま魔術師団の施設へと向かうことになった。
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