68:男爵家
ジョシュアさんと役人から『霧の森』に関する情報を聞き出せるだけ聞き出した私とギルは、新庁舎を後にすることにした。
「魔術師団団長様、ご迷惑をおかけして本当にすみません……! リーナとウィルを探すために、すでに二人の団員も行方不明になっちまって……! オレがあの子たちに森の祭事の話をしなければ、こんなことにはならなかったのに……!」
立ち去ろうとするギルに、ジョシュアさんは『本当に申し訳なくてつらい』という表情でそう言った。
お弟子さんたちへの心配と、他人に迷惑をかける苦しみ、それでもどうしても弟子たちの無事な姿が見たいという気持ちが、ジョシュアさんのなかでグルグル回っているのだろう。この人は本当に良い育て親なのだ。
ギルは銀縁眼鏡に指を添えると、ジョシュアさんを励ました。
「僕たちが、必ず全員見つけ出してみせます。どうかご安心ください」
「本当に、ほんとうによろしくお願いいたします……!」
深く頭を下げるジョシュアさんと役人に挨拶をして、私たちは新庁舎から移動した。
▽
いったん馬車や荷物を置くために、役人が手配してくれた宿へ行く。
それから再び旧クァントレル領の街中へ出て、手近な食堂でランチを取る。
「さて、これからどうしよっか、ギル?」
運ばれてきたミックスフライ定食を食べながら尋ねれば、日替わりランチを頼んだギルが子牛のカツレツをナイフとフォークで切り分けながら答えた。
「『霧の森』へ捜索に入る前に、森に関する情報をもっと集めておきたいところですね」
「そうだよね。クァントレル男爵家はいったい森でどんな祭事をしていたんだろ?」
「領地で二十年に一度、最も優秀な魔道具師にだけ制作を依頼される『銀の鎖』という魔道具も、気になりますね」
「となると行くべき場所は、やっぱり旧クァントレル男爵家かな」
「トルスマン皇国の兵士たちに、書物の類を燃やされていなければいいのですが」
トルスマン皇国に奪われた土地では、書物が焼かれ、リドギア王国語を廃止させられ、それまでの文化や宗教や風習を捨てることを強制されたという。
クァントレル男爵家など、侵略された当初に荒らされて、重要な物はすべて燃やされてしまった可能性が高い。
それでも、ほかに手がかりが見つかりそうな場所が思いつかないのだから、一度訪ねてみよう。
「魔術トラップの仕込まれた金庫とか、男爵家で見つかればいいんだけどなぁ~」
「それ、魔術師団団長室にあった金庫を想像しながら言ってますよね、オーレリア? 僕が長年苦労した……」
当時の苦労を思い出したように眉間を指で揉み始めたギルに、私は「だってあんなに安全な金庫、ほかにないし」と答えた。
さて、ランチを食べ終えたら旧クァントレル男爵家へ行ってみよう。
▽
旧クァントレル男爵家の屋敷は、街から離れた高台にあった。
緩い坂道を登っていくと、街を見下ろすことが出来る。今はまだ新しい建物と戦時中の廃墟が混在する景色だが、いつの日か戦争の痕跡が薄れて、工房の街として復活できればいいな、と思う。
「オーレリア」
なんだか切ない気持ちで街を眺めていると、ギルが手を差し出してきた。
「手を繋ぎましょう。貴女が悲しくないように」
「ありがとう、ギル」
私はギルの言葉に甘え、彼の手を取った。
こういうとき、ギルが居てくれて本当に良かった。戦争の痛みを共有し、理解し、支え合えるギルが傍に居てくれるだけでホッとする。
「バーベナの記憶から戦時中のことだけ、捨てられたらいいんだけどねぇ。ギルはそういう気持ちにならないの?」
「もちろんなりますよ。前世の貴女の訃報を聞いた時の記憶など、特に」
「自爆してすみません」
「ですが、戦争の記憶を後世に伝えることは、生き残ってしまった者の義務だと考えていました。というか、すべての国民がバーベナ魔術師団長がどのようにして戦ったのかを知るべきだと思っていました。僕の師匠がリドギア王国のために亡くなった悲劇を国民全員が記憶し、決して忘れてくれるなと、叫びたかったのです。そうでもしなければ、バーベナ無しではとても生きてはいられませんでしたから」
「ギル……。一人残して逝ってしまって、本当にごめんなさい」
「妻として戻って来てくださったので、もう充分ですよ」
もしも戦争が起きなかったら、バーベナはどんな未来を歩いたのだろうか。
前世では弟子のギルと結婚することなんて考えたこともなかったけれど、結局一人の男性として好きになったりしたのだろうか。
ばーちゃんがかつて国境沿いに作った『悪意のある者を国内に侵入させない』という大規模結界を永久に維持出来ていたら、そういうバーベナとギルも居たのだろうか。
想像もつかないけれど。
「見えてきましたよ、オーレリア。あの廃墟がかつてのクァントレル男爵家です」
ギルが指差した方向に、屋根に巨大な穴が開き、煉瓦造りの壁の大半が破壊された屋敷があった。
魔術兵団による攻撃を受けたのだろう。屋敷はひどい有様だった。
屋根と壁がやられたことで、柱が剥き出しになっている。立派な部屋があっただろう空間も風雨にさらされ、十六年の間に植物の楽園となっていた。
それでも屋敷の中を探れば、地面に引き倒された箪笥や、蔦がはびこる棚などがあった。
「では、風魔術で家具を移動させましょう」
ギルが風を発生させ、ボロボロの家具を空中に浮かび上がらせる。
そのまま風を操り、引き出しのひとつひとつを開けて中身を確認したり、棚の中もあらためたが、私たちが期待していたような書物の類は一冊も見つからなかった。
「オーレリア、この廃墟の中に隠された魔術の痕跡などは見つかりましたか?」
「うーん……。どこにも見当たらないみたい」
魔術を使って入り口を隠した地下倉庫や、壁の中に秘密の部屋があるという感じはなかった。
「残念ながら、空振りのようですね」
「あとほかに、男爵家が関わっていた祭事の情報が残っていそうな場所ってどこだろう?」
「図書館の類はもともとこの地にはなかったようです。教会はありますが、森の祭事に関わってはいないようでしたね。あとは祭事に参加したことのある魔道具師が、もしかすると日記や手帳で書き残してくださっているかもしれません。それらも、戦時中や戦後の混乱で失われた可能性もありますが……」
「二十年ごとの祭事って、けっこう間が空いてるよねぇ」
私とギルが廃墟の中で頭を抱えていると。
「アンタたち! クァントレル男爵様のお屋敷でなにをやっているんだいっ! このお屋敷を汚すことは、アタシが許さないよっ!」
そう言って熊手を振り回す、小さなお婆さんが現れた。




