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9:嫁入り準備



 貴族令嬢という言葉の意味を見失って育ち、もはやチルトン領の守護神(爆弾魔)みたいな気持ちで暮らしていた私だが、十六歳になると父がふつうに縁談を持ってきた。


「私に縁談ですか? 私、王子様はちょっと……」

「安心せい、オーレリア。私もお前が王子妃になれるとは思っとらん」

「え? 令嬢なのに王子の婚約者を狙わなくてもいいのですか?」

「毎日爆破魔術をドカンドカンやって大なり小なり問題を起こすオーレリアに、令嬢の自覚があるとは私も思わなんだ」


 父はため息を吐きながら、私に一枚の姿絵を見せた。


「ギル・ロストロイ魔術伯爵、歳は今年で三十二歳だ。歳は離れているが、オーレリアが例え魔術で屋敷を吹っ飛ばしても離縁せずにすむ相手は彼だけであろう」


 黒髪に銀縁眼鏡の美青年———かつて私の部下だったギルである。


 ギルが魔術伯爵を叙爵し、今もこの国で暮らしていることは知っていた。

 もう一度会いたいと思ってはいた。最後に彼が話したいと言っていた内容はなんだったのだろう、と気にはなっている。


 けれど私はただの令嬢だ。爵位を持っている父が偉いだけで、私個人はただの小娘である。国のために第一線で働いている魔術伯爵にお目通りを願うようなことなど出来なかった。


 ギルももう三十二歳なのかぁ、と思いつつ、疑問に思ったことを父に尋ねる。


「ロストロイ魔術伯爵の後妻になるということでしょうか?」

「いや。彼はまだ未婚だ」

「戦の功績で魔術伯爵を叙爵されるような人が、未婚だったんですか!?」

「極度の女嫌いのようでな。叙爵直後は山のような縁談が来ていたのだがバッサバッサと切り捨てていき、今ではずいぶん数も減ったようだ。一部はまだしつこいが」


 極度の女嫌いとか知らなかったよ、ギル。お前ふつうにバーベナの頃の私と喋ってたじゃないか。

 戦場では雑魚寝は当たり前だったし、食事の時にスプーンが一本しかなくて二人で使い回したときもあったんだが。

 ギルに無理させていたのかもしれない、ごめんな。


 いや、バーベナの女子力が低すぎて、ギルに女子認定されていなかっただけかもしれない。


「どうして女嫌いのロストロイ魔術伯爵が、私と結婚してくれることになったんですか? 私、正直美人ですよ。おっぱいも大きいし。見た目は完全なる女子ですよ」

「自分で言うのはやめるのだ、オーレリア」

「脅したんですか? お父様、ロストロイ魔術伯爵を脅したのでしょう!?」

「脅しなどと人聞きの悪いことを言うでない、オーレリアよ。ロストロイ魔術伯爵は少々私に借りがあると言うだけだ」

「脅したんですね、お父様、ひどい……!!」

「オーレリアがもっとお淑やかに育っておれば、王子でも公爵令息でも婚姻させてやれたわいっ!!」


 そういうわけで、私はギルのおうちに嫁ぐことになった。


 まぁ、これも貴族令嬢の役目だ。受けて立とう。

 それに私個人としては、もう一度ギルに会って話が出来るチャンスを貰えたのでラッキー、とも思っていた。





「オーレリアお姉様、お嫁に行っちゃうの?」

「嫌ですっ。ずっとチルトン家に居てください、オーレリアお姉様!」

「オーレリアおねえさまと離れて暮らすなんて、やだぁ!」


 幼い弟妹達がわらわらと私の傍にやって来ては、泣いたり喚いたり『お嫁に行かないで』と声を揃えて訴えかけてきたりと忙しい。

 私は五人の弟妹を代わる代わる抱っこしたり、おんぶしたり、肩車をして宥める。


「一番上がつっかえると大変なんだよ。特にうちのような六人きょうだいだと」

「大変なんかじゃありません! 家族はいつも一緒にいるものです!」

「いや、想像してごらん? 二十代くらいまでは長子が結婚もせず爆破魔術に没頭して暮らしていても、まだ笑って済ませられるかもしれない。でも四十代や五十代のオールドミスな私がチルトン家で爆弾狂してるところを。キツいよ? いい加減嫁に行ってよって、優しい君達だって思うようになるよ?」

「じゃあ僕達がオーレリアお姉様を邪険に思うようになってから、お嫁に行ってください!」

「その頃には若さのアドバンテージさえ失って、嫁に行けるのは奇跡になってるんだよねぇ」


 分かっておくれ。縁談がある内に結婚しないと、私はマジで結婚しない。前世でも仕事に没頭するあまりタイミングを失って、自然消滅した縁がいくつもあったんだ。私はそういう女なんだよ……。


