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【コミック3巻6/14発売】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第5章

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87:冬のはじめ



 旧クァントレル男爵領の森にて行方不明者を見つけ出し、フェンリルを岩場の奥に封印するという大冒険が無事に終わって王都へ帰ると。

 王都のそこかしこで、冬の気配が始まっていた。


 リドギア王国の王都ではあまり雪は降らないが、それでも冷え込む朝晩には暖炉の炎が欠かせない。

 ロストロイ魔術伯爵家の屋敷でも冬支度はすでにしっかりと備えられていて、たっぷりの薪や保存食、冬物の洋服や厚手のリネンなどが出番を待っていた。

 ありがとう、ジョージ。私とギルが世界の終わりと戦っていたあいだに日常生活を整えてくれて。君は本当に仕事の出来る執事だよ。


「オーレリア奥様、ホットワインかホットエールでもご用意いたしましょうか?」

「う~ん、ホットエールで!」

「かしこまりました」


 現在、私はギルの執務室を陣取って、溜まりに溜まった伯爵夫人としての仕事をしている。

 社交活動が長年死んでいたロストロイ家だが、私が嫁に来たのでお茶会や夜会のお誘いが増えたらしい。せっせとお手紙を読み、せっせとお返事を書く。

 あと、ロストロイ領の教会からも寄付金に関する手紙が来ていた。


「ロストロイ領かぁ」


 そういえば以前ギルから、ロストロイ領の教会の話を聞いた覚えがある。

 海と繋がっている湖の真ん中に小さな島があって、そこに教会が建てられているのだとか。潮の満ち引きで教会までの道が出来るという話だった。

 普段は船を使って教会に行くんだっけ?


「ロストロイ領はもともと王家直轄地の一つでして、湖の真ん中にある教会はそれはそれは美しい所ですよ、奥様」


 私が教会からの手紙を広げたまま物思いに耽っていると、戻ってきたジョージがそう教えてくれた。

 運んできたお盆から、私の前にそっとカップを置く。


「ホットエールありがとう、ジョージ!」


 大きめのカップの中にはホットエールがたっぷりと入っていた。ふわふわの泡の上に少しだけシナモンが振られていて、エールから立ちのぼる湯気から良い香りがする。


「あ。林檎の味がする。おいしいし、体が温まるね」

「こちらはロストロイ領名産の黄金林檎を使ったエールなんですよ」


 リドギア王国の国教は古い神話から成り立っているのだが、その国教の聖書に黄金の林檎が登場する。

 神様たちが食べる『不老不死』の源だそうだ。たぶんヴァルハラの近くにでも生えているんだろう。


 ロストロイ領にある黄金林檎は、もちろん食べても不老不死になることはない。ただのめちゃめちゃ美味しい、金色の皮をした林檎である。


 けれど何故かこの地域でしか黄金林檎が育てられず、その希少価値と美味しさから、王家が長年にわたって独占することにした。

 そして近年になって、ギルが戦争の褒賞としてその土地を貰ったというわけである。


「やっぱり、その土地ならではの名物がある領地は財政が安定するよね」


 チルトン領は無から生み出さなきゃならなくて大変だったなぁ、と思う。

 けれどお父様や領民たちと頭を悩ませ手を動かして、町興しをしたのは楽しかったな。


「ロストロイ領の名物は黄金林檎だけではありませんよ、奥様。先ほど少しお話ししましたが、教会もまた貴重な観光収入源となっているのです」

「綺麗な教会を見るために、そんなに観光客が来るの?」

「見るためだけではありません。結婚式を挙げるためです」


 ジョージ曰く、元王家直轄地だったためにその地の教会には王家からの多額の寄付金が贈られたそうだ。

 その寄付金をもとにどんどん教会を改修していった結果、王都にある大教会にも引けを取らないほど美しい建物になっていったらしい。

 王都にある大教会で結婚式を挙げられるのは、王族や上位貴族だけだ。

 私も実家がチルトン侯爵家で、嫁入り先がロストロイ魔術伯爵家だったから、大教会で挙げることになった。

 けれど下位貴族や大商家などの、素敵な結婚式を挙げたいが大教会では式を挙げることが出来ない層がいる。

 そういう人々が王都の大教会に引けを取らないロストロイ領の教会で、こぞって式を挙げるのだそう。


「元王家直轄地ですから、貴族の方々の別荘地もあります。結婚式を挙げるために人々が集まるようになり、それが少しずつ変化して、今では縁結び目的で遊びに来る観光客も増えました」

「それだけ人が集まれば、出会いもあるよね~」


 黄金林檎の名産地であり、縁結びの地である領地か。

 いつかギルとロストロイ領へ行くのが楽しみだなぁ。

 今は冬だから、道が悪くて無理だけれどね。





 本日の仕事のノルマが終わると、まだ夕食前だった。

 なので一足先にワインとサラミで晩酌をしていると、ギルが屋敷に帰って来た。

 ギルは旧クァントレル領で起きたフェンリル封印について、ガイルズ国王陛下に報告するために登城していたのである。


「ただいま戻りました、オーレリア」

「お仕事お疲れ様、ギル。フェンリル封印の報告を聞いたガイルズ陛下の反応はどうだった?」


 太古の昔からフェンリルが封印されていて、その封印が解けかけていたとか、ガイルズ陛下でもさすがに驚いただろうか?


 そう思ってギルに尋ねれば、夫は首を横に振った。


「『そんな面白そうな事件になんで俺を巻き込まなかったんだよ? ギルたちばっか、ずるくね?』とおっしゃって、宰相閣下に厳しく叱られていました。行方不明者続出の森に、誰が陛下をお連れするというのか……」


 正直、記憶喪失のガイルズ陛下とか見てみたい気もするけれどな。

 まぁ、そうするとギルの負担がさらにすごいことになっていたと思うが。


「それと、クァントレル男爵家の書物の件についてご報告があります」

「男爵家で働いていたお婆さんから託されていた本だね。王城の図書館に置かせてもらえそう? 駄目ならちゃんと裏から忍び込むけど」

「陛下から直接許可を頂いたので、忍び込まずとも大丈夫ですよ。ですが、図書館へ寄贈するより先に、陛下が本に目を通したいそうで、オーレリアに登城命令が来ています」


 ギルはそう言って、私に一通の封筒を手渡した。

 リドギア王家の紋章が入った上質な便箋には、綺麗な文字で登城命令とその日時が書かれ、その下にとんでもない悪筆で、ガイルズ陛下の署名と共に『いっしょに城のメシでも食おうぜ』と一筆が入れてあった。


 今はもう断絶してしまった男爵家の本に目を通そうとしたり、私財を投じて英霊たちのお墓を建てたり。

 高貴さはまったくないが、憎めない御方である。


「ふふっ。ガイルズ陛下とお会いするの楽しみだな~」

「もちろん僕もご一緒いたしますので。あとでオーレリアの冬物のドレスを選びましょう」

「……ワー、アリガトウ、ギル。ワタシ、アタラシイドレス、トッテモタノシミー」


 まぁ、冬ならフリフリドレスも温かくて機能的と言えなくもないような……?


 取り敢えずジョージに、登城する日を伝えておいた。


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