82:vsフェンリル①
「最後に見たときより落石が増えてるね」
「霧の量も昨日の比ではないですね。オーレリアが再び記憶喪失にならないよう、僕が絶えず結界魔術を展開しておきますのでご安心を」
「ありがとう、ギル~」
『夫婦になっても相変わらずギルのことを尻に敷いてるんだな、バーベナ』
「ボブ先輩、私の名前はオーレリアなんで! そろそろ脳内の名前変更手続きをよろしくお願いしますっ!」
『しゃあーねぇなぁ』
私とギルは守護霊ボブ先輩と共に、ふたたび森の奥の岩場へと舞い戻って来た。決戦の時である。
〝神を屠る狼〟――フェンリル。そいつが太古の昔に大神様によって封印されて、岩壁の扉の中にいるらしい。地上に下りて来て管理するのが面倒なので、この地の人間に二十年に一度『銀の鎖』を交換させて封印を維持していたのだとか。
よくぞ太古の昔から旧クァントレル男爵まで管理が続きましたね。もはやアッパレですよ。
『フェンリルは死者の国の軍勢の一匹だからな。悪さしないように地上に封印してるんだとよ。もし封印が完全に解けると――』
「解けると?」
『ヴァルハラと死者の国の全面対決が始まって、地上が終わる』
「物騒な話ですね!?」
あれ? 悪いことをしないように封印されていた、って……。
「もしかしてラジヴィウ遺跡に居た、竜王のアンデッドって……」
『あのドラゴンも悪さが酷くて、死者の国の軍勢に取り込まれちまってたから、大神様が封印したらしいぜ。なぜか呪いで死んで、アンデッド化しちまったらしいけどな』
「クリュスタルムの怨念すごいなっ!?」
『地上にはそういう封印がゴロゴロあるんだとさ』
そういうものは、せめて地上じゃなくヴァルハラに封印してくれませんかね?
危険なものとか汚いものとか縁起の悪そうなものって、生活区域内に置いておきたくないから仕方がないんですかね?
『大神様はまだ地上の終わりを望んじゃいねぇ。つうわけで、躾のなってねぇ犬っころをきちんと封印すっぞ!』
作戦はいたって単純。
魔道具作りが専攻の国家魔術師であるペイジさんとメルさん師弟と、魔道具師見習いのリーナとウィルの四人が、『銀の鎖』を超える最強の封印魔道具を作り、フェンリルを封印する。
そして私とギルとボブ先輩の三人は、フェンリルをボコボコにして、ペイジさんたちの制作時間を稼ぐ!!!!
『名付けて〝漆黒の封印~愚かなる闇の獣よ、偉大なる俺様に赦しを乞うてももう遅い~〟大作戦だぜぇぇぇ!!!!』
「(作戦名ダサすぎるけど)えいえいおー!!」
「すみません、オーレリア。カラドリア先輩のお言葉を通訳していただいてもよろしいですか? 急に腕を振り上げられると驚いてしまうので……」
ボブ先輩命名の作戦名を教えてしまうと、ギルの別方向にダサいセンスを刺激してしまいそうなので、私は黙秘を貫いた。
▽
岩壁と岩壁の隙間の道は、落石で塞がっている。ギルは土魔術を使い、落石の上に新たな道を作った。
「強度の問題でこの道は長くは使えませんが、ペイジさんたちがこちらへやって来るときには問題なく使えるでしょう」
「ペイジさんたちの分の馬も小屋に置いて来たから、魔道具が完成したらすぐに届けられるでしょ」
というわけで、やたらと上り下りの多い道を私とギルは馬で進む。ボブ先輩は肉体を持たないので、ピューッと上空を飛んで行った。
そして、フェンリルが封印されている岩壁の扉の場所まで無事に辿り着いた。
巨大な扉に掛けられた『銀の鎖』は、昨日よりもさらにゆるんでいた。フェンリルはかなりの巨体らしく、まだ鼻先も出てきていないようだが。大の大人でも通れるほどの隙間が扉と扉のあいだに出来ていた。
〈……また来たようだな 死者の国に属する人間よ!!〉
フェンリルの声が扉の奥から聞こえてくる。
〈さぁ ここから俺を出せ!!!! 神の喉笛を噛み切ってやる!!!! それがこの俺の使命だ!!!!〉
「その使命はまだまだ当分先のことだよ、狼さん!! あと一万年はおねんねしてていいからね!!」
私は自分の手首に触れる。そこにミスリルと大粒の虹神秘石で作られた、超弩級の危険物が嵌ったままであることをしっかりと確認した。
ちなみにこの腕輪は、ここに来る前にペイジさんに色々確認してもらった。
ペイジさんは腕輪を一目見た瞬間「なんて最高の魔道具なのぉぉ♡」と、野太い悲鳴を上げた。
「こんなに複雑な魔道具を見たことがないわ!? あら、魔力消費率がとっても低いのね! それで自分の魔力の最大値を軽々と超えられるわけ!? いやーん♡ すっごぉーい♡ アタシィ、ゾクゾクしちゃうわ!」
「あのぉ、それでこの腕輪、ペイジさんなら外せそう?」
「ええ、簡単よぉ! アタシ、これでも魔道具に関しては結構天才なの」
ペイジさんはうっとりとした目付きで腕輪を撫でながら、こう言った。
メルさんはそんなペイジさんを見つめながら、「さすがはペイジ様ですわ」とおっとりと呟いていた。
「この腕輪はオーレリアちゃんがフェンリルと戦うためにまだ必要でしょ? だから、いまはまだ外さないわ。そのときが来たらちゃんと外してあげる」
そういうわけで、この腕輪を外す目処も立っている。
安心して爆破出来るぞ!