 泣きわめく弟妹達をなだめるために庭に出て、魔術で花火を打ち上げていると、お母様がやって来た。


 私の母、獅子リーナ、あ、違う、誤字った。

 シシリーナ・チルトンは、元没落伯爵令嬢で、まだ伯爵家だったチルトン家の侍女としてやって来てたくせにお父様に一目惚れし、お手付きになろうと頑張ったあげく全て失敗したけど結婚してもらえた肉食系レディーである。


「オーレリア。貴女のウェディングドレスのデザイン案が届きました。さぁ、選びましょう」


 お母様はデザイン案の束を無表情で私に差し出した。


 侍女時代のお母様がお父様への夜這いに連敗したのは、この無表情のせいだと思う。

 常に鉄仮面なお母様が裸でベッドに潜り込んでいたって、暗殺者にしか見えないもんな。お父様、超絶怖かっただろうな。

 今では私を含め、六人も子供を生み育ててるくらい仲良し夫婦だけど。


「オーレリアお姉様のウェディングドレス!? わたしも選びたい!」

「僕もー!」

「ねぇねぇオーレリアおねえさま、わたしたちがえらんだドレス、着てくれる?」

「うん。着るよ。好きに選んでいいよ。あ、でもあんまりヒラヒラだと、爆破する時に燃え移っちゃうかもなぁ……」

「結婚式の最中に何を爆破するというのですか、オーレリア。もし仮に賊が忍び込んだとしても、オズウェル様が切り捨ててくださいます」

「じゃあ、お父様に任せます」


 芝生の上に大きなラグを広げ、弟妹達がデザイン画を広げて一生懸命に選んでいる。


 私はそんな光景を眺めながら、侍女が淹れてくれた紅茶を飲み、「この紅茶にブランデー垂らすのって有りですか?」と侍女に尋ねてみる。侍女はキッパリと「一滴だって無しです」と答えた。お酒が恋しい。


「オーレリア」

「何でしょうか、お母様」

「……ロストロイ魔術伯爵が女性嫌いだということを、私もオズウェル様から聞きました」

「心配なさらないでください、お母様。彼と男女の関係になれなくても、家族としてならきっと楽しくやっていけますよ」

「ですがそれでは、貴女があまりにも不憫です。私の夜這い技術を授けましょう」

「全敗した情報はちょっと必要ないですね……」


 お母様は無表情のまま、私の片手を握った。


「辛ければいつでも離縁して帰ってきなさい」

「お母様……」

「貴女の幸せを、私達チルトン家は願っていますよ」

「ありがとうございます、お母様」


 生まれ変わりたくなかった。ヴァルハラで遊んで暮らしてみたかった。そう思って泣いた、赤子の頃があった。

 けれどチルトン家に生まれ、チルトン領で育ったことを、私は心から幸福に思っている。私はこの第二の人生を愛している。


「私、ちゃんと幸せになります。正しく勇敢に生き抜いて、最期の瞬間も胸を張れるように」


 そんな私の人生にギルがくっついてくるのなら、彼のこともちゃんと大切にしよう。

 私はそう思った。





 弟妹達が選んでくれたウェディングドレスが完成した。

 なんでもギルが支度金をたくさん寄越してくれたらしく、最高級の生地や刺繍糸が使えたらしい。お陰ですごくきらびやかな衣装になった。チルトン産のダイヤもふんだんに使ったしね。

 結婚式は来月、王都の大教会で行われる予定になっている。

 だがせっかくなので、私はウェディングドレス姿を領民達にお披露目することにした。


「オーレリアお嬢様、あんた、本当に侯爵家のお姫様だったんですねぇ!」

「やれば出来るじゃないですか、お嬢様!」

「そうやっていると、まともな美人に見えますよ、オーレリアお嬢様!!」


 お別れ会と称し、チルトン領主館前で開かれた立食パーティーで、微妙に失礼な誉め言葉をたくさん貰った。

 きっと皆、不敬罪って言葉を知らないのだろう。チルトン領って田舎だし。


 歌ったり踊ったり、子供達と宝探しゲームをしたり。この日の為に王都から呼んだ念写の魔術師に、チルトン家の集合念写や領民との念写をいっぱい撮ってもらったりした。


「旦那が浮気をしたらケツを爆破してやれよ、お嬢様」

「オーレリアお嬢様が居なくなると、チルトン領も静かになっちまうねぇ……」

「ある日爆破で丘が消えていた、とかの事件も、もう無くなるんだろうなぁ……」


 皆でしんみりしつつ、最後は三万発の花火を魔術でバンバンと打ち上げた。結局ウェディングドレス姿で魔術を使っちゃってる私。

 まぁ、多少焦げたとしても、結婚相手ギルだから怒らないでしょう。いえ、怒らないでください。


「皆、今まで本当にありがとう」


 十六年間暮らしたチルトン領での日々を、私は決して忘れないだろう。


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