『じゃあ、俺様が先に扉の向こうに入るぜ。そして闇魔術で、俺様支配下の領域〝黒夜の匣〟を作る。〝黒夜の匣〟の中でなら、お前がどんだけ爆破しようと地上にはまったく影響が出ないからな』
「さすがボブ先輩~!」
『そんでギル、お前はフェンリルの攻撃からオーレリアを守れ』
私は破壊しか出来ないので、防御をよろしくお願いします、旦那様!
私がそう伝えれば、ギルは銀縁眼鏡に指を添えて頷いた。
「もちろんです。妻を守るのは夫として当然のことですので」
さぁ、扉の向こうへ突入だっっっ!
▽
岩壁の巨大な扉を潜りぬければ、そこはすでにボブ先輩支配下の闇の領域になっていた。
インクのように真っ黒い空には絶えず流星群が流れ、遠くの方ではどこの城かもわからない廃城がそびえ立つ。廃墟には赤いつる薔薇が生い茂っていて退廃的な雰囲気だった。
そして私とギルが立っている場所は、巨大な円形闘技場の中心だった。
タイルが敷き詰められた楕円型のアレーナは広く、小さな集落ならすっぽり入りそうだ。
こんな巨大空間を作り出してしまうなんて、さすがはボブ先輩である。
アレーナの周囲には階段状の観客席がある。もちろん席には誰もいないが、代わりにたくさんの蝋燭に火が灯っていた。しかも蝋燭の形がドクロで、炎の色は紫だった。おどろおどろしい。どこまでもボブ先輩の趣味が炸裂している。
「円形闘技場ですか。カラドリア先輩は猛獣対決をイメージされたようですね」
「もっとほかに突っ込むところあるよね、ギル? あのドクロの蝋燭とかさぁ、炎の色とかさぁ」
「非常にめずらしいですよね。王都では見かけたことがありません」
ギルは銀縁眼鏡に手を添えて、淡々と答えた。本当に「めずらしい」以外の感想は無いらしい。
『どうだ、オーレリア。俺様の〝黒い匣〟は? 本来は闇魔術で作られた黒い天井と地面と壁の正六面体の空間だが、その上に術を重ねてこの景色を生み出してるんだぜ。すっげぇカッケーだろ?』
「えーっと、とてつもなく高度な魔術だと思いました!」
『だろ、だろ!? 俺様の闇魔術はスゲーんだよ』
前回、腕輪の暴走でばーちゃんとおひぃ先輩とジェンキンズが駆けつけてくれたことを私は思い出す。
もしかしてあのときボブ先輩が来てくれれば、私たちはあれほど苦労せずとも済んだのではなかろうか?
私はその真実に気付きかけたが、思考を無理やり追い払い、忘れることにした。
〈……お前たちは馬鹿なのか? 扉の内側に入り 俺と相まみえようなどと考えるとはな〉
さて、ついにフェンリルのお出ましのようだ。
私たちの向かいにある巨大な入場口から、大きな足音が響き、前脚からその姿を表していく。
まばゆい白銀の毛皮に覆われた全身、鋭く尖った黒い爪、大きな口からのぞく獰猛な牙、紅い瞳――フェンリルだ。
その全長は民家よりも大きい。
フェンリルはこちらを見下ろし、愉快気に鼻を鳴らした。
「ねぇ、ギル。もしかして、ロストロイ家の屋敷より大きいかなぁ?」
「フェンリルのあの長い尻尾まで入れるともっと大きいかもしれません。ですが」
ギルは私を見てふわりと微笑んだ。
「いまのオーレリアならば負けはしませんよ」
「そっか。じゃあ、頑張ってフェンリルの相手をしようかな。ペイジさんたちの時間稼ぎに」
「では、援護いたします」
『俺様は〝黒い匣〟の維持に努めてっから! 気張れよ、オーレリア、ギル!』
「はーい! ギル、ボブ先輩が『気張れ』ってさ」
「激励のお言葉を賜り、ありがとうございます」
フェンリルは巨大な尻尾をブンブン振りながらこちらへやって来る。
〈闇からこのような空間まで作り出して わざわざ俺に甚振られに来るとはな 格の違いというものが分からん馬鹿どもに教え込んでやろう そして俺の配下となってこの扉の封印を解くのだ〉
「やなこった! きみはまだまだこの寝室でおねんねしていなさい!」
私はあっかんべーと舌を出す。
〈まずはお前から遊んでやろう!! アウォォーーン!!!!〉
フェンリルは全身の毛を逆立て、凍てつくブレスを吐いた。
氷の粒がキラキラ輝く白いブレスが周囲にまき散らされると、観客席に並んだドクロ型キャンドルの炎は掻き消え、アレーナも観客席も一瞬で凍りついた。
ギルが張ってくれる結界のおかげで私たちが凍りつくことはなかったが、すごい威力だ。
〝黒い匣〟の維持を頑張っているボブ先輩の『まだ作ったばっかりの円形闘技場に、なんてことをしやがるんだ犬っころ!?』という声が、遠くから聞こえてきた。
〈ブレス程度で凍りつかなかったことは褒めてやろう! だが次の攻撃はどうだ!? その脆弱な結界で持ちこたえられるのか!?〉
フェンリルが全身を揺すると、白銀の毛が空中に舞い、周囲の冷気を吸い込んで巨大な氷柱に変化した。
鋭く尖った氷柱が何十本も上空に展開される。そしてアレーナに向けて、大砲のように放たれた。
「二重結界……、いや、三重結界」
ギルが杖を振り、結界の重ね掛けをしていく。恐ろしいほどの集中力と繊細な技術がなければ出来ない結界魔術だ。
おかげで私たちを狙ったはずの氷柱は、結界にぶつかって消失した。
ほかの場所を狙った氷柱はアレーナの床や観客席に降り注ぎ、円形闘技場中をどんどん破壊していく。
床がえぐれ、観客席にクレーターができて、壁が吹っ飛ぶ。
そして撃ち込まれた氷柱を中心にして、辺りを氷漬けにしていった。
円形闘技場はもはや見る影もなく、氷と瓦礫の山となった。
どこからかボブ先輩の『壊すのが早すぎるって言ってんだろっ!? もうちょっと戦いの舞台を楽しめよ、この単細胞!!!!』という、怒りに満ちた悲鳴が聞こえてきた。
〈いまのは本のほんの小手調べだ〉
フェンリルはそう言いながら、また新しい氷柱を上空に展開した。先程のものより五倍ほどの大きさになっている。
すべての氷柱が束になり、私とギルを狙っていた。
「あれはさすがに、僕の結界魔術では持ち堪えられませんね」
「そっかー、ギルでも無理かぁ」
〈ハハハ!! さすがにあの氷柱は恐ろしかろう!! さぁ 串刺しにされたくなければ みっともなく命乞いをしろ!!!! そして俺の配下にくだるのだ!!!!〉
「じゃあ、私の番だね。爆破いっきまーす!!」
さて、まずは一発目だ。
久しぶりの爆破にワクワクしながら、私は両手をかざし、氷柱に向かって魔術式を展開する。
チュッッドーーーッッン!!!!
私の爆破は氷柱を撃ち落とすどころか、夜空を彩っていた流星群さえも撃ち落とした。
ギルが素早く結界を張り直し、爆破による衝撃を防いでくれる。
おかげで私とギルは無事だったが、円形闘技場があった場所は跡形もなく更地となった。
『だから!! 円形闘技場を壊すのが早すぎるっつってんだろ!!!!』
ボブ先輩の叫びが聞こえた。




